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7-15

 あたしたちが案内されたのは、山間に潜むようにつくられた掘っ立て小屋の集まり。

 集落と言えば集落だけど、生活環境が悪すぎて住んでいるだけで病気になってしまいそうだと、心配になってしまう。


「ここに住んでいるのは、ざっと百人くらい?」

「ああ。ここへ逃げて来た当初はもっと少なかったんだが、ご覧のように、家族になる者たちが増えてきてね」

「ふぅん。だから、子供もいるんだ」

 

 フローリストを先頭にして進むあたしたちを、ぼろ切れを服代わりにしている子供たちが怯えたような目をして見ている。

 でも、大人は違う。

 感極まったように涙を流す人もいれば、祈るように両手を組んでいる人もいる。 


「大人は全員、魔王軍の残党?」

「そう。時間を稼ぐために城に残ってくれた、決死隊の生き残りたちさ」

「アンタもそうなの?」

「いいや。あたいは少し違う。あの爺さんとやり合って動けなくなっていたあたいを、落ちのびる最中だった彼らが見つけて助けてくれたのさ」

「お爺ちゃんと戦って、よく死ななかったね」

「死ぬ寸前だったよ。でも、例え死ぬことになっても、あの爺さんを城まで行かせるわけにはいかなかった」

「どうして? お爺ちゃんまで城に来たら、もっと早く負けてたから?」 

「……まあ、そんなところさ」


 怪しい。

 明らかに誤魔化された。

 でも、お爺ちゃんは対軍、対大型生物戦が得意だから、まんざら嘘とも言い切れない。

 魔王側にどれだけ兵隊がいたか知らないけれど、もしもお爺ちゃんが攻城戦に参加していたら、兵隊ごと城壁を粉砕していたと思う。


「これだ。これをお嬢さんたちに、使えるようにしてほしい」

「これ? これってたしか……」


 フローリストに案内された集落のほぼ中心にあったのは、オオヤシマ風のチャペル、ジンジャの入り口に建ててあるトリイと呼ばれているものに似ていた。

 それを中心に、地面に直径20メートルほどの円を描くように呪文らしきものが刻みこまれている。


「初めて見る術式ですが、転移魔術……いえ、転移魔法用の魔法陣ですね」

「そう。これは決死隊に所属していた魔術師に魔王様が授けていた撤退用の魔法、空間直結魔法(ヨグ・ソトース)。その魔方陣を、あたいたちなりに再現したものだ」

「撤退用……ですか。その魔族の魔術師、魔法の発動とほぼ同時に死んだでしょう?」

「わかるのかい?」

「ええ、だってこれ、発動するために神話級魔法数発分の魔力が必要です。これを使った魔術師がどれだけの魔力を持っていたか知りませんが、レイ・ライン……龍脈への接続式と、自身の命を対価に魔力量を増大させる契約術式が含まれていることから、発動後に死亡したのは確実です」

「転移先がオオヤシマになっていたのはどうしてだい? 奴の話では、転移先はアルカディア。今のゲン国だったはずだ」

「それは簡単です。転移先の設定が完全に終わる前に、術者が力尽きたからです。そのせいでその部分の術式が乱れ、オオヤシマと繋がってしまったのでしょう。ですが、幸運に思うべきです。術式を見る限り、設定されなかった場合の転移先は完全にランダム。仮に海中や空中と繋がっていたら、あなたたちは生きてはいません。楽観的に考えると、その魔術師は死亡する寸前に辛うじて陸地へ繋げることができたのでしょうね」


 クラーラの説明を聞き終えたフローリストは、「そうか……」とだけ言って、トリイを見上げながら右拳を左手で包んだ。

 ふと周りを見てみると、大人たちも同じポーズをしていた。

 たぶんアレが、魔王軍式の敬礼なんでしょう。


「……お取込み中申し訳ないのですが、説明を続けてもよろしいですか?」

「ん? あ、ああ。まだ何かあるのかい?」

「まだも何も、使い方を説明していません。あなたはこの魔法を使えるようにしてほしいのでしょう?」

「そうだったね。で? どうしたらいい? あたいの命を捧げればいいのかい?」

「あなた、自分のギフトのことを忘れていませんか? あなたでは使えません」

「では、誰なら使える? 正直、他の者を犠牲にしたくはないんだが……」

「この集落に住んでいるのは、ここにいる人たちで全員ですか?」

「見張りをしている者はこの場に居ないが、ここにいる者でほぼ全員だ」

「では無理です。ここにいる人で、この魔法を使える人はいません」

「だが、契約術式で魔力量を増やすのだろう?」

「そうですが、元々もつ魔力量が少なかったら意味がありません。最低でも、ブリタニカ王国立魔術院基準で一級に相当する魔力が必要です。それほどの魔力を持つ人は、ここにはいません」


 クラーラの説明は、周りの人たちを落胆させた。

 フローリストですら肩を落としている。

 でも、不思議だ。

 あたしの魔力を使えば、たぶん契約術式は必要ない。クラーラが魔法を制御すれば、転移先も間違わないと思う。

 その解決策を、どうして教えないんだろう。

 いいえ、そもそも、どうしてフローリストは……。


「ねえ、素朴な疑問なんだけど、どうしてその魔法を使いたいの?」

「どうしてって、ここを離れるためさ」

「うん、それはわかる。でもさ、それを魔法に頼る理由があたしにはわかんないのよ。だってアンタ、お爺ちゃんと互角以上にやり合ったフローリストでしょ? ここに住む人たちも、大人は決死隊に選ばれるほどの精鋭でしょ? 誰かを犠牲にしなきゃ使えない魔法に頼らなくても、ゲン国に渡るくらいはできそうに思えるんだけど……って、何よクラーラ、その憐れんだような目は。あたし、そんなに変なこと言った?」


 クラーラはあたしを憐れむどころか、呆れたように溜息までついた。

 フローリストも仮面の上から頬を掻きながら、困ったようにあたしを見ている。


「クラリス。わたしたちは何をしに、ここへ来たか覚えていますか?」

「フローリストに、魔法を使えるようにしてくれって頼まれたからでしょ?」

「違います。それは目的が変わっただけ。いうなれば追加クエストです。わたしたちは元々、この集落の調査をしに来たんです。そしてその目的は、ヤナギが報告に行ったので果たされています」

「え~っと、そうなると、どうなるの?」

「わかりませんか? この集落の場所が割れれば、ギルドは大規模討伐クエストを発布します。そうなれば、ここは戦場になります。相手は魔族、しかも魔王軍の残党ですから、冒険者たちは嬉々として殺戮を行うでしょうね」

「だ、だったら今すぐにでも……」

「逃げれば良いと? それも無理です。仮に、討伐クエストを受注した冒険者たちがここに攻め込んでくる前に逃げおおせたとしても、間違いなく追手がかかります。だって、魔族の集団がいるとバレてしまったのですから」

「だ、だったら……」

「どうして調査クエストが出される前に逃げなかったのか。ですか? それこそ無理でしょう。何故なら、魔族は目立ちます。人の目が届かない山間部を移動するとしても子供連れでは難しいでしょうし、食料にも苦労するでしょう。だからフローリストは、この魔法に頼ったのです。おそらく、この集落を調査しに来た冒険者はわたしたちが初めてではなかったのでしょう。調査なのにAランククエストであり、タムマロ様が受注していたことと、わたしたちをあっさりと囲んでしまえるほど警戒していたのがその証拠です。故に、何人犠牲になるかわからない逃避行よりも、一人の犠牲で全員を逃がせるこの魔法を選択したのです」


 面倒くさそうではあるけれど、クラーラはあたしの疑問を全て解消してくれた。

 言い方に少しムカついたけれど、疑問が解けたことであたしたちがしでかしたことにも気づいてしまった。


「……気にする必要はありませんよ、クラリス。わたしたちは依頼をこなしただけ。責められる道理はありません」

「でも、あたしたちのせいで……」


 この人たちは、犠牲を出してまで逃げなければいけなくなった。

 でも、クラーラが言ったことも理解できる。

 この人たちの境遇に同情し、罪悪感を抱いているのはあたしのエゴでしかない。

 それを理解してなお、あたしはこの人たちを助けたいと思ってしまっている。


「ねえ、クラーラ。あたしの魔力を使えば、あの魔法は犠牲なしで使えるよね?」

「ええ、魔方陣を改良すれば可能です」

「じゃあ、やって。あたしの魔力で、ここの人たちを逃がす」

「そうですね。では、そうしましょう」

「ん? んん?」

「どうかしましたか? あ、それがオオヤシマ語で言う、鳩が豆鉄砲を食らったような顔ですね」


 意外だった。

 クラーラは基本的に、利益が見込めないことはやりたがらない。

 それなのにあっさりと、クラーラは了承してくれた。

 了承するだけに留まらず、フローリストに必要な物を用意するよう注文までし始めている。

 そしてひとしきり注文をし終えると、クラーラはあたしを振り返って言った。


「不思議そうですね」

「そりゃあ……ね。クラーラにとっては、その魔法が報酬になるから?」

「報酬の一部、言わば前金ですね。残りは後ほど、フローリストから頂きます」

「ちなみに、何を?」


 なんとなくだけど、予想はできる。

 クラーラは魔道に関する知識の蒐集に貪欲。

 それと同じくらい……いえ、もしかしたらそれ以上に、魔王に関する歴史にご執心。

 それを実際に見聞きし、一緒に行動してきた四天王の一人がすぐそばに居るんだから、知識欲に促されるままに根掘り葉掘り聞き出そうとする姿が容易に想像できる。

 もしくは、お金になるアラクネの糸を、時間が許す限りフローリストにねだるつもりなのかもしれない。

 でも、クラーラの反応は予想外だった。

 クラーラの注文に従って集落の大人たちに支持を出すフローリストの背中を見つめるクラーラの瞳は、怖れているように揺れていた。

 それを裏付けるように、クラーラはボソッと、「歴史の、真実を……」と、消え入りそうな声で呟いた。

 

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