7-17
魔族は、子供と言えども人間とは比べ物にならないほど身体能力が高い。と、朝から晩まで集落の子供たちの相手をして思い知らされた。
鍛えているあたしでさえ、ただ遊んだだけで普段のトレーニングの数倍は疲れてしまった。
「どうしてあの人たちが、人間に負けたんだろ……」
そんなありふれた経験が、クラーラとハチロウくんが魔術で作ったあたしたち用の小屋へと歩くあたしに、その疑問をに抱かせた。
魔族は多種多様。
種族固有の能力も多種多様。
しかも彼らは、魔王の名の元に連携、協力し合っていた。
そんな彼らが、肌の色だけで同じ人間でさえ差別して迫害する人間に負けて、今でも差別と迫害の的になっている事実が、どうして納得できない。
「まあ、色々と理由はあったんだろうけど……って、クラーラ?」
小屋に入ると、クラーラが部屋の隅でうずくまっているのが目についた。
両手で抱いた膝に顔を埋めて、ピクリともしない。
「おーい。クラーラさーん? もしもーし」
目の前まで行ってあたしもしゃがみ、声をかけてみたけれど、反応がない。
「何かあったの?」
隣に腰をおろしながら聞いてみたけど、やっぱり反応がない。だけど、微かに鼻をすするような音が聞こえた。
「もしかして、泣いてる?」
「泣いていません」
ようやく、クラーラは反応してくれた。
明らかに泣いていたとわかる声で、あたしの質問を否定した。
「何かあったんでしょ? あたしでよければ、聞くよ?」
再び問いかけるとクラーラは、弾かれたように泣き顔をあたしに晒した。
ここまで追い詰められているクラーラは、初めて見る。
傲慢で自信過剰なクラーラが、恥も外聞もなく助けを求めている。
「わた、わたしは……」
「うん。何? ゆっくりで良いから、あたしに吐き出して」
「わたしの母親は、魔王でした。わたしは、魔王の娘でした」
「へぇ、そうなんだ」
笑顔を崩さず、当たり障りのない相槌を打ったけれど、その一言であたしの頭はパニックになった。
この子、何言ってんの? 魔王って、八年ほど前にタムマロに討たれた魔王のこと? 魔王ってたしか、百年以上前にこの世に突然現れたのよね? あたし以上の魔力を自在に操っていたのよね? と、言うかそもそも、クラーラは人間よね? そのクラーラが魔王の娘だって言うのなら、魔王も人間じゃないとおかしくない?
と、疑問ばかりが頭に浮かんで、何も言えなくなってしまった。
そんなあたしの様子に気付かずに、クラーラはため込んでいたものを吐き出し始めた。
「最初は疑問を解消するついでに、フローリストから魔王と四天王について根掘り葉掘り聞きだすつもりでした。でも、フローリストの口から飛び出したのは、わたしの出自です。正直、予想外でしたよ。だって、わたしは孤児ですよ? 神父様に拾っていただかなければ、遠からず餓死か病死していた捨て子です。そのわたしが、百年近く前に魔王が魔法で逃がした遺児だとフローリストは言ったのです」
クラーラはたぶん、フローリストから聞いた話を飲み込んでいる。
頭では、そうだと理解している。
あたしの知らない、クラーラだけが知っている欠片とフローリストの話を繋ぎ合わせて、それが事実だと納得している。
それなのに涙を流しているのは、感情が追いついていないからだと思う。
「わたしは魔術と魔法が好きです。術式を解き明かし、組み合わせ、わたしなりにアレンジするのが大好きです! それと同じくらい、ブリタニカ王国を始めとした欧州各国が歪めようと尽力している、魔王の歴史の真実を探求するのが大好きです! ですがそれらも、わたしが魔王の娘だったからです。わたしは自分でも気づかぬ内に母の足跡をたどり、母が成したことを知ろうとしていただけなのです。わたしの意志など、なかったのです! わたしはただ、顔も思い出せない母の背を追っていただけなのです! 聖女様に惹かれたのも、母と同じ金髪碧眼だったからかもしれないんです! 母の面影を、聖女様に重ねただけかもしれないんです!」
恥も外聞もなく涙と鼻水を垂れ流しならあたしの襟首を掴みながら叫んだクラーラを見て、なんとなくわかった。
だからあたしは、いつも通りを意識して返した。
クラーラが見下している、馬鹿なあたしを心がけて。
「ふぅん、そうなんだ。で? どうするの?」
「どう……とは?」
「このまま旅を続けるの? それとも、お母さんの後を継いで魔王になる?」
「わた、わたしは……」
クラーラはあたしの問いかけには答えずに、黙り込んでしまった。
たぶん、クラーラの中で答えは出ている。
降って湧いた出生の秘密と、母親が魔王であったがために生じた義務感。
それらのせいで歪みそうになっている望みを追い求めて良いのか、わからなくなってるんだと思う。
「魔王になっちゃいなよ」
「で、でも、それでは……」
「お姉さまを復活させるための旅が続けられなくなる。とでも、言うつもり? もしそうなら、クラーラはあたしよりも馬鹿だよ?」
「ど、どうして、そうなるのですか?」
「だってそうじゃん。魔王になって旅を続けて、お姉さまを復活させればいいだけでしょ? あ、そうだ。どうせ魔王になるんなら、オオヤシマを征服しちゃおうよ。そしたら何の気兼ねもなく、旅が続けられるよ」
いつものクラーラなら、間髪入れずに「馬鹿なんですか?」と、言い返す。
魔王になって人間と敵対するデメリットを並べ立てて、あたしが如何に馬鹿な事を言ったのか解説しながら否定する。
泣くのを忘れて口をパクパクさせているだけだけど、クラーラは頭の中で、あたしを罵倒していると思う。
でも、あたしは畳みかける。
「ね? 簡単でしょ? 悩む必要なんてないよ。あ、でも……。クラーラだけじゃあ、魔王って呼べるほどじゃないよね? 良いとこ小魔王? じゃあ、あたしも小魔王だから、二人合わせてようやく魔王だね」
ツッコミどころはあると思う。
でも、理屈なんてどうでもいい。
あたしの望みは、クラーラがいなくちゃ叶わない。
歪みかけているクラーラの望みも、あたし無しでは叶わない。
だったら、二人で進むだけ。
例え魔王と呼ばれて恐れられ、怨まれることになっても、辛く悲しいことがあっても、あたしたちなら歩いて行ける。
クラーラも同じように思ってくれているかはわからないけれど、涙は止まったみたい。
そして大きく溜息をついてから、「あなたと話していたら、悩むのが馬鹿らしくなってしまいました」と、笑いながら言った。




