7-28
最高の気分でした。
超重力発生魔法が不発に終わったのが心残りですが、それ以外は概ね満足いく結果に終わりました。
オマケにチート&権力持ちの下僕も手に入れたわたしたちはクラリス・クラーラを解除して、意気揚々とフローリストとハチロウちゃんに合流したのですが……。
「な、何やってんのよ! タムマロ!」
「ん? 魔描族……の、恰好をしたクラリスか。じゃあ、そっちの木人族はクラーラかな?」
合流したら、最悪の気分になりました。
その原因を作ったのは、タムマロ様。
おそらく、わたしたちとアベノ・セイメイが戦っているのをこれ幸いにと、ウスミドリの能力で移動してフローリストを強襲したのでしょう。
されたフローリストは胴を断たれて、地面に転がされて虫の息。
周りの木々に残る戦闘の傷跡を見るに、下半身の蜘蛛は上半身と別れさせられたあと抵抗したのでしょう。足は全て切り落とされ、頭を潰されていました。
ハチロウちゃんが治療魔術で必死に治療しようとしていますが、フローリストのギフトに阻まれて術式自体が破壊されて叶いません。
「クラーラ! 呆けてないで早く治療を!」
「無駄です」
「どうして……!」
クラリスは言いかけて、ハチロウちゃんを見てから悔しそうに口をつぐみました。
「思い出したようですね。ええ、そうです。彼女に魔術の類は効きません。もちろん、外科的な医療行為もここではできませんし、そもそも手遅れ。せめてとどめを刺してあげるのが、せめてもの慈悲でしょう」
「なんで、そんなに冷静でいられるの? クラーラにとってこの人は……」
「クエストの対象です。それ以上でも、以下でもありません。それはもちろん、タムマロ様も同様です。タムマロ様はクエストをこなしただけなのですから、責めてはいけませんよ?」
「それ、本気で言ってるの? もしそうならあたし、本気で怒るよ」
「どうぞ怒ってください。怒るだけで気が済まないのなら、わたしを殴るなり蹴るなりしてくれて結構です」
何故か歪む視界でクラリスを見ながら言うと、それ以上は何も言わずに目を伏せました。
きっと、わたしの気持ちを察してくれたのでしょう。
だからわたしは目元をぬぐい、タムマロ様との交渉を始めました。
「分け前の確認を、してもよろしいですか?」
「分け前? 君たちがフローリストに味方をするふりをして隙を作ってくれたんだから、分け前なんてケチ臭いことはいわないよ。報酬は全部君たちにあげるさ。これで借金はチャラどころか、百万ばかしプラスになる」
「そうですか。では、後始末はわたしたちがしましょう。タムマロ様は蜘蛛の部分を持ち帰って、クエストの達成報告をして報酬を受け取っておいてください」
「……君がそうして欲しいのなら、そうするよ」
タムマロ様はそう言い残し、クラリスに睨まれながらフローリストの下半身を抱えて、ウスミドリで作った空間の裂け目の中へと消えて行きました。
そこまでが、理性を保つ限界でした。
わたしはクラリスの手を引いてフローリストへ駆け寄り、頭では無駄だとわかっているのに、死者蘇生魔法を使いました。
クラリス・クラーラを使ったことで回復したクラリスの魔力が、再び空になりそうになりかけるまで何度も、何度も何度も使いました。
普段なら文句を言うクラリスも、今回ばかりは何も言いません。
わたしが繰り返す無駄な行為に、辛抱強く付き合ってくれています。
「クラーラ……様」
「喋ってはいけません! 絶対に治しますから! わたしが絶対に助けますから、だから……!」
気休めにもなっていない。
わたしは助けられないとわかっている。
どうにもならないと、わたしは理解している。
それでも、やめられません。
やめたくありません。
理性をかなぐり捨ててでもこの人を救いたいと、霧が晴れるように思い出した過去の記憶が思わせるのです。
「いいえ、聞いてください。これはあたいの、遺言ですから……」
「遺……言? いやいや、馬鹿なことを言わないでくださいよ。あなたまでいなくなるのですか? ママもいない。エイトゥスお兄ちゃんも、シルバーバインちゃんもウィロウちゃんももういないのに、フローリストお姉ちゃんまでいなくなるの? そんなの、絶対に嫌!」
蘇った幼少期の記憶のせいで、頭と感情がグチャグチャになっています。
術式を組み続ける程度に頭は冷静なのに、わたしは子供のように泣きじゃくって駄々をこねています。
その様子を、冷静に観察しているわたしもいます。
まるで理性と本能が切り離されてしまったように、子供のわたしと大人のわたしが同時に存在しています。
「大きくなっても、クラーラ様は我が儘なままですね。だからあれほど、甘やかしすぎだと魔王様にご忠告したのに……」
ええ、そうでした。
子供の頃のわたしは、今では考えられないほど我が儘でした。
わたしを溺愛して猫可愛がりする母に従うフローリストたちを召使いのように扱い、旅暮らしなのにベッドで寝たいとか、綺麗なドレスが着たいとか、学校に行ってみたいとか、同い年の友達が欲しいなどと言っていました。
最も母を困らせた我が儘は、父親に会いたい。
たった一度しか言いませんでしたが、父親に会いたいと駄々をこねた時の母は、本当に困っていました。
いえ、動揺していました。
悲しんでいるようでもあり、怒っているようでもあり、懐かしんでいるようでもありました。
「あ、あたいはどうしても、これだけはお伝えしなければなりません。これをお伝えできなければ、死んでも死に切れません」
「駄目! 死んじゃ駄目! どうして私の言うことを聞いてくれないの? お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、シルバーバインちゃんもウィロウちゃんも、わたしの言うことは何でも聞いてくれたじゃない! だからお願い! 死なないで! 良い子にするから、もう我が儘は言わないから……!」
子供の頃の記憶に引きずられている自分が煩わしいし、滑稽です。
でも、どうにもできません。
理性的なわたしにできるのは、ただ見ていることだけ。
感情をむき出しにしている自分を冷めた目で見つめながら、冷めた感想を思い浮かべるだけ。
母たちとすごした時間よりも長く、濃かった十年間が、感情と理性を切り離して別人格に近い状態にしてしまうほど、わたしに致命的な欠陥を与えていました。
そんなわたしの頬を愛おしそうに撫でながら、遺言を語り始めました。
「これからあたしがお伝えするのは、あなた様の本当の名前です。魔王様があなた様に最初に贈った、宝物でございます」
「わたしの、本当の名前?」
意外でした。
フローリストはわたしのことをクラーラと呼んでいたので、てっきり本名もクラーラなのだと思っていました。
突然孤児になってしまった幼い頃のわたしが、拾われた際にうわ言のように名乗るなりしたから、神父様がそのままクラーラと名付けてくださったんだろうと思っていました。
ですが今際の際に、フローリストが消え入りそうな声で呟いた名は違いました。
違いましたが、腑に落ちました。
それを切っ掛けに、欠片でしかなかった多くの疑問が殺到するように繋がり始め、予想外の仮説へと至りました。




