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手応えはあった。
サン・サインは分厚い氷の中にるから、アイツのどこに命中したかはわかわらない。
でも、アイツの復元能力を奪うのが目的だったんだんだから、拙いわたしの投げ槍でも、細かい照準ができなくても目標に命中する魔法をチョイスしてくれると信じて、あたしの動きに従うクラリス・クラーラに魔法を投擲させた。
どこに命中したか見えなくても、アイツの復元能力を奪えたと確信できた。
「クラーラ。アイツ、氷の中から出てこないよ? もしかして、さっきので倒しちゃった?」
「クラリス・クラーラに搭載してある各種観測魔術の結果はNOと言っています。たぶん復元能力を失って、絶対零度を維持する氷の中から出てこれないのではないでしょうか」
「じゃあどうする? このまま放っとく?」
「そうしても良いのですが、彼の能力のすべてを把握できたわけではないのでそれはしたくないですね。仮に空間転移系の能力を持っていたら、背を向けた途端に背後から刺されてしまいかねません。なので、万物氷結魔法を解除しようと思います」
「どうして? 戦い足りない?」
きっとクラーラは、試したい魔術なり魔法なりがまだあるから、あえて戦いを長引かそうとしているんじゃないかしら。
「いえいえ、わたしはあなたと違ってバトルジャンキーではありません。単に、悔しがる顔……は、見れませんので、泣き言なり言い訳なり負け惜しみなりを聞きたいのです」
「うわ、性格悪っ! やめなよそういうの。クラーラがドSなのはいまさらだけど、そういうことは思ってても口に出さない方がいいよ? せっかく、あたしの次くらいには可愛いんだから」
「は? 寝ぼけてるんですか? 胸もお尻もほぼ平らで、男性から声もかけられないあなたがわたしより可愛い? 妄言が限界突破していて笑えるのですが?」
思ってのと少し違った。
可愛さではあたしに劣るばかりか性格も壊滅しているクラーラは、その事実を鼻で嗤いながら否定して、魔法を解除した。
その途端に、滝のように流れ落ちた水がちょっとした池を作ると同時に現れたサン・サインは、ひび割れて崩れそうになっている身体よりも胸元を最も気にしているように左手で押さえながら、わたしたちを睨んでいた。
「あらあら。随分な有様ですね。チートの塊と言えど、絶対零度の冷気に晒された上で復元能力を奪われては、五体を維持するのが精一杯でしたか」
「オレ以上のチートを使っておいて、どの口が……」
「言えますよ? なぜなら、わたしたちが使った力はすべて既知のもの。原理も理屈も理論も存在するものばかりです。あなたのように、摂理も矛盾も無視して行使している超能力とは根本から違う、人の英知の結晶です。あなたのように、与えられただけの強大で不条理な力をただ振るっているのとはわけが違うのですから」
歯軋りが聴こえた気がした。
説教じみたクラーラの挑発を受けて、サン・サインの中の人が歯が砕けかねないほど激しく歯軋りしたような気がした。
それをクラーラも感じたらしく、これでもかと恍惚に顔を歪めている。
「ああ、ちなみに。まだ何か奥の手的なものがあるのなら、どうぞ遠慮なく使ってください。使われた上で、わたしはあなたを上回って見せましょう」
クラーラの台詞に、何故か違和感を感じた。
試したい魔術もひとしきり試し、悔しがらせたから目的は達成しているはず。声や表情から判断するに、満足してる。
サン・サインも戦えるような状態には見えない。
それなのに、クラーラはまだ何かしようとしている。
「奥の手がないのなら、わたしの配下になりなさい」
「は? 貴様、いきなり何を……」
ホントだよ。
サン・サインの中の人を従えて、クラーラは何がしたいの? まさか、チートを寄こせとか言うつもりじゃないよね?
「あなたは完全に、完膚なきまでにわたしに敗北したのだから当然ではないですか。それとも、死をお望みで? そこまで潔くありませんよね。だってあなたは転生者。チートで弱者を蹂躙するしか能がないのですから、敗けることなど考えたこともないはずです。それはつまり、死ぬ覚悟も度胸もないのと同義。ああ、心配しなくても、わたしの命令を忠実に実行するなら、あなたの地位を揺るがせたりはしません。もしもどこかのスケコマシ勇者のようにハーレムを作っているのなら、それもそのまま維持していただいて結構です。チートで築き上げた地位なりハーレムなりを死んで手放すよりは、わたしの配下になる方が良いと思いますが?」
思いませんが?
と、言ったら話の腰を折りそうだから言わないとして、サン・サインの中の人は迷っているのか、何も言い返さない。
言いがかりだと思ったけれど、まさか本当にチートで、地位やハーレムを手に入れたのかしら。
死んだらそれらも失っちゃうから、悩んでるのかしら。
「お、オレは、何をすれば……」
あ、折れた。
クラーラもそう判断したらしく、「では、とりあえずそのチートをしまってください」と、魔王を見たことがないあたしに「ああ、やっぱ魔王の娘だわ」と、思わせるほど邪悪な笑みを浮べて言った。
サン・サインの中の人はそれに従ってサン・サインから降り、ついでに降参とばかりに、両膝をついてオオヤシマ伝統の座り方、セイザをした。
「では、ちょこちょこっとあの転生者に呪……じゃない。契約術式を刻んできますので、あなたはこのまま待機していてください」
「今、呪いって言いかけなかった?」
「気のせいです。ああ、それと、降りてもクラリス・クラーラの術式は短時間なら維持できますので、心配しなくても大丈夫です」
「いや、そこは心配してない」
クラーラが術式の維持をほったらかしにしてまで、クラリス・クラーラから降りるとは思えないから。
あたしが心配してるのは、恐怖で顔を引きつらせてセイザしている転生者だよ。
拷問好きなドSのクラーラが、降伏したとは言え敵対していた人に慈悲をかけるとは思えない。
きっとクラリス・クラーラから降りるなりツカツカと近づいて転生者の頭を鷲掴みにしたクラーラは、身の毛もよだつような呪……もとい、自分にだけ有利な契約を一方的に交わすはずだから。




