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1-7

 タムマロ様から頂いた地図を見る限りでは、トクシマ県は二日前までいたカガワ県よりも広い面積を有します。

 ですが、トクシマ県はその大部分が山に囲まれているため、平地面積は後者の方が広いです。

 そんなトクシマ県の娼館街。その一つであるここ、タカジョウに辿り着いたわたしとクラリスは、クラリスが育った娼館の経営者、通称、女将さんに紹介された娼館の一つで寝床と食事、そしてついでに、路銀と情報を確保するつもりだったのですが……。

 

「ねえ、クラーラ。アレって、クラーラの知り合い?」

「獣用の首輪をはめられて、オマケに鎖でつながれている四つん這いのブ男のデブには見覚えがありますが、その飼い主らしき女性は初見です」


 ですが、想像はつきます。

 ブリタニカ王国立魔術院に所属している証でもある、印章が刺繍された紺色のローブを着たブ男のデブを鎖でつないで使役している女性も、間違いなく魔術院所属の魔術師。しかも、赤色のローブを着ていますので、魔術院でも十数名しかいない一級魔術師だと思われます。

 そんな人がわたしたちの目の前に現れたと言うことは、目的は間違いなく……。


「さて、どちらがクラーラかしら? って、聞くまでもないわね。金髪の方は品性の欠片もないから、間違いなく魔術師じゃないし」


 やはり、わたしですか。いえ、正確には違うはず。

 わたしが魔術院から追われているのは間違いないのですが、彼女はおそらく、「同行している少女は生きたまま連れ帰れ」と、命じられているはずです。

 何故なら、魔術院が欲しがっているのはわたしが有する知識でも命ではなく、クラリスの魔力なのですから。


「どうやら、一級に上がりたての下っ端のようですね」

「へぇ、言ってくれるじゃない。たしかにその通りだけど、お情けで魔術院に登録されている特級のアンタに言われると、不愉快だわ」

「元。が、抜けています」


 ブリタニカ王国が誇る王国立魔術院は、貴族並みの階級社会です。

 一級、かつ院内序列一位である魔術院長をトップとして、それ以下の序列を与えられた一級、二級、三級と続き、一番下に、一芸に特化しただけの落ちこぼれ魔術師に与えられる、特級と呼ばれる階級があります。

 ですがこの階級制度は、今では形骸化しています。

 現在の魔術院長は貴族出身で、家の権力だけで院長の座についているだけの能無し。ぶっちゃけて言いますと、魔術師の養成機関である魔術学院の初等部の落ちこぼれよりも酷い無能です。

 本来なら、タムマロ様のパーティーメンバーでもあった一級魔術師にして院内序列二位でもある我が師、アリシア・ペンテレイア様が院長になるべきなのですが、ペンテレイア家は武勇を誇っていますが政争に疎いため、畑違いである魔術院でアリシア様は憂き目にあっているのです。


「ねえ、クラーラ。あっちのブタ……じゃない。男の人が、この世の終わりみたいな顔をしてクラーラをずっと見てるんだけど、あっちは知り合いなんだよね?」

「見覚えはありますが、知り合いではありません。おそらく、わたしのファンクラブ会員の一人でしょう」

「ん? 今、何て?」

「ファンクラブ会員の一人。と、言ったのです。これでもわたし、学生時代はファンクラブができるほどモテていたのです」


 そう言っても、クラリスは「本当に~?」と、言いながら疑いの眼差しを向けています。

 まあ、クラリスは美少女を自称していますが男性からまったくモテないので、ファンクラブができるほどの美少女であるわたしの存在を認められないのも無理からぬこと。

 ですが魔術学院時代、わたしは常にファンクラブの会員たちに囲まれて……。


「違う! あれはクラーラたんじゃない!」


 そう、不本意ですがクラーラたんと呼ばれ……ん? 今、違うと聞こえた気がしたのですが、気のせいで……。


「ボクのクラーラたんはツルペタの美幼女でござる! あんな年増のデブではござらん!」

「ちょっと、ここまで来て、違うなんて言わせないわよ? アンタの魔術は、どんなに離れていてもクラーラを追跡できるって聞いたから、わざわざ連れて来たのよ?」

「ええ、相違ござらんよ、オリビア殿。吾輩が独自に開発した魔術。吾輩は『|クラーラたんの匂いをどこまでも追う魔術ウィズ・クラーラ』を使って、クラーラたんに追いついたはずでござった。ですが、あれは誰でござる? 匂いは確かにクラーラたんでござるが、まったくの別人ではござらんか」


 わたし、そんなに匂いがキツイですか? 明らかに、私たちよりもあとにブリタニカ王国を出たと推測できるあなたたちが後を追えるほど、濃いニオイを発していますか? と、考えるほど、わたしは無知ではありません。

 正直に言うと気持ち悪いので、感情に従うならこの町……いえ、トクシマごと破壊してやりたい。その衝動と同じくらい、感心してしまいました。

 わたしの匂いを追跡する。ただそれだけに特化した魔術を創作したことだけは、素直に感心します。いえ、尊敬すらしています。さすがは特級魔術師と、言わざるを得ません。

 ですが、それはそれ。言動は別です。


「幼女趣味の腐れデブが……。躾が必要なようですね」


 たしかにわたしは、学院時代はそうでした。身長が違うだけで、体形は今のクラリスと大差ありませんでした。

 ですが、学院を出てから何年経っていると思っているのですか? 実に四年……もうすぐ五年です。

 五年もあれば、「そう言えば、昔はクラーラもぺったんこだったね」などと、何故か勝ち誇った顔で言っているクラリスと違って素養があったわたしなら育ちますよ。

 ええ、そう、年相応に育っただけです。 

 実際、出るところは出て、引っ込むべきところはしっかりと引っ込んでいます。お尻の大きさが少しコンプレックスになっていますが、わたしは今でも、不本意ながら男性からモテモテのグラマー美少女なのです。

 そんなわたしに向かって、デブですって? 万死に値します。

 オリビアとか言う名の追手諸共、精神的にも肉体的にもズタズタに引き裂いてやります。


「クラリス。荷物の番をお願いします」

「良いけど、一人でやるつもり? 相手は二人だよ?」

「デブの方は問題ありません。戦闘に特化した特級魔術師は多々いますが、彼はそうではなく、特定の人物の捜索に特化しているだけだと予想できますので、脅威ではありません」


 問題は、オリビアと呼ばれた一級魔術師の方。

 いくら一級とは言え、クラリスの魔力を自由に使えるわたしの敵ではありません。ありませんが、彼女は一級に上がりたて。その前が二級、もしくは三級なら本当に何の問題もないのですが、特級だったとしたら少々面倒です。


「ふぅん、そう言うなら、手は出さないけど……」

「含みのある言い方ですね。言いたいことがあるのなら、言ってください」

「じゃあ言うけど、あの女の人、武術の心得があるよ」

「それ、本当ですか?」

「うん。重心がしっかりしてるし、正中線を隠すように体を少し斜めにしてる。魔術師は、あんな姿勢を取らないでしょ?」

「ええ、たしかに」


 カマをかけて探ろうと考えていましたが、そうする前に、わたしが背負っていた荷物を受け取ったクラリスが、答えを教えてくれました。

 これはあとで、少しはお礼をしなければいけませんね。なぜならその情報で、彼女が元特級だと確定したのですから。


「一級 (仮)でしたか。わたしを殺し、クラリスを回収してブリタニカ王国まで戻れば、晴れて一級に昇格するわけですね」

「ご名答。でも、少し違うわ。アンタは殺すんじゃなくて、ブタの餌にするの。ここで言うブタとは豚じゃなくて、こいつのことね」


 と、言い終えるなり、オリビアがデブの左わき腹を蹴ると、デブは「ぶひぃぃぃ……!」と、醜い鳴き声をあげました。


「わたしは彼の餌、ですか。殺された方がマシですね」


 脂肪と欲望を貯め込んだデブに、この身を貪られる。想像しただけで興ふ……もとい、身の毛が弥立つほどの恐怖を感じます。


「ならばやはり、死んでいただくしかありません」

「言うじゃないか小娘。知識以外は取り柄の無い、院内序列最下位だったアンタが、このオリビア様に勝てると? 特級でありながら院内序列三十五位であるこの私に、アンタ程度が勝てると?」

「三十五位? 序列三桁、四桁が当たり前の特級でその順位は驚嘆に値しますが、それでもわたしの敵ではありません。その理由、わかりますか?」


 クラリスと出会う前のわたしは、座学では優秀でしたが、魔力が扱える……いえ、魔力がある前提でカリキュラムが組まれた実技では優秀な成績を残せませんでした。

 それでもわたしは、知識のみに特化した特級魔術師として、魔術院に登録されました。序列は彼女が言った通り、最下位。

 書籍で蓄えた知識を基に、インスピレーションを加えて構築した魔術理論をどれだけ発表しても、わたしの序列は上がりませんでした。

 それどころか、誰も、序列二位であるアリシア様ですら実現不可能な机上の空論ばかりを垂れ流す嘘つきと蔑まれました。

 消費しきれないほどの魔力を生み出し続ける、クラリスと言う名の魔力タンクを手に入れるまでは。


「理由は簡単です。あなたはけっして、天地がひっくり返っても私に勝つことはできません。そもそも、あなたは魔術院から除籍される直前のわたしの順位を、ご存じですか?」

「知る必要がないでしょう? だってアンタは、魔力を持たない知識だけの凡人。多少上がっていたとしても、下から数えた方が早いはずよ」

「あらあら。魔術院は、刺客に最低限の情報すら与えていないのですね。いえ、逆でしょうか。教えてしまうと、刺客が尻込みしてしまうと考えたのかもしれません」

「尻込み? 何もできないアンタに?」

「呑み込みが悪いですね。情報が古すぎると言っているのです。あなたが対峙しているのは魔術院史上、最高最強の魔術師です」

「威勢だけは良いじゃない。アンタ程度が、『(つるぎ)の魔女』と謳われるアリシア様以上だとでも、言うつもり?」

「つもりではなく、そうなのです」


 序列一位である院長を引き合いに出さないことから察するに、彼女は序列のみで魔術師の力量を判断している訳ではないようですね。

 ですが、わたしは元とは言え院内序列最下位。わたしが魔術を使うとところを見たことがない彼女が疑うのは、当然でしょう。


「あなたは知らないようなので、僭越ながら名乗らせていただきます。わたしはクラーラ。ちなみに、除籍される前の序列は、三位です」

「は? はぁ!? 三位!? 特級で三位!? ありえないでしょ!」

「信じられない気持ちはわかりますし、知らないのも当然です。なんせわたし、認定されたその日に除籍処分になりましたから」


 理由はもちろん、クラリスの引き渡しを拒んだから。

 それだけなら除籍だけで済んだのですが、知識も技術も未熟で、貴族出身と言うだけ院内評議会員に選ばれ、偉そうな戯言を垂れ流す老人たちに腹が立って、ついつい暴れてしまったのです。

 その結果、わたしとクラリスは魔術院本部破壊の罪に問われて、追われる身となりました。


「つ、つくなら、もう少しマシな嘘をついたらどう? ああ、嘘はアンタの特技だったわね。それこそ、異名にされるくらい」

「ああ、そう言えば、それを名乗り忘れていましたね」


 その異名は、わたしにとっては過去の汚点。実現可能なのに、魔力がないせいで立証できなかった数々の論文が、わたしにその異名を与えました。

 机上の空論ばかり口にする、虚言を垂れ流す無能な魔女。

 蔑称ですが、わたしはあえて名乗りましょう。

 

「改めて、名乗らせていただきます。我が名はクラーラ。元ブリタニカ王国立魔術院所属、特級魔術師。院内序列三位。虚言の魔女、クラーラ・メリン。さあ、かかって来なさい。三流魔術師。わたしが今から、あなたを心身ともにフルボッコにして差し上げます」

読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


ぜひよろしくお願いします!

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