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7-8

 スズカによる宣戦布告とマタタビの誘拐。

 それからそう時を置かずに、クラリスはスズカ山へと発ちました。

 残されたわたしはと言いますと……。


「ねえ、クラーラお姉ちゃん。クラリスお姉ちゃん、一人で大丈夫かな」

「今のクラリスは体力も魔力も万全。シマネの時のような事にはそうそうなりません。それよりもハチロウちゃん。お金は足りましたか?」

「なんとか……かな。お店の修繕費と、その間営業ができない損失の補填には全然足りなかったんだけど、足りない分はコイツが出してくれたよ」

「コイツ? ああ、やっぱりタムマロ様が近くにいましたか」


 クラリスが怒りに任せて破壊したせいで遊郭から追い出されてしまいましたので、お金を預けたハチロウちゃんを遊郭へ行かせて、わたしは宿を探していました。

 ですが、ハチロウちゃんの後ろにタムマロ様がいるのを確認して、それはもう心配しなくても良さそうだと安心しました。


「タムマロ様、借りついでに、宿も借りてくれませんか?」

「それは構わないけど、今回の貸しだけで結構な額になってるよ?」

「いくらですか?」

「僕と君たちの仲だから無利子、無担保、催促なしのあるとき払いでさらに端数はオマケするとして、五千万かな」

「では、半分の二千五百万はその内お支払いいたします」

「半分? どうして半分なんだい?」

「今回の件の原因が、あなただからです」

「それを言われたら、何も言い返せないな」


 と、タムマロ様はお手上げと言わんばかりに両手にを胸の前で挙げ、次いで「場所を変えよう」と提案されたので、タムマロ様が借りていた宿に移動しました。


「一人で泊まるには、随分と広いですね。4~5人は楽に寝泊まりできそうです。もしかして、こうなると知っていました? いえ、知っていたのでしょうね」

「まあ、ね。それより、僕に聞きたいことがあるんじゃないのかい?」

「ええ、そろそろ、タムマロ様が何を企んでいるのか知っておこうと思いまして」

「心外だな。僕は何も……」

「企んでいないわけがありません。わたしたちがアワジに流れ着いてからの一連の騒動は、あなたの謀でしょう?」

「どうして、そう思うんだい?」

「理由はいくつかありますが、確信したのはシマネでの一件です。あの時あなたは、何の前触れもなく現れました。そう、まるでヨシツネと同じく、空間を切り裂いて移動したように突然。それはその腰に提げている剣の能力では?」

「ご明察。じゃあ、どうして僕がこれを持っているのかも、察しはついてるんだよね?」


 わたしは首肯することで答えました。

 タムマロ様がヨシツネの転生特典である神具(レガリア)、『ウスミドリ』を所持している理由。それは簡単です。

 タムマロ様はヨシツネたちが撤退した後、強襲して消耗していたヨシツネを討ち、奪ったのです。

 ヨシツネ率いるゲン軍によるオオヤシマ侵攻も、わたしたちに迎撃させたのも、すべてヨシツネの神具を奪うためだったのでしょう。


「まったく、回りくどい真似を……。あなたはクラリスを、新たな魔王にでもするおつもりなのですか?」

「さあ、どうだろう」

「とぼけないでください。今回の件で、クラリスは人間に対して明確な怒りを抱きました。もし、また同じようなことがあれば、クラリスは魔族に味方してかつての魔王と同じことをしかねません」

「でも、クラリスじゃ魔王足り得ない。強い部類ではあるけれど、クラリス程度を倒せる人なら掃いて捨てるほどいるよ。それくらい、君だってわかっているだろう?」

「わたしがクラリスにつくと言っても、同じことが言えますか? 言えませんよね。わたしが協力すれば、クラリスはかつての魔王ほどとは言えませんが、それでも無敵に近い力が振るえます。ざっと計算しただけでも、七日もあれば世界を滅ぼせますよ」


 これはブラフでもハッタリでもありません。

 それほど、わたしたちがが手に入れた魔王の遺産、対神用決戦大魔術ハーロット・オブ・バビロンは強力なのです。

 さすがに、本来のスペックで扱える魔王を倒したタムマロ様に出張られたら勝てないでしょうが、相手にせず、単純に世界を破壊することだけに注力すれば可能です。

 口に出さずとも、わたしの考えなどとっくの昔に知っていたであろうタムマロ様は少しだけ悩むふりをして、口を開きました。


「……一つ、誤解を解いておこう。僕の目的は彼女と添い遂げることであって、クラリスを魔王にすることじゃない」

「ならば、どうしてトラブルを持ち込むのですか? 聖女様を甦らせるのに、トラブルなんて必要ありませんよね?」

「君たちにもっと強くなってもらうためさ。実際、オオヤシマに来て数ヶ月で、クラリスも君も強くなった。君なんてギフトに対する理解が増したし、クラリスが近くにいなくても安心できるだけの魔力を手に入れただろう?」


 たしかに、クラリスは強くなりました。

 扱える魔力は総量の40%にまで増え、以前はただ垂れ流していただけの魔力を身体の内外で循環させて、魔術に迫るほど高効率で魔力を扱うようになりました。

 わたしも強くなりましたが、タムマロ様は少し思い違いをしているようです。

 クラリスがそばに居なくても安心していられるのはバングル・オブ・フレークスがあるからではなく、ハチロウちゃんがいるからです。

 もっと正確に言うなら、契約術式は施していませんが、搾取の首輪改をつけてもらったことでハチロウちゃんの魔力が使えるようになったからです。

 クラリスのようにほぼ無制限ではなく、中級魔術相当の魔力しか一度に吸えませんが、単純に魔力の供給源が二人になったからです。

 ちなみに、バングル・オブ・フレークスは気軽に使えません。

 今はクラリスを通して神話級一発分の魔力がチャージされていますが、それを使うためにはすべて解放しなければいけません。 


「でも、まだ足りない。せめて、魔王の魔術をフルスペックで扱えるようになってくれないと話にならない」

「この先、聖女様を甦らせる過程でアレを使うほどの事態が起こると?」

「ああ、起こる。死者の蘇生……いや、死者を転生させるのに近い君たちの望みは、完全に神の領分。喧嘩を売ってるのと同じだからね」

「それは最終的に、わたしたちが神と争うことになる。と、言っているのですか?」

「そう考えてもらって、問題ない」


 魂だけの存在になった者に再び肉体を与え、甦らせる。それは確かに、神の専売特許と言っても過言ではありません。

 そうであるならば、神の領域に踏み込もうとしているわたしたちの行いは、タムマロ様が言った通り神に喧嘩を売るのと同義。それは、理屈としてなら理解できました。

 ですが、納得しきれません。

 もし本当にそうなのなら、ヤナギのような存在が許されるわけがありません。

 いいえ、それ以上に、聖女様の復活はタムマロ様の望みでもあるはず。

 それなのにまるで、神に目をつけられるのはわたしたちだけだと言っているようにも聞こえました。


「今回の件で、クラリスはまた一回り強くなるよ。もしかしたら、クォン老師と良い勝負ができるくらいになるかもしれない」

「それほど、あのスズカとやらは強いのですか?」

「うん、強い。何せ彼女は、幼いながらも僕と一緒にシルバーバイン討伐に参加し、彼女に深手を負わせて撤退させた張本人だからね。もっとも、彼女も相応に傷を負ったけど」

「シルバーバインに深手を? ラーサー様ですら命と引き換えにしてやっと倒した、あのシルバーバインにですか?」


 タムマロ様が嘆息しながらが語ったその事実に、驚愕してしまいました。

 だってシルバーバインは、近接戦闘ならば魔王を超えるとまで言われた魔王軍のNo.2ですよ?

 その姿は長い銀髪の妖艶な美女で、数いた魔王の愛妾の中で最も愛された魔王のお気に入りでもありました。

 ですが、いざ戦いとなると妖艶さは鳴りを潜め、長くてボリュームもあったその銀髪をマントのようにはためかせて戦う様は、彼女を女性でありながら雄獅子のように見せ、『銀獅子』という異名を人々の心に刻み付け、恐れさせました。

 伝わっている魔王軍による所業で、最もエピソードが多いのも彼女です。


「相性が良かった。と、いうのもあるんだけどね。ほら、シルバーバインって殴る蹴るくらいしかしなかったから」

「いやいや、それだけで十分なほど、シルバーバインは速かったと伝えられていますが?」


 伝えられているシルバーバインの攻撃手段はタムマロ様が言った殴る蹴るに加えて、噛み付きだけ。

 それでも彼女が魔王軍のNo.2だったのは、それだけで軍隊を蹂躙できるほど速かったからです。

 斬撃よりも速く。

 放たれた矢がスローモーションに見えるほど速く。

 音の壁を破るほど速かった。

 故に彼女は、遠距離技など必要としなかったのでしょう。

 ただ近づき、殴り、蹴り、噛みつき、引き裂くだけで事足りた。

 純粋な身体能力のみで圧倒し、強者を屠り、弱者を絶望させたのが、今でも魔王以上に怖れられ、怨まれているシルバーバインです。


「速いだけじゃあ、スズカが持つ『三明(さんみょう)の剣』はどうにもできない。あれは三本とも、スズカの家に伝わる神具だからね」

「神具を三つも?」

「そう、大通連(だいとうれん)小通連(しょうとうれん)。そして顕明連(けんみょうれん)の三本はすべて、スズカの祖先がこの世界に持ち込んだ神具だ」

「その能力は?」

「大通連は、例えば防御概念切断魔法(エクスカリバー)のように、防御を無視して何でも斬れる。小通連は、手にしている間は三倍の思考速度を所有者に与え、投げれば三本に別れて宙を舞い、使用者の意のままに敵を切り裂く。顕明連は、死者蘇生魔法(アスクレーピオス)並の治癒を所有者に与える。しかも三本を手にした状態のスズカは、如何なる攻撃も通さない鉄壁の防御力を得られる」

「それはまた、何とも……」

 

 反則的な能力だ。と、呆れました。

 ですが、付け入る隙はあるとも思いました。

 何でも斬れ、遠距離攻撃もあり、致命傷レベルの傷も回復し、絶対的な防御力を持ったスズカは無敵に思えます。

 ですが、その能力はスズカ固有のモノではなく、神具による恩恵。一本でも剣を奪えば防御力を失い、付け入る隙が生まれるはずです。

 

「シルバーバインは、小通連を奪ってスズカを弱体化させたのではないですか?」

「その通り。最初はスズカが優勢だったんだけど、調子にのったスズカは小通連で遠距離攻撃を始めちゃってさ。その途端に奪われて、逆転されたんだ」

「間抜けですね。調子にのりさえしなければ、キュウシュウの時点でシルバーバインを討てていたかもしれないのに」

「まあ、当時のスズカはたったの五歳。甘かったんだよ」


 三倍の思考速度が得られるのに?

 と、クラーラは疑問に思いましたが、子供の思考速度を三倍にしても高が知れているか。と、一応は納得しました。


「その情報を、クラリスに伝えるのかい?」

「今から出てもクラリスには追い付けませんし、他に伝える手段がありません。なので、ここで待ちます」

「情報がなくてもクラリスが勝つと、信じてるんだね」

「いえいえ、そういうわけではありません。あなたが行けば良いだけです」

「僕に、二人の仲裁をしろと?」

「むしろ、しないおつもりですか? クラリスとスズカは、あなたを取り合って殴り合うのに?」


 本当のことを言えば、今から宿を発ってもクラリスに追い付けますし、この場を離れずに情報を伝える手段もあります。

 そうしないのはタムマロ様が言った通りクラリスを信じているからですが、わたしはそれ以上に……。


「とっとと行けスケコマシ。クラリスを傷物にしたのですから、責任くらいとってください」


 責任を取らせたかったからです。

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