7-11
クラーラが言うには、オオヤシマには『アマノイワト』と目されている場所が複数あるらしい。
あたしたち一行が向かっているのは、その内の一つ。
フクチ山の山中にある古代遺跡だと、クラーラは言っていた。
旅路は順調で、何事もなければ翌日の昼には着く距離まで来たらしいんだけど……。
「あのさぁ、クラーラ。何回言ったか覚えてないほど言ったけど、あたし、お腹が……」
「では、何回も言ったことをまた言いましょう。その辺に生えている草でも食べたらどうですか? あなたなら、お腹を壊すこともないでしょう?」
「いやぁ、さすがに壊しちゃうかなぁ。だから、ね?」
「何が、ね? なのですか? 言っておきますが、お昼までまだ時間がありますので、食料は渡しません」
「そんな殺生な!」
「殺生ではありません。あなたが感情に任せて娼館を破壊したせいで、路銀が尽きるどころか借金までしてしまったのですよ? そのおかげで、必要な分しか保存食を買えなかったのですから、節約するのは当然ではないですか」
「そ、それはわかってるし、反省もしてるけど……」
何度もしたやり取りをまたやってしまった。
だけど、何だかんだ言いながらも、あたしとの付き合いが長いクラーラは本当に限界だと察してくれたらしく、ようやく何か食べさせてくれるつもりになったみたい。
「ハチロウちゃん。何かありますか?」
「手持ちの種はニンジンとキュウリと……あとは大根かな。キノコでも採ってこようか?」
「昼食前にそこまで時間をかけたくはありませんので、クラリスの口に大根でも突っ込んどいてください」
「うん、わかった」
「わかるな! せめて調理して! 大根を丸々口に突っ込まれたら裂けちゃうでしょ!」
「何かしら咀嚼していれば、空腹も紛れるでしょう? だから大人しく、大根を咥えて歩きなさい」
とりつく島もないクラーラの対応に若干腹を立てながらも、あたしはハチロウくんが魔力で成長させた大根を受け取って噛り始めた。
「ごねんニャ、クラリスお姉さま。うちが動ければ、クラリスお姉さまを空腹にさせずにすんだのに……」
「マタタビちゃんのせいじゃないよ。食糧をケチるクラーラが悪いんだから、気にしないで」
いつもなら、あたしが「お腹がすいた」と言う前にマタタビちゃんは狩りをしながら先行し、焼き鳥なり焼き魚なりを用意して、空腹意を紛らわせてくれる。
だけど先の一件で、マタタビちゃんは人間恐怖症が悪化してあたしから離れられなくなったから、それができなくなった。
それもこれもすべて、スズカのせいよ。
「あのクソアマ、今度会ったら絶対にぶっ殺してやる」
一緒にタムマロに抱かれはしたけれど、そこだけは許していない。
次に会ったらマタタビちゃんの仇をとるついでに、あたしの恨みもまとめてぶつけてやる。と、決意しながら歩いていたら、前から小人サイズの体に羽を生やしたヤナギちゃんが飛んで来た。
「たっだいま~。ちょこちょこっと、情報収集してきたよ」
「ご苦労様です。それで、何かわかりましたか?」
「詳しいことはわからなかったけど、確かにこの先に、魔族の集落があったよ」
「種族は?」
「家族単位だったけど、色々いたよ。あ、でも、集落のまとめ役っぽい人は、顔は仮面をかぶってたからわからなかったけど下半身が蜘蛛だった」
「ふむふむ、アラクネと特徴が似ていますね。近縁種でしょうか。もしくは、生き残り?」
「オオヤシマで言うところの絡新婦じゃないかな。ああ、でも、服は着物じゃなくて、西洋風のドレスだったか」
ヤナギちゃんの報告を聞いて、あたしは「うぇ、蜘蛛かぁ。虫は苦手なんだよね……」と、言いながら露骨に顔をしかめたけれど、クラーラの反応は真逆だった。
テンションが上がったのか鼻息が荒いし、心なしか、瞳もキラキラと輝いているように見える。
「もし、アラクネの近縁種なら好都合。生き残りなら最高! 糸を吐かせるだけ吐かせて解剖すれば、人と蜘蛛の特徴を併せ持てる謎の解明に一役買いますね。いや、飼い殺しにして、糸をひたすら吐かせるのも有りか……」
「ちょっとクラーラ。嬉々として怖い事を言わないでくれない?」
「だって、アラクネですよ!?」
「だから何よ。珍しい魔物なの?」
「魔物ではありません! れっきとした魔族の一種族です! 良いですか? アラクネが体内で作る糸は人間が作るどの糸よりも強靭で切れにくく、たった1メートルでブリタニカ小金貨十枚もの値が付く超希少品! その糸で編まれた服は、ミスリル並みの対物理、対魔力防御性能があるのです! あ、どうして希少品かと言いますと、アラクネは数いる亜人種の中でも強力な部類に入り、数も少なかったからです。ちなみに、かつての魔王四天王の一人である『紅い瞳のフローリスト』もアラクネです」
「あ~……。わかった。わかってないけどわかったから、少し落ち着……」
「けるわけがないでしょう! だって、フローリストを最後に絶滅したと言われていたアラクネと思われる個体が、この先にいるのですよ!? もうそれだけで、わたしの知識欲と物欲と金銭欲に火が点きました! バーニングです!」
勝手に燃え尽きろ。と、思ったのはあたしだけじゃないらしく、マタタビちゃんとヤナギちゃんはもちろん、今ではクラーラのペットと化しているハチロウくんですら、そう思ってそうな顔をしてクラーラを見ている。
「再度ちなみに。彼女はかつての四天王の中で、最も残忍で卑劣だったと伝えられています。自分はけっして表には出ず、物理的、精神的罠を張り巡らせて、人間が絶望し、苦しむ様を心の底から楽しんでいたそうです。ですが、弱かったわけではありません。その糸に切れない物はなく、魔術こそ使えなかったものの、二本の腕と八本の足を巧みに使った独特の格闘術はタムマロ様達を魔王城に突入させるために相手を買って出たクラリスの師でもあるガチムキジジイの、クォン・フェイ・フォン様に瀕死の重傷を負わせて戦線を離脱させたほどです。そうそう、同じ四天王の、ウィロウの姉としても知られていますね。それはとにかく! 依頼の達成条件は調査ですが、捕獲します。集落に殴りこんで。絶対に捕獲します! 良いですね? 異論はありませんね? あっても却下ですけどね!」
「わ、わかった。わかったから……」
「いいえ! わかっていません! 良いですか? アラクネの糸を定期的に入手できれば……!」
どうやら、クラーラのアラクネの糸に対する執着はあたしの想像を越えていたらしく、それから長々と、何時間も、布教でもするかのように糸の素晴らしさを聞きたくもないのに教えてくれた。
「はいはい。わかったからご飯にしようよ。クラーラが長々と語ってくれたせいで、もう夕方だよ?」
「あら、本当ですね」
クラーラは心底不思議そうにな顔をして辺りを見回したけれど、お昼ご飯を大根一本で我慢させられたあたしの胸中は穏やかじゃない。
それを察したのか、クラーラは「じゃ、じゃあとりあえず、野宿できるところを探して夕飯にしますか」と、言いながらあたしから目をそらして行ってしまった。




