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8-2

 フローリストの亡骸に縋って子供のように泣きじゃくるクラーラを見て、不謹慎だけど可愛いと思ってしまった。

 集落まで運んでいる間も、集落ごとフローリストを荼毘にふしている間も泣き続けるクラーラを見て、愛おしいと思ってしまった。

 でも、親しい人……いや、クラーラの場合は親しかった人と言うべきなのかしら。と、死別した悲しみは理解できるけれど、らしくないとも思ってしまう。

 だってあたしが知るクラーラは、薄情を絵に描いたような子。

 育ててくれた神父さんが亡くなっても、きっと涙を流さない。あたしが死んだとしても、魔力源が無くなったと悔やむだけ。 

 そんなクラーラの性格が、忘れていた子供の頃の記憶を取り戻したくらいで変わるとは思えない。

 だから立ち直るまで放っておくことにしたんだけれど、フローリストを弔ってから一週間経って、アイチ県のナゴヤ、その娼館街まで来てもクラーラは塞ぎ込んだまま。今も壁に向かって膝を抱えて座り、ブツブツと何か言っている。

 常用している強化外骨格魔術(マジカル・パッケージ)すら使おうとせず、本当に何もしようとしないクラーラをハチロウくんが魔術で作った木製の馬車に乗せてなんとかここまで来たけれど、旅に支障が出始めている。

 普段、あたしだとどうしてもどんぶり勘定になっちゃうから、路銀の管理はクラーラがやっている。

 魔術の知識がないあたしじゃあ手に入れたヒントが有益なのか判断できないから、行き先を決めるのも基本的にクラーラ。

 そのクラーラが駄目になっている今、あたしたちは行き先も決められないでいる。

 いえ、それ以上に問題なのが……。


「クラリスお姉さま、大丈夫ニャ?お腹、空いてないかニャ?」

「だいじょばない……。お腹空いたよぉ……」


 基本的に、娼館では食事が出ない。

 お金を払えば用意してくれるだろうけど、高いだけで不味く、オマケに量も少ないから、あたしたちは娼館で寝泊まりしても食事は外でする。

 けれど、今のあたしたちにはお金がない。

 ハチロウくんが娼婦を相手に稼いで戻るまで、あたしは腹ごしらえができないのよ。

 

「こ、こうなったら、うちも体を売って……。ああでも、やっぱり人間は怖いニャ……」

「あたしが我慢すれば良いだけなんだから、マタタビちゃんはそんなこと考えなくていいの。って言うか、簡単に体を売ろうなんて考えちゃダメ」


 クラーラがまともなら、きっと「だったらあなたが働きなさい」と、呆れながら言われていたと思う。

 でも、非常に心苦しいけどそれはできない。

 ナゴヤはオオヤシマでも五本の指に数えられる大都市だけあって規模の大きいギルドがあるから、しょぼいFランククエストではあるけれど、依頼を受けることはできる。

 できるけれど、採取かお使いか探索くらいしかないFランククエストは、あたしの性分に合っていない。

 だからしかたなく、本当にどうしようもないから、あたしは路銀稼ぎをハチロウくんとヤナギちゃんに任せて部屋で空腹と戦っているの。


「た、ただいま……」


 そうこうしていたら、右手に数十枚の千円札を握りしめたハチロウくんが戻ってきた。

 半ベソをかいて顔や体中キスマークだらけで服もほぼ脱がされているけれど、ハチロウくんはしっかりとお金を稼いできたみたい。

 半死半生のハチロウくんを見るなり、あたしは労いの言葉もかけずにお金をひったくった。


「ひぃ~ふぅ~みぃ~……。ちょっとハチロウちゃん。五万ちょいくらいしかないんだけど?」

「だ、だって、この娼館はお姉さんが20人もいないし……」

「値段設定が低すぎるんだよ。全身を三千円でツルッツルにするのはリーズナブルで良いと思うけど、同業者がいないから料金を上げても問題ないんだよ? いや、むしろ上げろ。ここの店主に他の店を紹介してもらうから、午後からは一回一万円くらいでやってきて」

「今の三倍以上の値段で!?」

「何? 文句でもあるの?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 あたしはべつに、無茶なことを言ったつもりはない。

 理由はハチロウくんに言った通りよ。

 クラーラがいつも通りなら「自分は畳の上で『腹が減った』と言いながらゴロゴロしていただけなのに、たった半日で五万円も稼いで来たハチロウちゃんに文句を言うとは何事ですか」と、ツッコまれそうだけど、今はないから押し通す。


「そ、それよりさ。お姉さんたちから、お姉ちゃんたちの役に立ちそうな話が聞けたんだけど……」

「お腹が空いてるから、あとで良い」

「いや、でも、神様が人間に転生したお話だよ?」

「そんなことよりも、あたしにとっては腹ごしらえが先なの」

「でも、クラーラお姉ちゃんだったら……」

「クラーラは故障中。だから、この話はこれで終わり。ハチロウ君だって、お腹が空いてるでしょ? ご飯食べに行こうよ」

「空いてるけど、クラーラお姉ちゃんを置いて行くのはちょっと……」

「じゃあ、ハチロウ君とマタタビちゃんはお弁当にする? あたしはヤナギちゃんのところで食べて来るから、一緒に待っててよ」

「僕はそれでいいけど、マタタビちゃんは大丈夫なの?」

「人間がいなければ平気ニャ。だからお姉さまは安心して、お腹いっぱい食べて来てニャ」

「いや、クラリスお姉ちゃんにお腹いっぱいになるまで食べられたら、五万円なんてすぐになくなっちゃうから腹八分目……六分目で抑えてください。お願いします」

 

 ちなみにヤナギちゃんは、あたしたちが寝泊まりしている娼館の対面で営まれている酒場で働いている。

 ヤナギちゃんの話では、この辺りは昼間っから飲んだくれる人が多いらしくて、明るい時間帯から夜中まで大忙しらしい。

 

「たっだいま~♪ て、ちょうど良いタイミングだったみたいね」


 だから、あたしもオオヤシマで言うところの郷に入っては郷に従えの精神で飲み食いしようと重い腰をあげたんだけど、それを待っていたかのようなタイミングで両手に大きな風呂敷包みを持ったヤナギちゃんが戻ってきた。

 その風呂敷包みから漂ってくる匂いから、中身が食べ物だと察したあたしの胃袋がグーグーどころかゴロゴロと、雷のような音を鳴らして始めたけれど、ヤナギちゃんはそんなあたしから食べ物を隠すように背中を向けた。


「クラリスちゃん、ステイ! これをあげる前に、少しお話があるの」

「聞く! 聞くから、早く食べさせて!」

「ダ~メ。だってクラリスちゃん、食べ始めたら食事に集中しすぎて話を聞いてくれないじゃない」

「う~……わかった。わかったから、早く話して」


 出会ってからまだ一ヶ月ほどだけど、ヤナギちゃんはあたしの扱い方がクラーラよりも上手くなっている。

 これはあたしの性分か、それとも女将さんの教育の賜物なのか、対価だと認識すると先に相手の要求を叶えようとしてしまうの。

 今回も直接的な言い方はしていないけれど、自分の話を聞けば食べ物を与えると暗に言ったから、あたしは先にヤナギちゃんの話を聞くことにした。


「さっき、酒場にタムマロさんが来たの」

「タムマロが? どうして?」

「クラリスちゃんに用があるらしいよ。『夕方、お腹が空いたら出てくるように』って、言ってた」

「何だろ? ヤりたくなったのかな?」

「クラリスちゃん。マタタビちゃんとハチロウくんの教育に悪いから、二人の前でそういうこと言っちゃ駄目。でも、わっちには話しても良いよ。何回やったのかとか、どんな体位でヤったのか、とか」

「話すわけないでしょ? って言うか、どうして興味津々なのよ。もしかしてヤナギちゃん、たまってる?」

「う~ん……たまってないと言ったら嘘になるかな。ほら、わっちって十年以上城に引きこもってたじゃない? だから、人肌恋しくって」

「へぇ、幽霊でも性欲ってあるんだ」

「あ! それは差別だよ、クラリスちゃん! わっちはそこらをさ迷うしかできない浮遊霊や土地に縛られてる地縛霊みたいな低級霊とはレベルが違うの! 記憶と人格を維持したまま自由自在に動ける高級霊なの! しかも! 魔法で体を作れるオマケつき! だから、性欲があるのは当たり前なんだよ!」

「いや、ヤナギちゃんの方が差別してるよね? 低級霊を見下してるよね?」

「してません。あ、そうだ。なんならわっち、遊女として働こうか? そっちの方がよっぽど稼げるし、わっちの性欲も発散できて一石二鳥だよ?」

「いや、それはさすがに……」


 ヤナギちゃんは死ぬ前に遊女をしていたから抵抗がないんだろうけど、魔力で作った仮初の体とは言え路銀のために売って来いとはさすがに言えない。  

 けれどヤナギちゃんはその気になっているらしく、「最近の男の好みってどんなんだろ? やっぱり胸は大きい方が良いのかな? お尻は? いや、わっちは魔法で体型が自由自在。男の好みに応じて変えればいいか」と、世の大半の女性が羨ましがりそうなことをブツブツと言っている。


「ねぇ、ヤナギちゃん。話はそれで終わり?」

「え? ああ、うん。終わり」

「じゃあ、ご飯食べて良い?」

「はいはい、食べて良いよ。マタタビちゃんとハチロウくんも、ちゃんと食べるんだよ」

「わかったニャ」

「ありがとう、ヤナギお姉ちゃん。でも、お代は?」

「タムマロさんが払ってくれたから大丈夫。だから、ハチロウくんが稼いだお金は路銀に充ててね」

「うん、わかった」


 三人のやりとりを食べ物を頬張りながら見ていたあたしは、心の底からこの三人がいて良かったと思った。

 マタタビちゃんがいれば、食材さえあれば美味しい料理を用意してくれる。

 ハチロウくんがいれば食材に困らないし、路銀も稼いでくれる。

 ヤナギちゃんは年長者として二人のメンタルケアもしてくれるし、ハチロウくんほどじゃないけど路銀も稼いでくれる。

 だったらあたしは……。


「もう、働かなくていいな」


 と、三人に聞かれたら「いや、お前も働け」と言われかねない独り言をこぼしていた。

 でも、罪悪感が完全に払拭されたわけじゃない。


「嫌だけど、頼るしかないのかなぁ……」


 クラーラは壊れる前に、タムマロと報酬の交渉をしていた。

 タムマロの言葉を信じるなら、あたしたちは百万円ほど手に入れることができる。

 

「だから、仕方ないけど誘いに乗ってみるか。と、思って出てきたけど、まさか待ってるとは思わなかったわ」

「不満かい? 久しぶり会えて嬉しいくらいは、言ってくれると思ったのに」

「言うわけないじゃない。ほんの数回抱かせてあげたくらいで恋人面すんな」

「布団の中では素直で可愛いのに、どうして普段はつれないのかなぁ……。君、ツンデレキャラだったっけ?」

「ツンデレって何?」

「今の君みたいな態度をする子……は、置いといて。取り敢えず、食事でもどうだい?」

「アンタの奢りなら」

「君、僕と一緒にいるときに金を出そうとしたことないじゃないか」


 あたしの収入源は、クラーラが定期的にくれるお小遣いのみ。しかも今は、クラーラが壊れてる&路銀不足だから本当にお金がない。だから、無駄にお金を持ち歩いてるアンタにたかるのは当然よ。

 とは言わずに、あたしはミソカツやひつまぶし等々、アイチ県の名物料理をお腹いっぱいになるまで奢ってもらった。


「ふぅ……。満足満足」

「それは食事かい? それとも、さっきまでしていた事の方かい?」

「りょ……ご飯に決まってるでしょ! 何言ってんのよ!」

「今、両方って言いかけなかった?」

「かけてない! アンタのテクで満足したことなんて一度も……これっぽっちもないんだから!」

「そうなのかい? 毎回、失神しかけるほど気持ち良さそうにしていたから、僕はてっきり……って、わかった。もう言わないから、魔力を抑えてくれないか?」


 毎度のことではあるけれど、腹ごしらえを終えたあたしは、当然のようにタムマロがとっていた宿に移動して抱かれた。

 今日はお金を受け取るだけのつもりだったんだけど、いつもと同じ流れになったせいで結局性欲まで満たしてしまい、いつものように腕枕をされてピロートークに興じることになってしまった。

 

「毎回言ってるけどさ、ちゃんと避妊してくれてるのよね? 旅がいつまで続くかわかんないのに、妊娠したら困るんだけど」

「ちゃんと男性器保護魔術(コン・ドーム)を使ってるよ。中に残ってたこと、ないだろ?」

「そ、そうだけど……」


 終わったあとは、どうしても不安になる。

 妊娠することを心配してるんじゃなくて、タムマロはあたしを通してお姉さまを見てるんじゃないかって不安になる。

 お姉さまの代わりにされてるんじゃないかと思うと、悲しくなる。

 自分はセフレ呼ばわりしているのに、タムマロにそう思われていたらと思うと泣きたくなる。


「ねえ、タムマロ。あたしのこと、どう思ってる?」


 だから毎回、タムマロの腕に抱かれたまま、同じ質問をしてしまう。

 自分からは「好き」とか「愛してる」なんて言えたこともないのに、想いを言葉にしてほしがってしまう。

 

「好きだって、いつも言ってるだろ? そんなに僕が言うことが、信用できないのかい?」

「べつに、そういうわけじゃないけど……」


 いいや、そうだ。

 あたしはタムマロを信じていない。

 あたしは愛されてなんかいない。

 利用されているだけ。

 タムマロが本当に愛しているのは、今も昔もお姉さまだけ。そう思わないと、あたしはきっとこの人に依存してしまう。旅をやめて、この人と一緒になりたいと考えてしまう。

 この人の子供が欲しいと、願ってしまう。


「アンタの言い方、何か嘘くさいんだもん」


 だからあたしは、今回も拗ねるふりをしてタムマロに背を向けた。

 きっとタムマロには、これが演技だとバレている。

 だって芝居がかった口調で、「それは申し訳ない。次からは、もっと心を込めて愛してるって言うよ」と、あたしの頭を撫でながら言ったから。


 


 


 


 

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