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この集落に来て、もう一週間。
魔方陣の改良もだいたい終わって手持ち無沙汰になったわたしは、フローリストを相手にスパーリングをしているクラリスを眺めながら、集落の人たちが提供してくれた魔石で実験を繰り返しています。
「なるほど、一定の高温で加熱することで、魔石を構成している……原子とイオンでしたか? が、変化して魔力保有量が増えるのですね」
「その通りでございます。その際に魔石の質量が減ってしまいますので……」
「同じように加熱した別の魔石を接合、圧縮するわけですね?」
「左様でございます。さすがは魔王様のご息女。呑み込みがお早い」
「その呼び方はやめてください。べつに否定するつもりもないし不快でもないですが、そう呼ばれると落ち着きません」
「失礼いたしました、クラーラ様」
「謝罪はけっこうです。では、続きをお願いします」
実験とは、魔石の高性能化。
シマネの一件で、魔石を素材として加工すれば霊子力バッテリーと呼ばれていた魔力貯蓄装置が造れるとわかっていたので、とりあえずは魔石の加工、合成から始めてみました。
幸いなことに、魔王……母がバングル・オブ・フレークスを造った際に助手をした経験がある魔竜軍に所属していた半蛇族の魔術師、ヴィーヴルがいたのでやり方はわかりましたが、これが思っていたよりも難しい。
加熱時の温度調節はシビアですし、減った分の質量を補填するタイミングも、コンマ一秒遅れただけで失敗してしまいます。
「ふぅ……。やっと黄色ですか。先は長いですね」
「ですが、順調でございます。魔王様ですら、ここまでたどり着くのに一年を要したのですから」
「あなたの手解きがあったからこそです。独学だったら、わたしもそれくらいの時間を要したでしょう」
魔石は加工と合成を進めるに従って、青、蒼、黄、緑、黄緑、橙、赤、紅へと色が変化していきます。
わたしが目指しているのは、もちろん紅色。
そこまでの道程が長すぎて、辟易してしまいます。
「ちなみにですが、この腕輪に使われている紅色の魔石が完成するまでに、どれくらいかかったのですか?」
「二十年ほどかかったと、記憶しています」
「そんなに……。それは人間と戦いながらだったからですか? それとも、魔石の調達が難しかったからですか?」
「前者でございます。魔石の調達は、領地にノースウェイがあったので容易でした」
「ああ、そう言えばそうでしたね」
ノースウェイは今でも、魔石の産出地として有名です。
たしか文献では、比較的初期の段階で魔王軍に支配され、領地と化していたと記録されています。
あそこは魔王城があったアースランドからも近いですし、おそらくはバングル・オブ・フレークスを造るための魔石を大量に、安定的に得るために、早い内から領土化したのでしょう。
「ヴィーヴルさん、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「なんなりと。ですがその前に、ワタシなどに敬称は不要。呼び捨てで結構でございます」
「わかりました。ではヴィーヴル。母は、例えば|悲惨な結末を確定させる魔法のような、未来視の魔法を使ったことがありますか?」
「いえ、ワタシが知る限りではありません。ですが、ワタシが魔王様の配下となったのは今から三十年ほど前です。それ以前に使われていたのら、ワタシには知る由もなく……」
「そうですか……」
自己紹介された時の情報によると、ヴィーヴルは魔竜軍でも上から数えた方が早い位置にいた幹部の一人。しかも、保有魔力量は二級魔術師相当と少ないですが、魔力操作が卓越していたために、バングル・オブ・フレークスの制作に助手として携わることを許された魔術師です。
その彼女が知らないのであれば、少なくとも三十年ほど前までは、未来視の魔法を母は使っていなかったと仮定できます。
「どうして、そう思われたのですか?」
「バングル・オブ・フレークスがわたし宛てだったからです」
「バングル・オブ・フレークスは、一度の解放で内包している魔力を全て使い切ってしまう欠点はありますが、神話級魔法を発動できるだけの魔力を貯め込める至宝でございます。それをご息女であらせられるクラーラ様に贈るのは、当然だと思いますが?」
「ですが、この腕輪はその名が示す通り、片翼と呼ばれる存在への贈り物でもありました。娘のわたしが母の片翼と呼ばれるほどの存在だったとは、どうしても思えないのです」
「それほどクラーラ様のことを、大切に想っていたのではございませんか?」
「いいえ、違う気がします。わたしと片翼はイコールでしょうが、娘であるわたしにではなく、片翼であるわたしに贈った物のように思えます。つまり、前者のわたしと後者のわたしはイコールではないのです。ちなみにですが、片翼とまで呼ばれるような人は、母の近くにいましたか?」
「いえ、おられませんでした」
「ふむ、やはり、そうですよね……」
そこが、どうしても解消できません。
この腕輪を手に入れた時、未来視の魔法でわたしの存在を知った母が、かつて片翼と呼ばれていた人と同じ役割を期待して贈ったのだと予想しました。
ですがフローリストから出自を聞かされたことで、その予想は間違っていたのではないかと疑い始めました。
いえ、新たな予想が浮かびました。
ヴィーヴルが魔王軍に入るよりも前に未来視の魔法を使った母は、記憶を内包させたギフトに適応するクラリスの存在を知った。
つまり、クラリスこそが新たな魔王。その片翼になるべく、わたしに腕輪を贈ったのだとしたら、仮説としては成り立ちます。
「まったく……。クラリスの妄言が、現実味を帯びてきましたね」
「クラーラ様?」
「いえ、なんでもありません。それよりも、合成を続けましょう。最低でも、今日中に緑色までは進めたいです」
「かしこまりました。では、ワタシは黄色を量産いたします」
「お願いします」
それからしばらくの間、わたしはヴィーヴルが量産してくれる黄色い魔石を使い、緑色の魔石への合成を続けました。
最初の内こそ失敗しましたが、十回を超える頃にはコツを掴んで、直径五cmほどの緑色の魔石を三つほど作ることに成功しました。
溜め込める魔力は、一つにつき上級魔術三発分くらいでしょう。
「あら? なんだか、騒がしいですね」
合成に集中しすぎていて気づきませんでしたが、集落が妙に騒がしい。
いつの間にかフローリストもクラリスとのスパーリングをやめ、武装した大人たちと何やら話しています。
「ヴィーヴル。何かあったのですか?」
「物見の報告によると、どうやら、人間たちの一団がこの集落へと侵攻しているようです」
「なるほど。それで、この騒ぎなわけですね」
タムマロ様を通したヤナギの報告で、大規模討伐クエストが発布されたのでしょう。
規模がどれくらいで、かつ、どこまで侵攻しているのかはフローリストあたりに聞いてみないとわかりませんが、そう時間はないでしょう。
「ヴィーヴル。フローリストと、指揮官クラスの大人を集めてください」
「かまいませんが……。どうされるおつもりですか?」
どうする?
決まっています。
冒険者たちによるこの集落への侵攻は、わたしが招いたものです。
知らなかったでは済まされません。
出自を知り、母に倣って魔族たちを導こうと思ったわけでもありません。
わたしはただ……
「責任をとります」
胸の奥で渦巻き始めた罪悪感を、晴らしたいだけなのです。




