7-22
「炎を身に纏う赤い鳥に水を精製して操る青い龍、そして黒い亀と風を纏う白い虎……ですか。機械仕掛けのあの獣たちは、おそらくはチュウカやオオヤシマに伝わっている四神を模していると思われますが、フローリストはどう思います?」
「どうもこうも、厄介なことこの上ありません!」
わたしはもっと踏み込んだ感想が欲しかったのですが、わたしを背に乗せて回避に専念しているフローリストには、その余裕がないようです。
まあ、それも仕方がないでしょう。
前衛役と思われる白い虎、白虎の速度は、全長およそ五メートルほどの図体でありながら魔猫族化したクラリス並みに速く、しかも触れるだけで対象を切り刻む風をバリアにしたり吐いたりしてきます。
さらに青龍と朱雀が、上級魔術相当の威力がありそうな射撃で的確に援護してくるのですからたちが悪い。
彼の頭上で回り続けているリクゴウの役割が少しばかり気がかりですが、今は無視します。
「クラーラ様、このままでは……!」
「ジリ貧なのは承知しています。では、そろそろ攻めるとしましょうか」
転生者は基本的に、チートを本人固有の能力として持っているタイプと、神具に依存しているタイプの2パターンに大別できます。
例を挙げるなら、タムマロ様が前者でヨシツネが後者です。
それに当てはめると、攻撃を機械仕掛けの獣に任せているアベノ・セイメイは後者である可能性が濃厚。
ヨシツネのように神具なしでも戦闘能力が高い転生者も存在しますが、彼の身のこなしを見るにそれはない。
素人のそれ。
クラリスを間近で見続けて来たわたしの目には、彼の立ち居振る舞いは素人のそれにしか見えません。
「風よ。礫と刃になり、敵をすり潰せ。嵐陣魔術。集え。塊となり、圧し潰せ。塵塊投擲魔術」
三つあった緑色の魔石の二つ目にため込まれた魔力を全て使い、二つの魔術をほぼ同時に、アベノ・セイメイへと放ちました。
当然、機械仕掛けの獣たちがそれらを防ぐと思っていましたが、予想に反して動いたのは一体だけ。
黒い亀が泡のように揺らめくフィールドを発生させて、ウィンド・ミキサーとダスト・キャノンを遮りました。
アベノ・セイメイはその光景を眺めながら不敵に嗤いましたが、わたし的には計画通り。
彼の周りに落下したダスト・キャノンの残骸が、予め仕込んでいた通りの術式を地面に描きました。
「転移魔術」
地面に描かれた術式は、テレポートの転移先。
打ち合わせはしませんでしたが、瞬きほどの時間でアベノ・セイメイの背後五メートルほどに転移するなり、フローリストは慌てず、動揺すらせずに状況を察して、両手の指先から出した糸で斬りかかりました。
これでチェックメイト。
アベノ・セイメイも機械仕掛けの獣たちも反応していません。
フローリストの糸は、彼を文字通りの八つ裂きにする。そう思っていました。
ですが、結果はチェック止まり。
アベノ・セイメイの影から飛び出てきた機械仕掛けの少女によって、フローリストの糸は全て防がれてしまいました。
「あっぶね……。太陰がいなかったら、死んでたな」
これで六体目。
クシナダと比べることすらはばかられるほど造形が悪い少女型の人形は、彼を護るようにわたしとフローリストへ両手を向けました。
よくよく見ると、各指先に穴が空いています。
そこから何かしらの、例えばクシナダのように、魔力弾なりを発射できると考えた方が良さそうですね。
「クラーラ様。あたいが盾になりますから……」
「必要ありません」
「ですが……」
前にはアベノ・セイメイと六体の下僕。
後ろには、わたし自らが作った土の壁。
先の一手で決まれば問題なかったのですが、決まらなかったが故に退路がなくなりました。
ですがフローリストに言った通り、問題はありません。
「余裕そうだな。まだ何かたくらんでいるのか?」
「いえいえ、手詰まりです。この状況を脱する手段は、わたしにはありません。試したかったことも八割方試せたので、概ね満足ですね」
「潔い……とは違うな。貴様、何を待っている? 白蛇族の子供か?」
「あら、知らないのですか? 美少女のピンチには必ず、ヒーローが助けに来てくれるものなのです」
「漫画やアニメじゃなかろうに。それに貴様は、醜い木人ぞ……」
アベノ・セイメイが言い終えるのを待たずに、最後尾にいた白虎が蹴り飛ばされました。
その音を聞いてアベノ・セイメイどころか、残りの下僕たちも振り返りました。
やはりこの人、実戦経験が無いに等しいですね。
この状況でわたしたちから注意を逸らし、それどころか後方へ全戦力を傾けるなど愚の骨頂。
殺してくれと言っているようなものです。
「喰らえ、飲み込め、噛み砕け。『獄門顕現魔術」
「しまっ……!」
機械仕掛けの獣たち諸共にアベノ・セイメイを大地の裂け目に落として再び閉じたたわたしは、「純粋無垢だったクラーラ様が、こんな騙し討ちみたいな真似をするようになるとは……」と、言っているフローリストを連れて、白虎を蹴り飛ばしたクラリスと合流しました。
「思っていたよりも、早かったですね。避難の方は無事に済んだのですか?」
「ちゃんと済ませて来たよ。それよりあの人、大丈夫? 死んじゃったんじゃない?」
「さあ?」
「いや、さあ? って……」
「彼は敵ですよ? しかも、戦闘中なのにわたしに背を向ける大間抜けです。アレで死んだとしても、自業自得です」
だから、死んでいたとしてもわたしのせいではありません。
ですがクラリスは納得していないのか、不満そうな顔をしています。
「もしかして、戦いたかったのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「では、わざわざマタタビのギフトで魔描族化して駆けつけてピンチを救ったのに、それもわたしの計算の内だったと知ってムカついた。ですか?」
「う……」
「あらあら、そんなあからさまに目をそらしてどうしたのですか? まさか、図星だったのですか?」
「うるさいな! ええ、そうよ! せっかくクラーラに貸しが作れると思ったのに、どうして決めちゃうのよ!」
「あなたが来るタイミングが良くて、かつ、相手が素人だったからです」
と、それらしいことを言いましたが、正直ギリギリでした。
わたしはクラリスの接近に気付いていませんでした。
たまたま、本当にたまたまクラリスが間に合って彼の注意を逸らす行動を取ってくれたので、テレポートを使って逃げるのやめて攻撃に転じただけです。
「で? あとは壁の向こう側にいる本隊をどうにかするだけ?」
「本隊を相手にする必要はありません。このまま集落へ戻ってあなたの魔力の回復を待ち、フローリストを門の向こう側へ送ります」
「その後は?」
「集落を焼き尽くします。それこそ、何の痕跡も見つけられないほど徹底的に」
「それで、丸く収まるの?」
「収まるはずです。あなたの腹黒い恋人が、都合よく動いてくれますよ」
「べ、べつに、タムマロは恋人って訳じゃないし! あんなやつ、ただのセフレよ!」
「タムマロ様の名前は出していませんが、あなたの馬鹿正直さに免じてそう言うことにして……」
おきます。と、続けようとしましたが、不意に起こった地響きがそれを許しませんでした。
何が起こった?
などとは口にしませんし、疑問にも思いません。
生きているのでしょう。
仕留め損なっていたのでしょう。
大地という圧倒的な質量で圧し潰したのに、アベノ・セイメイは生きています。
「クラリス! フローリスト!」
声はかけましたが、地響きがした時点で二人はすでに動いていました。
クラリスはわたしを抱えてアベノ・セイメイを落とした地点から100mほど距離を取り、フローリストは、わたしたちが飛び退くなり爆発した地面からわたしたちを護るように、10メートルほど前方で身構えています。
「いやはや……。まさか、さらに六体もあるとは思っていませんでした」
土煙が晴れると、そこには先ほどまでの六体に加えて、全長が十メートルを越えていそうな翼の生えた蛇と金色の蛇、さらに、身長が三メートル近いチュウカの文官のような恰好をした人形と、女性を模した人形。リクゴウの隣には、不規則な幾何学模様を描く球体。
それらを従えるように、全高が十五メートルほどある蒼いオオヤシマ風の甲冑を着た騎士が立っていました。
「チートを十二個……ですか。思っていたよりも、大物だったようですね」
「勘違いするなよ、木人。これらは十二で一つ。オレの神具、十二天将だ。オレを舐め腐ってくれたお礼に、全力で叩き潰してやるよ」
アベノ・セイメイの声が、中央の蒼い巨人から発せられました。
と、いうことは、彼はあの中にいるのでしょう。
「おやおや、口調が荒っぽくなっていますよ? もしかして、そちらが素なのですか? それとも、イキっているだけですか?」
「ちょっと、やめなよクラーラ。どうして挑発するの?」
「挑発? わたしは挑発しているつもりなどありません。ただ、使いどころがなかったチートをこれ見よがしに自慢しようとしている彼が滑稽だったので、つい言ってしまっただけです」
わたしが知る限り、オオヤシマ統一戦争と呼ばれている大乱があって以降、この国では大きな荒事は起こっていません。
全容はまだ把握できて来ませんが、アベノ・セイメイのチートは間違いなく対軍、もしくは攻城戦でこそ真価を発揮する部類の大規模な能力。
彼の年齢 (外見年齢ですが)から予想するに、強大な力を持っていながらも、それを生かせる場面が今までなかったのでしょう。
だからこそ、彼はキョウト府知事の立場にありながら、今回の大規模クエスト……いえ、フローリスト討伐に参加した。
自分の武威を示す……いや、力を試すために、フローリストを含めた魔族たちを虐殺しようとしたのだと、わたしは予想します。
「木人風情が……。思い知らせてやる。オレの本気で、貴様を後悔させてやる! 集え! 十二天将! 陰陽合体、サン・サイン!」
アベノ・セイメイが叫ぶなり、彼が入っている蒼い巨人が飛び上がり、その周りを他の十一体がグルグルと廻り始めました。
次いでガチャン、ガチャンと金属がぶつかり、こすれ合うような音を響かせながら、彼の言葉通り合体しました。
手足を変形させて縮めた蒼い巨人を胴体にして、右脚は白虎。左足は青龍。右腕は変形した老人。左腕は変形した女性。背中には、羽の生えた蛇と朱雀がそれぞれ変形して四枚の翼を形成。そして駄目押しとばかりに、金色の蛇は縦に割れて巨大な剣となって右手に握られ、玄武は盾となって左手に装着されました。
そして最後に、タイインと呼ばれていた少女型の人形、幾何学模様を浮べた球体、リクゴウの順に胸部におさまり、全高が二十メートルを超える歪な巨人が完成しました。
「クラーラ様。さすがにあれは、あたいじゃどうしようもありません」
「あたしにも無理。クラーラが怒らせたんだから、クラーラが何とかしてよね」
「いやぁ……さすがにこれは、わたしも予想外……」
ですが、どうにでもできます。
クラリスも、その手段はわかっているはず。
そう、クラリス・クラーラです。
問題は詠唱時間。
今だ底知れず、何をしてくるかわからない二十メートル超えの巨人を相手にしながらクラリス・クラーラの詠唱を終わらせるなど不可能に思えます。
思えましたが、事前に打っていた一手がそれを解決してくれました。




