7-13
クラーラがタムマロから押し付けられたクエストは調査。場所の特定ができたのなら、行く必要はない。
それなのにクラーラは、キョウトの冒険者ギルドで待つタムマロへの報告をヤナギちゃんに任せて、集落へと向かっている。
でも、昨日とはテンションが違う。
ヤナギちゃんの報告にあったアラクネの事じゃなく、昔、お爺ちゃんに重傷を負わせたらしい四天王のことばかり気にしている。
「フローリストのこと?」
「ええ。クォン様から、何か聞かされていませんか?」
「う~ん……。何か聞いたような、聞いてないような」
「大切なことです。だから、意地でも思い出してください」
「そ、そんなこと言われても……」
「何も聞いていないわけがありません。何故ならフローリストを倒したのは、他ならぬクォン様なのですから」
「ちょ、近い! それとも何? あたしとキスでもした……」
「は? ぶっ殺しますよ? わたしは純粋に、フローリストに関する情報がほしいだけです」
「どうしてそこまで、ソイツの事が知りたいの? もしかして、ヤナギちゃんが見たアラクネがソイツなの?」
「今はまだ、その可能性があるだけです。だからせめて、トドメを刺したのか、それとも逃げられたしまったのかだけでも知りたいのです」
「フローリストだったらどうなるの? 今のあたしたちでも勝てないの?」
「勝てないと言うよりは、厄介なことになります」
「厄介なことって……」
どんな風に? と、聞こうとしたけど、あたしの背中にしがみ付いているマタタビちゃんの落ち着きがなくなったことの方が気になってできなかった。
「お、お姉さま……」
「どうしたの?」
「か、囲まれてるニャ」
「囲まれてる? 誰に……」
聞くまでもない。
あたしたちは魔族の集落へ向かっている。
そんなあたしたちを囲むような奴らなんて、魔族しかいない。
「クラーラ! 索敵!」
「もうやっています」
魔力を吸われなかったから気づかなかったけど、クラーラもマタタビちゃんの異変に気付いて探知系の魔術を使っていたみたい。
たぶんハチロウくんの魔力を使ったんでしょうけど、ハチロウくんの魔力じゃなくてあたしの魔力を使えば良いのにと、妙に落ち着いてすまし顔をしているクラーラに何故か不満を抱いてしまった。
「出て来なさい。いるのは、わかっています」
「あらあら、勘の良いお嬢さんね」
そんなあたしのことなど気にせずクラーラが潜んでいる何者かに声をかけると、くぐもっているけど女性のものだとわかるハスキーボイスが頭上から聞こえてきた。
「うぇ……。マジで蜘蛛じゃん。蜘蛛から人が生えてるじゃん……」
「あら、そちらのお嬢さんは随分と失礼ね」
そして降りてきたのは、思わず口にしてしまった通りの外見を持つ魔族。ただし、人間部分の左腕が肩の根元からないし、蜘蛛部分の足も何本か欠けている。でも、セリフの割に不快には思っていなさそうな声音だわ。
「ふむふむ。本当にアラクネのようですね。しかも、彼女はわたしの各種探知魔術で捕捉できていません。と、言うことはあなた、フローリストですか?」
「どうして、そう思うのかしら?」
「アリシア様からお聞きしたあなたの特徴……いえ、ギフトの性能に合致するからです」
探知魔術で見つけられないのが、フローリストのギフトの特徴? と、あたしが疑問に思ったのを察したのか、疑問を口にする前にクラーラは得意げに語り始めた。
「フローリストは別名、『魔術師殺し』と呼ばれ、魔術師の天敵とされていました。それは何故か。簡単です。魔術が一切、効かなかったからです。攻撃魔術はもちろん、探知系魔術や防御系魔術すら意味を成しません。おそらくそれは、ギフトによる恩恵でしょう。クォン様に千切られたと思われる左腕と、脚が欠けたままなのがその証拠です。ギフトの性能そのものがデメリットとなり、治せなかったのでしょう? おっと、手や足を再生させるほどの治療魔術を使える魔術師がいなかったとは言わせません。魔王が権勢を振るっていた時代は魔術師……いえ、現在では特級と呼ばれて蔑まれている一芸特化魔術師の全盛期。金さえ積めば、相手が魔族だろうと治療をする魔術師は掃いて捨てるほどいたはずです」
「長々と御高説、ありがとうございます。とでも、言えば満足かな? お嬢さん」
「いいえ、不足です。あなたがわたしの推理を認めて初めて、満足できます」
クラーラは推理と言ったけれど、たぶん確信している。
持論を認めさせたいのは、たぶんついで。
クラーラは今、あたしにはわからない何かを、フローリスト (仮)から引き出そうとしている。
「知を嘲笑う者。それがあのお方から頂いた、魔力を介する全ての事象を無効化するあたいのギフトの名前だ」
「魔力を介する全ての事象。と、きましたか。これは参りました。わたしはもちろん、クラリスでも、あなたが相手では何もできなさそうですね」
たしかにそれが本当なら、クラーラは何もできないし、あたしも自前の身体能力だけで戦わなければいけない。
たぶんそれが、アイツの相手をお爺ちゃんがした理由。
タムマロやアリシアさん。会ったことはないけれど、剣士なのに武器を魔術に依存していたラーサーさんじゃあ、アイツの相手はできなかった。
だから、魔力無しの単純な肉弾戦でも人間離れした強さを持つお爺ちゃんが請け負ったんだと思う。
「ねえ、クラーラ。アイツを倒したらいいの?」
「倒すのは構いませんが、殺しては駄目ですよ」
「おっと、意外だわ。魔力が通じないのだから、あなたでは無理です。くらいは言うと思ってたのに」
「あら、心外ですね。わたしはこれでも、一応はあなたを信頼しているのですよ? そのあなたが、わざわざ倒してもいいのかと確認をとったのです。ならば、信じますよ。今もかくれている取り巻きどもにはわたしが手出しさせませんので、存分にやってください」
「うん、わかった」
とは言ったものの、どうしよう。
アイツに通るのは、魔力無しの攻撃。魔力による身体能力強化は触れるまで維持できそうだけど、強化されたまま魔力無しの拳を叩きつけたらあたしの拳が保たない。
と、なると、本当に魔力無し。
身体能力強化だけでなく、移動にも使いづらい。
あたし自身の身体能力を、魔力無しでお爺ちゃん並みにする必要がある。
「マタタビちゃん、お願いしていい?」
あたしの背中から降りて足の影に隠れていたマタタビちゃんを見下ろしながら言うと、最初は「にゃ、にゃにをすればいいニャ?」と言いながら首を傾げたけれど、すぐにあたしがしてほしいことを察してギフトを使ってくれた。
「ありがとう、マタタビちゃん」
「じ、時間に気を付けてくれニャ。半日以上そのままでいると、人間に戻れなくなっちゃうニャ」
「オッケー。それじゃあ、アイツをぶちのめしてくるから、マタタビちゃんはクラーラのそばにいてね」
「わかりましたニャ」
マタタビちゃんがクラーラの足元へ移動するのを目の端で確認したあたしは、改めてフローリスト (仮)を見た。
仮面をつけているから表情はわからないけれど、猫の耳と尻尾を生やしたあたしを見ても、驚いたような素振りはしていない。
もしかして、耳と尻尾が生えただけだと思ってる?
「どうしたの? お嬢さん。かかってこないのかい?」
「言われなくても、そうしてやるわ」
答えるなり飛びかかったけど、正直、驚いた。
魔力を使わず自前の脚力だけで動いたのに、あたしは一瞬でフローリスト (仮)の真横に移動できた。
クラーラとハチロウくん、フローリスト (仮)も、さっきまであたしがいた場所を見ている。唯一の例外がマタタビちゃん。
マタタビちゃん以外は、あたしの動きを目で追えていない。
「やっば、跳びすぎた」
横っ面に右拳を叩き込んでやろうとしたけれど、踏み切りが強すぎてフローリスト (仮)の真後ろまで跳んでしまったせいでできなかった。
「魔猫族化したは良いものの、振り回されちゃっているみたいね。そんな体たらくで、あたいとやろうってのかい?」
そんなあたしを振り返りながら、フローリスト (仮)は呆れたような口調で言った。
たしかに振り回されているけれど、さっきのセリフには違和感がある。
アイツは、あたしが魔猫族化したことに驚いていない。いや、あたしの身体能力が魔猫族化によるものだと知っていたかのような言い方だった。
「当然よ。だってアンタ、敵なんでしょ?」
「敵対した覚えはないが、お嬢さんがそう言うならそうなんだろうね」
「ん? 今、何て?」
敵対した覚えはない?
でも、囲んでるのよね? 姿は見えないけれど、部下たちがあたしたちを囲んでるんでしょ? 囲んでるんだから敵でしょ?
と、頭をよぎった疑問が口から出る前に、フローリスト (仮)は名乗りを上げた。
「魔王四軍が一つ、魔蟲軍統括にして魔王四天王最後の一人、紅い瞳のフローリスト。お相手仕る」
名乗った途端に、フローリストが何倍も大きく見えた。
フローリストの体が大きくなったんじゃない。
気配とでも呼べば良いのかしら。それともオーラ? 魔力? とにかく、フローリストが纏う不可視の何かが、あたしの認識を誤認させている。
「あら? こちらが名乗ったのに、あなたは名乗ってくれないのかな? 昔の戦士や剣士、武闘家は、名乗れば名乗り返してくれたのだけれど……。これが魔王様が言っていた、ジェネレーションギャップってやつかしら?」
名乗り返さなかったわけじゃない。
返せなかった。
フローリストの何かに気圧されて、あたしは名乗れなかった。
ワダツミのおっちゃんの時も、ベンケイオジサンの時も、こんな気分にはならなかった。
自分が格下だとは思わなかった。
ワダツミのおっちゃんもベンケイオジサンも、実は手加減していたんだと今の今まで気づけなかった。
加減されていたからこそ、あたしは名乗る余裕も本能を優先することもできたんだと、本気であたしを殺そうとしてくれているフローリストと対峙することで気づけた。
「救世崩天法、皆伝。異種超級二等武神。クラリス・コーラパル、with ビースト・フォーム」
だから、あたしは今まで以上に真剣に、真面目に名乗った。
この人と本気で戦いたいから。
どちらかが死ぬほどの戦いをしたいから。
この人を踏み台にして、さらに高みへ昇りたいと思ってしまったから。
「一手、ご指導願います」
と、感謝の念を込めて言うことができた。




