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 タカマツで最も盛況な高級娼館でオオヤシマ料理を三日三晩かけて思う存分堪能し(代金は近くをうろついていた素人童貞の三流勇者に押し付けた)、情報収集も済ませたあたしたちは、チュウゴク地方のヤマグチ県に渡るための定期船が出ているエヒメ県のマツヤマを目指して、海沿いを移動していた。

 そう、目指していたのはエヒメ県。方角的には西。それなのに、何故かあたしたちは南下してて、トクシマ県に入っていた。


「クラーラ、そのコンパス、壊れてない?」

「どうやら、そのようです。まったく、これだから機械の類は嫌いなのです。こんなことになるのなら、ちゃちな玩具に頼らずに『位置情報確認魔術ロケーション・インフォメーション』を使っておけば良かったです」

「いや、それって旅の必需品だから。それに、壊れてないから。クラーラがコンパスを読み間違えただけだから」


 タカマツを出てすぐに、西に向かってるのにどうして海が左手に見えるのか不思議には思った。だってタカマツから海沿いを通ってエヒメ県に向かうなら、右手に海が見えなきゃおかしいんだもの。

 でもあたしは、地図とコンパスを持ってるクラーラが自信満々に先を進むから合ってるんだろうと思って、何も言わなかった。

 クラーラを、信じてたから。


「その結果がこれよ! 二日も歩いたのに、着いたのは逆方向のトクシマ! どうすんの? ねえ! どうすんの!?」

「トクシマにも娼館街はあるのでしょう? だったら、情報収集と路銀稼ぎをすれば良いじゃないですか」

「はい! 反省の色なし!」


 あたしは地団駄を踏むほど怒りをあらわにしているのに、クラーラは「当然ではないですか」と言わんばかりの顔をしてふんぞり返ってる。

 クラーラのこういうところが、本当に嫌い。

 頭は良いよ? クラーラは、本当に頭が良い。

 ブリタニカ王国どころか、西欧諸国で最高峰と言われる王国立魔術学院に十一歳で入学し、十三歳になる前に飛び級で卒業して、そのまま王国立魔術院に所属を許された天才。

 だからなのか、クラーラは自分の非を認めない。

 もしかしたら、自分は何も間違っていないと本気で思ってるのかもしれない。


「で? どこですか? 『詳細地図表示魔術(ゼンリン)』で検索しますから、町の名前を教えてください」

「タカジョウ。だけど、魔術を使う必要なんてないよ。地図とコンパスを貸して」

「それは、かまいませんけど……」


 何をそんなに怒っているのですか? って、続けたかったのかな。

 でもクラーラはひったくるように地図とコンパスを受け取って背を向けたあたしに、それ以上は何も言わなかった。


「来ちゃったものはしょうがないとして、無駄足で終わらせたくないわね。あ、そう言えば……」

 

 タカマツの娼館で、トクシマに伝わる伝説も聞いた。

 その話をしてくれたお姉さんはトクシマの出身で、家族の食い扶持を稼ぐために身売りしたらしいんだけど、お婆ちゃんがその手の話に詳しかったらしくて寝物語によく聞かされていたらしい。


「えっと、たしか『七夕女房』と、『冥土からのことづけ』だったっけ」


 前者は、水浴びをしていた天女の羽衣を盗んだ狩人が、羽衣がないせいで天界に帰れなくなった天女を騙して家に連れ込み、結婚して子供まで産ませちゃった末に罰を受ける話。

 後者は、死んじゃったお婆ちゃんが死出の道の途中で会った、オテラ……たぶん、西欧で言うところのチャペル的な建物だと思う。で、住み込みで働いてた子供から、オショウサン……きっと、神父さん的な人ね。が、建ててくれたお墓が大人用で困ってるから、子供用のお墓に建てかえてくれと頼んでくれ。と、お願いされたらしい。その見返りかどうかはわからないけど、お婆ちゃんは生き返ってオショウサンにお願いしに行くことができたんだって。

 他のお姉さんたちも色々と昔話を聞かせてくれたけど、今思い返すと、クラーラはこの二つの話に聞き入っていたような気がする。


「まさか、わざと方向を間違えた? いや、そんなはずは……」


 ない。とは、言い切れない。

 クラーラの知識欲は変態レベル。わからない、知らない、気になることは満足するまでとことん追求しないと満足しない。

 

「ねえ、クラーラ。一応、聞くんだけど……」

「あら、もしかして、気づいてしまったのですか? ええ、そうです。わざとです」


 横目で振り返りつつ聞くと、言い切る前に、クラーラは悪びれもせずあっけらかんと白状した。

 その態度に少し苛ついたけれど、あたしは深呼吸して平静を保ち、クラーラに理由を聞くことにした。

 もちろんそれで納得できなかったら、クラーラには相応の罰を受けてもらうわ。


「怖い顔ですね。わたしの答え次第では、殴ると解釈してよろしいですか?」

「二日も歩かせたんだから、それくらいは覚悟してもらわないと困るよ」


 歩くのをやめて完全に振り返ると、クラーラは杖を握る左手に力を込めてあたしを睨んでいた。

 あたしが何かしようとしてもすぐに対応できるようにしてるんだろうけど、ハッキリ言って無駄。

 お互いに手を伸ばせば触れ合えるほどの近距離なら、クラーラが魔術を使うよりあたしが殴る方が早いし、クラーラが何かするためにはあたしから魔力を吸わなきゃいけないから、すぐにわかる。

 クラーラも、それはわかっているはず。

 だからこそ、冷や汗を流すほど緊張しているんでしょう。


「二つの話には、共通点があります。それが何か、わかりますか?」

「共通点? あたしには、真逆の話に思えたよ? だって天女を騙して罰を受けた話と、お願いを聞く代わりに生き返った話じゃない」

「そうですね。聞く限りでは、真逆に聞こえます。ですが、あるのです。天界という共通点があるのです」

「天界? 天女の話はともかく、生き返った話にも?」

「はい。そもそも天界とは、何だと思います? たいていの人は、神々が住み、善人が死後に至る場所だと思い浮かべるはずです。前者は言わずもがな。後者も黄泉路に至っています。つまり、この地のどこかに、天界へ行ける道があると予想できます」

「で、でもさ、天女には羽衣ってアイテムがあるけど、お婆ちゃんは死んだだけだよ?」

「あなた、もしかして羽衣が空を飛んで天界へ昇るアイテムだと思っていませんか?」

「違うの?」

「違うと、わたしは考えています。何故なら、空を飛ぶ必要などないからです」

「でも、天界に帰るためのアイテムなんだよね?」

「それこそが、大きな間違いなのです。どうして天界に帰るために、空を飛ぶ必要があるのですか?」

「そりゃあ、天界って言うくらいだから、あるとしたら……」

「空の上。ですか? 浅はかな……。いいですか? 古今東西、天国や天界などと呼ばれる地は、オオヤシマで言うところの黄泉の国とイコールなのです。つまり、下。地下にあります」

「どうしてそうなるの?」

「オオヤシマでは、黄泉の国とは別名、根の国と呼ばれています。根とは文字通り、植物の根。つまり、地下を指しますので、羽衣は差し詰め、そこへ至るための扉なりを開く鍵。もしくは、通行証のような物だと解釈できます。考えなくてもわかるでしょう? たかが布切れ一枚で、空を飛べるわけがないじゃないですか」

「い、言われてみればそうだけど……」


 それはほら、この数年でブリタニカ王国で一気に普及した魔道具みたいに、魔法の力が宿ったアイテムだから飛ぶくらいはできるんじゃないの? と、言おうとしたけど、以前クラーラが、「飛行。それはとてつもなく難しく、古代魔法でも、それを可能とするものは一つしか存在しません」って、言ってたのを思い出してやめた。

 代わりにあたしは、動揺を必死に隠して、別の質問をした。


「あ、あたしたちが探してるのはお姉さまを蘇らせる方法と、性転換の方法でしょ? 二つとも、関係ないじゃん」

「ええ、関係ありません。ありませんが……」


 クラーラは言い淀んで、あたしから目線だけそらした。それだけじゃない。頬どころか、耳まで真っ赤に染めている。

 もしかして、照れてる? それとも恥ずかしがってる?

 そんな疑問を込めてクラーラを見ていたら、横目で何度かチラチラとあたしを見てから、「蘇らせなくても会える方法があるのなら、試してみたいじゃないですか」と、消え入りそうなほど小さな声で、ボソッと呟いた。

 その反応は新鮮で可愛いと思ったけど、それくらいじゃあ、あたしの腹の虫はおさまらない。


「無駄足じゃない? どうせ会うなら、あたしは蘇ったお姉様と会いたいよ」

「無駄になると、決まったわけではないでしょう?」

「子守歌代わりの昔話だよ? 当てになるの?」

「なるかならないかは、調べてみないとわかりません。ですが、忘れていませんか?」

「何を?」

「わたしたちは、タムマロ様から聞かされた神話、伝説を頼って、こんな極東の島国まで来たのです。今の状況と大差ないと、思いませんか?」

「それは……」


 そう思う。

 あたしたちはタムマロから聞いた話を調べるために、オオヤシマまで来た。昔話を当てにするのと、大差ない。

 言い負かされたようで悔しいけど、それは確かよ。

 でも、だったら言えばよくない?

 あたしだって有益かもしれないなら、トクシマに寄ることを反対しなかった。

 それなのにクラーラは、騙し討ちに近い形でアタシをここまで歩かせた、そこは反省して改めてもらわないと、いつまで続くかもわからないこの旅に支障がでかねない。


「次から、行き先を変えるなら相談して。納得できる理由なら、反対しないから」


 あたしは肩の力を抜いて、不承不承ではあったけれど、暗に妥協すると伝えた。

 するとクラーラは、あたしの反応が意外だったのか一瞬だけ大きく両目を見開いてから、杖に込めていた力を抜いた。

そして、「……わかりました。次からは、そうします」と、照れ臭そうに言った。

読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


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