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 オオエ山の山頂から見下ろす敵の数は、情報通り。

 見える範囲にタムマロ様の姿はありませんので、居るとしたらやはり、先遣隊の後方約10キロメートルほどに列をなして行軍している本隊でしょう。


「よろしかったのですか? クラリス嬢の案も有だと、あたいは思いましたが?」

「オオヤシマはそこかしこに古代の遺跡があります。それらを破壊してしまうと、わたしとクラリスの望みが果たせなくなってしまうかもしれませんし、せっかくの苦労も水の泡になってしまいます」

「苦労? クラリス嬢が気味悪がっていた、あの演技ですか?」

「ええ、そうです。慣れない表情を作ったせいで、明日はきっと顔が筋肉痛です。魔王として戴冠? 冗談じゃありません。母には申し訳ないですが、そんなリスクは犯しません」

「やれやれ……。あの無邪気で可愛らしく、お母上が大好きだったクラーラ様が、たったの十年でこんなになってしまわれるとは……。育ちはやはり重要ですね」

「あら、今のわたしは可愛くありませんか?」

「早く魔術を使いたくてワクワクして邪悪に微笑んでいらっしゃるクラーラ様は、大変可愛らしいですよ。動機もらしく(・・・)て、とても良い」

「もしかして、冒険者たちに同情しているのですか? これは意外です。要らぬ恨みを買わないために殺すわけにはいきませんが、あなたからすれば彼らは敵でしょう? 敵を実験動物にして、何か問題でも?」

「ああ……おいたわしや。孤児を経験してしまったせいで、人を実験動物呼ばわりするほどクラーラ様の性格が歪んでしまわれた」

「演技過剰の三文芝居はやめてください。それより、先遣隊の中に手練れは?」

「ほとんど知らない顔ですが、一人だけ知った顔があります」

「誰ですか?」

「最も後方にいる男です。奴はキョウト府知事。名は確か、アベノ・セイメイ。転生者です」

「あらあら、タムマロ様並みの大物が混じっていましたか」


 能力も、どれほど強いのかもわかりませんが、転生者という時点で要注意。

 だって、確実に転生特典(チート)持ちですから。


「どうします? クラーラ様。奴らが山に入る前に、先手を打ちますか?」

「もちろんです。ただし、山へと逃げ込むよう誘導します。その方が、あなたもハチロウちゃんも戦いやすいでしょう?」


 本人曰く、フローリストは平地での戦いも強いですが、もっとも本領を発揮するのは密林でのゲリラ戦。

 私の隣で意気込んでいるハチロウちゃんも、魔力の属性的に山の中は特異なバトルフィールドです。

 なので、とりあえずは斥候の後方と側面へ塵塊投擲魔術(ダスト・キャノン)を撃ち込みつつ、獄門顕現魔術(アース・クエイク)で進路を限定するつもりだったのですが……。


「フローリスト。わたしたちの上空を旋回しているあの赤い怪鳥に、見覚えは?」

「昔見たフェニックスに似ていますが、違いますね。生物を模しているようですが、金属でできているように見えます」

「やれやれ、先手を打つつもりが、打たれてしまいましたか」


 翼長はおよそ十メートルほど、今の技術力では造れそうにない金属製のあの鳥は、おそらくはアベノ・セイメイのチートでしょう。

 目的は偵察……だけではないですね。

 赤い鳥は炎を纏って、わたしたちへ向かって急降下を開始しました。


「まったく。転生者のチートは本当にとんでもない。まさか、地面スレスレを滑空しただけで、山頂を火の海にするとは……」


 わたしとハチロウちゃんを抱えて初撃を回避したフローリストは、忌々しそうに呟きました。

 わたしも同意です。

 フローリストは控えめに言いましたが、わたしたちがいた山頂は火の海どころではありません。赤い鳥が通り過ぎた場所の土や岩は溶け、溶岩化して山下へ火の手を広げています。

 単純な火力は獄炎顕現魔術(ヘル・フレイム)以上ですね。


「クラーラお姉ちゃん。人間たちが行軍をやめたよ?」

「あら、本当ですね。山中での戦いは不利だと判断して、火の手に負われて出てくるわたしたちを平地で迎え撃つつもりなのでしょうか」


 避難した木の上から山下を見ると、冒険者たちが隊列を変えていました。

 俗に鶴翼と呼ばれる陣形に似ています。

 後続の本隊も、異常を察して行軍速度を上げました。

 

「先遣隊と後続を分断します。フローリストは、わたしと共に突撃を。このままでは集落まで火の手が行ってしまいますので、ハチロウちゃんはまず、山火事を消火してください。その後はハチロウちゃんの判断に任せます」

「承知いたしました」

「わかった」


 ハチロウちゃんをこの場に残し、わたしはフローリスに抱きかかえられて山中を駆け下りました。

 そして山を抜け、先遣隊を目視で確認できる距離まで来るなり両翼へ塵塊投擲魔術(ダスト・キャノン)を放ち、その後方の地面を獄門顕現魔術(アース・クエイク)で隆起させました。


「前衛はお任せします。ただし……」

「殺すな。で、ございましょう?」

「そうです。殺しさえしなければ、手足の二、三本は切り落としてかまいません」

「承知いたしました」


 行軍を鈍らせる最も効果的な手段は、負傷者を大量に出すこと。

 先遣隊約百人を戦闘不能状態にすれば、後続の本隊は救助と治療に追われる羽目になり、一時とは言え侵攻を止めざるを得ません。

 それが一つ目のプラン。

 面白くはないですが、創ったばかりの魔術を使わなければならないもう一つのプランより、確実に行軍を止められます。

 

「ただの冒険者だけなら余計な魔力を使わずに済んだのですが……。まったく、転生者という人種は本当に厄介ですね」


 最初の内は順調でした。

 フローリストが自慢の糸で冒険者たちを切り刻み、わたしも魔術で焼き払い、圧し潰しました。

 ですが、ヒミコ配下の神官たちと似た恰好をした転生者、アベノ・セイメイ (イケメンの部類に入る顔から判断するに、歳は十代後半でしょうか)が操っていると思われる、直径五メートルほどありそうな正十二角形の金属板が、戦闘開始からたった十数分ではありますが、わたしたちが着実に削いだ戦力を回復させてしまったのです。


「それも、あなたのチートですか?」

「その一つ、六合の能力だ」

「一つ……ですか」


 能力は、状況を見る限り治癒。効果半径は100メートルを超え、違和感はありますが、治癒力は死者蘇生魔法(アスクレーピオス)並み。

 しかもそれだけの能力を使ったのに、アベノ・セイメイには消耗した様子がありません。

 

「一人、足りないな。白蛇族の子供はどうした?」

「あなたが燃やした山の消火活動中です。なんなら、手伝ってくれませんか? あ、もしかして、水を操るチートはお持ちではないので?」

「流暢に喋る木人族だな。心配しなくても、お前たちを退治したら山は元に戻す」

「元に戻す……ですか」


 その一言で、先ほど感じた違和感が解消されました。

 確定はしていませんが、リクゴウと呼ばれた金属板の能力は治癒ではなく復元、もしくは時間の巻き戻しだと思われます。

 そう考えればわたしと、そばに戻って来たフローリストによって戦闘不能された冒険者たちが傷だけではなく、装備まで元に戻っていることにも説明がつきます。


「クラーラ様、どうされますか?」

「少し考えがありますので、あなたは他の冒険者たちを警戒してください」

「わかりました」


 考えというほど大したものではありませんが、フローリストはわたしの言葉に従って少し距離を取り、冒険者たちを睨みつけました。


「貴様、何者だ? そのアラクネは魔王四天王の一人、フローリストだと聞いているぞ? それを従えている貴様は何だ? ただの木人族ではだろう? いや、偽装……変装か」

「察しが良すぎる人は嫌いです。が、あなたは相手としてちょうど良さそうですね」

「おい、何をするつもりだ」

「準備が整ったので、野次馬の皆さんに退場して頂くだけです」

「準備だと? ん? 地面に呪文が……。貴様! いつの間に!」


 初手のダスト・キャノンに、地面に呪文を描く術式を付与した魔石を混ぜておきました。

 とは説明せずに、わたしは空間直結魔法(ヨグ・ソトース)を解析したことで得た知識を元に創作した、指定した空間を切り取ってランダムに選定された別の場所に強制転移させる魔術、空間排除魔術(ワーム・ホール)を緑の魔石を一つ使って発動し、冒険者たちを一掃しました。どこに飛ばされたかはわたしにもわかりませんが、運が良ければ生きているでしょう。

 ただし、転移させたところでチートで戻ってきそうなアベノ・セイメイだけは、確実に足止めするために残してあります。

  

「……どうして、オレだけ残した?」

「わたしの実験に、付き合っていただくためです」

「実験、だと?」

「そう、実験です。タムマロ様の掌の上で踊らされている感は否めませんが、得るものは非常に多かった。その一つが、先ほど使った魔術です。そしてもう一つ。転生者との戦闘です。望みは薄かったですが、あなたほどのチート持ちが先遣隊に居てくれてラッキーです」

「オレと戦う? 強力な魔術師だとは認めるが、その程度でオレをどうにかできると、本気で思っているのか?」

「思っていますよ? だってあなた、実戦経験がないでしょう?」


 アベノ・セイメイの能力の全容はまだ把握できていませんが、先に見せた二つだけでも十分すぎるほどの脅威。

 それなのに彼は、先遣隊の最後方にいました。

 最初は冒険者たちの護衛、尻拭い役だと思っていました。

 でも、実際は逆。

 百名を数える冒険者たちが、彼の護衛だったのです。


「何故、そう思う?」

「初手が間抜けすぎます。あなたは偵察のつもりで放ったのでしょうが、あんなにも目立つ鳥を見逃すわけがないじゃないですか。しかも、発見されて焦ったのか、こちらの人数を確認して急いたのかはわかりませんが、攻撃するばかりか、わたしたちの生死を確認もせずに陣形を変更しましたね? もしもわたしがその気だったら、あの時点であなたたちは全滅していました」


 今のわたしは魔力を魔石に頼っていますが、それでも先遣隊を全滅させることはできました。

 手持ちの魔石を全て使ったアース・クウェイクなら、リクゴウの能力を使う間も与えずに地の底へ引きづりこむことができたのですから。


「さて、解説は終わりですが、どうしますか? その身を震わせている悔しさを戦って晴らしますか? それもとも、無様に敗走しますか? わたしはどちらでもかまいませんよ? 逃げるあなたの背を撃ったりはしませんし、笑いもしません。まあ、落胆はするでしょうが」

「馬鹿にして……。貴様はオレを……! このアベノ・セイメイを……!」

「馬鹿にされるようなことをしたあなたが悪いのです」


 乗ってきましたね。

 半分は挑発を兼ねたハッタリでしたが、彼の負い目を刺激して、わたしたち対彼の図式が成立しました。

 これが、現状の最適解。

 後続がアース・クウェイクで作った壁を突破してくるまでという時間制限はありますが、これで住民を避難させ終えたクラリスがここへ来てくれるまで、彼をこの場に縫い留めることができます。

 

「あら? 悔しいのですか? ならば、かかってきなさい。フルボッコにして差し上げます」


 だからわたしは、勝ち目は薄いと思いながらも、再度挑発しました。

 



 

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