7-19
冒険者たちによるこの集落への侵攻がわかってからは、天手古舞だった。
魔術の心得がある大人たちは魔方陣の改良を急ぎ、残りの大人たちは子供たちを魔方陣の近くに集めつつ、荷造りを急いでいる。
クラーラは魔術で自分の姿を木人族に偽装して、フローリストと一緒に迎撃に出ようとしている。
「ねえ、クラーラ。本当にあたしは行かなくても良いの?」
「むしろ、来られたら困ります。理由は説明したでしょう?」
「されたけど……」
心配でしょうがない。
あたしの役割は魔方陣の起動と維持。
クラーラの話では、改良中の魔方陣はあたしが魔力を流し込むだけで起動し続ける。だからあたしは、集落の全員が避難し終えるまで魔方陣を起動し続けなければならない。
と、言うことは、クラーラはあたしの魔力を使えない。
ハチロウくんと、合成して性能が上がった魔石でどうにかすると言っていたけれど、フローリストから聞いた冒険者軍をどうにかできるとは思えない。
「百人を越えてて、タムマロまでいるんでしょ? 本当にどうにかできるの?」
「……無理です。時間稼ぎが、精一杯でしょう」
「だったら、やっぱりあたしも行くよ。冒険者たちをぶっ飛ばしてから、改めて避難させれば良いじゃない」
「あの魔方陣を避難が完了するまで起動し続けた場合、あなたの魔力は空に近くなると説明したでしょう?」
「だからこそ、冒険者たちをぶっ飛ばしてから……」
「フローリストが放った子蜘蛛からの情報に寄りますと、ここへ向かっている約百人は先遣隊。後ろに、タムマロ様を含めた千人規模の一団が続いています。さらに、ヒョウゴ、フクイ、オオサカからも別動隊が進行中なので、タイムスケジュール的にその案は不可能です。あなたの魔力が回復する前に、物量で圧し潰されてしまいます」
だったら、神話級魔法でまとめて吹っ飛ばせば良いんじゃない?
と、言おうとしたけれど、それをしてしまうと後の冒険に支障が出ると、クラーラは判断したから提案すらしなかったんでしょう。
もしも神話級魔法で吹っ飛ばすのなら、わざわざ変装する必要もないしね。
「で、でも、心配だよ。今のクラーラ、無茶しそうだから……」
クラーラは出自を知って、妙な義務感に駆られている。
本当にそうなのかはクラーラに聞いてみないとわからないけれど、少なくともあたしにはそう見える。
「信用、できませんか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
信用していないわけじゃない。
心配……いや、不安なだけ。
この気持ちが、あたしがクラーラを信用していない証拠だと言われたら反論はできないけれど、たった数日で変わってしまったクラーラを見ていると、どうしても不安になってしまう。
「無茶はしません。言ったでしょう? 時間稼ぎだと」
「言ったけど……」
「だから、住民を避難させ終わったら、急いできてくださいね。待っていますから」
「え? 行っていいの?」
「もちろんです。むしろ、来てくれないと困ります」
「で、でも、その頃にはあたしの魔力、ほとんどすっからかんだよ?」
「問題ありません」
そう言って、クラーラはシマネの一件で手に入れた腕輪を掲げて見せた。
それはつまり……。
「クラリス・クラーラを使うの?」
「はい。その時が、わたしとあなたが魔王として戴冠する時です」
やっぱり、クラーラは変わった。
以前のクラーラなら、そんなことは絶対に言わなかった。「魔王になる? デメリットしかありません」と言って、鼻で嗤っていたはず。
母親が魔王だったと知っただけで、クラーラはすっかり変わってしまった。
別人と言っても過言じゃないくらい、クラーラの内面が変化したように思える。
「不満そうですね。そんなに暴れたいのですか?」
「そうじゃなくて、あたしはただ……」
あたしはただ、クラーラに遠くへ行ってほしくないだけ。
あたしの知らないクラーラになってほしくないだけ。
だって今のクラーラは……。
「大丈夫ですよ、クラリス。あなたが来てくれるまで、持ちこたえて見せます」
「う、うん……」
ものすごく、気持ち悪い。
自分本位で怠惰で利己的、さらに守銭奴で、得にならないことは一切やろうとしないクラーラが、服装通りのシスターのような微笑を浮べている。
それが身の毛が弥立つほど、気持ち悪い。
「あら、もしかして、わたしがそばに居ないのが不安なのですか?」
「そ、そんなことあるわけないじゃん。あたしはクラーラと違って、たいていの事は自分で何とかできるんだから」
「それは頼もしい。さすがは、わたしの相棒です」
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
本当にヤバい。
目覚めたての慈愛を振りまいているようなクラーラの笑顔が、マジでヤバいくらい気持ち悪い。
これが魔王だったお母さんの意志を継いだせいだったら、完全に解釈違いだよ。
この集落に来る前のクラーラの方がよっぽど魔王らしかったよ。と、思ってしまうほどの不快感をあたしに残して、ハチロウくんとフローリストを率いたクラーラは行ってしまった。




