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最近、タムマロに聞いたんだけど、異世界ものの定番要素と言えば冒険者ギルドらしい。
その時は疲れてて寝落ち寸前だったから、「異世界ものの定番要素って何よ」と、聞きはしたものの、そこで力尽きて寝てしまったから答えは聞けなかった。
ちなみに、大きな括りで言えば同じ組織だけれど、オオヤシマではギルドではなく組合と呼んでいるみたい。
あたしとクラーラは一応、ギルドに登録して冒険者を名乗っているけど、それは仕事を請けるためじゃない。
「え? クラリスちゃんとクラーラちゃんて、登録してるだけで一回も組合の仕事をしたことがないの?」
「うん、ないよ。だって、身分証明のためだけに登録したんだから。ほら、身分証明がないと、あたしらみたいなのは船にも乗れないじゃない?」
キョウトのゴジョウラクエンで最大規模を誇る遊郭で、クラーラがハチロウくんに全身剪毛魔術の手解きをしながら遊女相手に路銀稼ぎをしている間、暇なあたしとマタタビちゃん、そしてヤナギちゃんは三階に用意された部屋で雑談に興じていた。
その雑談の折りに、遊郭で路銀を稼ぐのを不思議に思ったヤナギちゃんが先の質問をしたってわけ。
「でも、ギルドの仕事の方が報酬は多いんじゃない?」
「それがそうでもないのよ。あたしらって登録してるだけだから、ランクは一番低いFなのね? だから、ショボい仕事しか受けられないの」
「なら、ランクをあげたら良いんじゃない?」
ヤナギちゃんの言うことはもっとも。
むしろ、それが王道。
冒険者はA、Bランクの上級。C、Dランクの中級。そして下級のE、Fランクの六段階に分けられている。
当然ながら、ランクが上がれば上がるほど高難易度、高報酬の依頼が受けられる。
でも、あたしたちの場合は事情が……いや、懐事情が普通の冒険者とは違う。
「そんなことに時間を割くくらいなら、クラーラに稼いで貰った方が良いお金になるのよ。しかも直請けだから、ギルドに手数料を取られない」
「理屈はわかるけど……それって所謂、闇営業ってやつなんじゃない? 登録を抹消されたりはしないの?」
「バレたらされるんじゃない? 知らないけど」
「じゃあ、バレたらヤバいじゃない」
「あのね、ヤナギちゃん。オオヤシマじゃあ、バレなきゃ犯罪じゃないって、昔っから良く言うでしょ?」
「いや、言わないから。言うのは、バレたらヤバいことをしてる人だけだから」
ヤナギちゃんの冷静なツッコミに、「言われてみればそうかも」と、変に納得してしまうと同時に、登録時に書かされた誓約書の内容を思い出した。
掻い摘んで言うと、冒険者ギルドは冒険者が直請けで仕事を受けて金銭のやり取りをしようが関知しない。その代わり、何かトラブルがあっても助けてくれないし、仕事の都合でギルドの力を借りなければならなくなっても、一切協力してくれない。
例えば、ギルドは各地に移動用の馬を冒険者に貸し出したり、必要雑貨や武具を割安で販売したりパーティーメンバーの斡旋などをしている。
場所によっては、宿を通常より安く借りられたりもするらしい。
ただし、それらの特典はあくまでもギルドを通した仕事をした場合に受けられるものであって、あたしたちのように闇営業で稼いでいる冒険者は受けることができないの。
「でもほら、あたしらってヒミコさんから貰った報酬があるから、金銭的には余裕があるし」
「いくらあるのか知らないけど、油断してたらすぐに無くなるよ?」
「大丈夫大丈夫。仮にお金がなくなっても、マタタビちゃんがいれば食うには困らないし。ね?」
「お任せくださいニャ。クラリスお姉さまのお腹の面倒は、うちが責任を持ってみるニャン」
「もうっ♪ マタタビちゃんったら、可愛いこと言ってくれちゃって♪」
あまりにも甲斐甲斐しくて可愛かったから、あたしはマタタビちゃんの全身を撫でまわした。
でも、けっして大袈裟に言ったわけじゃない。
金銭面はもちろん、今は、クラーラに「教えて驚きましたが、ハチロウちゃんは木属性魔術に限定すれば、わたし以上の才能を秘めています」と、言わしめたハチロウくんが種の状態からでも実がなるまで一瞬で植物を成長させてくれるから、よほどの事がない限りあたしたちが餓えることはない。
と、開発の甲斐あって、幼いながらも性的な快感を感じ始めているマタタビちゃんを見ながら考えていたら、クラーラが戻って来た。
「クラリス、少し良いですか?」
「あ、おかえりクラーラ。もう終わったの?」
「いえ、まだ終わってはいないのですが、ハチロウちゃんに娼婦が群がってわたしは暇になってしまったのです」
「ハチロウくんは美少年だもんねぇ。いくら娼婦でも、女に毛を剃られるより美少年に剃られた方が嬉しいか」
「そのようです。それより、少しばかり気になる話を聞いたので、あなたにも聞いて貰いたいのですが……お邪魔でした?」
「何で?」
「いやだって、マタタビとお楽しみだったのでは?」
「だったけど、大丈夫だよ? 話を聞きながらでも、マタタビちゃんは悦ばせられるから」
「あ、そですか。では、遠慮なく」
と、言いながらもクラーラは、ヤナギちゃんに「やめさせなさい」と、言いたげな視線を向けた。
でもヤナギちゃんは、「へぇ、ああゆうやり方もあるんだ。わっちにもしてみてほしいかも……」などと言いながら、あたしの右手に視線を集中していて気づいていない。
だから諦めたのか、クラーラは喘ぐマタタビちゃんと喘がせるあたしを無視して話をすることにしたみたい。
「どうもここ最近、この辺りでタムマロ様の婚約者と名乗る女が、あなたを探しているようなのです」
「タムマロの婚約者? あいつ、そんな相手がいたの!? あたしを手籠めに……じゃない。お姉さまと言う者がありながら!?」
「あら、婚約者の一人とは、あなたも会っていますよ? ほら、ヒミコの後継者のイヨです」
「マジで!? あんな、いかにもなオオヤシマ美人と婚約してたの……って、婚約者の一人って言った? 一人ってことは……」
「ええ、娼婦から聞いたその婚約者の特徴は、イヨと合致しません。どうやらタムマロ様には、婚約者が複数人いるようで……クラリス、落ち着いてください。魔力が漏れています」
あたしは、タムマロを愛しているわけじゃない。
見た目は好みじゃないし、言うことは一から十まで全部胡散臭い。
アイツはただのセックスフレンド。いいえ、それでも良く言い過ぎね。
アイツはあたしの性欲を満たすためだけの、都合の良い肉バイブ。だから婚約者が何人いようと関係ないし、あたし以外の女とねんごろになったって何とも思わない。
と、頭では思っていたのに、心は違ったみたい。
「ク、クラリスちゃん、魔力が凄い事に……」
「お、落ち着いてくれニャ! 屋根も床も、ミシミシ言ってるニャ!」
今、ハッキリと自覚した。
あたしはタムマロが好き。
愛している。
いつからこうなっちゃたのかはわからないけれど、あたしは他の女にタムマロをとられたくない。
あたしだけのタムマロでいてほしい。
その想いがゴールデン・クラリスと言えるほど溢れて、ジワジワと部屋を破壊している。
「この魔力、アンタがクラリスね」
暴走しかけていたあたしを止めたのは、クラーラでもなければマタタビちゃんでもヤナギちゃんでもなく、窓から現れた見覚えのない第三者だった。
そいつは体付きを見るに女性。顔つきを見るに、歳はあたしよりも上。二十代前半と言ったところ。
その女はオオヤシマでは珍しい長い茶髪をポニーテールにし、さらに転生者が広めた (と、タムマロが教えてくれた)セーラー服 (夏用)に身を包んで、腰に三本の刀を携えている。
「誰よ、アンタ。あたしは今、機嫌が悪いんだけど?」
「機嫌が悪いのはワタシも同じよ。ようやく、タムラマル様を誑かす女を見つけたんだから」
そのセリフで、コイツがあたしを探していたタムマロの自称婚約者だとわかった。
それと同時に、女が腰に帯びた刀の一本が、いつの間にか鞘から抜けていることにも気づいた。
だけど気付いた時には、すでに遅かった。
「な、何ニャ!? 何するニャ!」
「黙れ害獣。殺されたくなければ、大人しくしてろ」
刀はマタタビちゃんを\釣り上げ、女の横まで攫ってしまった。
そして女は、残る二本の内の一本を抜いてマタタビの首筋に当てて言った。
「ワタシはタムラマル様の婚約者にして幼馴染。名はスズカ。この害獣を返してほしければ、ワタシと勝負しなさい」
「ええ、良いわ。ぶっ殺してあげるから、まずはマタタビちゃんを離せ」
「いいえ、それはできない。ここで暴れたら、町の人たちに迷惑がかかるでしょ?」
「すでに、あたしらに迷惑かけてるでしょうが。それと、マタタビちゃんは人間恐怖症なんだから、離してあげて。早く、迅速に、今すぐ!」
「ああ、そう言えば妙に震えているわね。でも、別に良いでしょう? 大勢の人を虐殺した魔猫族は苦しんで苦しんで、苦しみぬいて死ぬべきよ」
「やったのはシルバーバインでしょ? その子には関係ない!」
「あるに決まってるでしょ。シルバーバインは魔猫族。この害獣も魔猫族。同じ種族ってだけで同罪よ」
第三者……スズカの物言いを聞いて、あたしの中で何かが切れました。
だけど不思議と、暴走はしていない。
確かにブチキレたのに、頭は冷めきっている。
冷静に、どうやってマタタビちゃんを助けてスズカを殴るか考えている。
「おお、怖い怖い。そんなに怖い顔をしなくても、アンタが勝てば、コイツは無傷で返してあげるわ」
「勝負にも、場所を変えるのにも応じる。だからまずは、マタタビちゃんを返せ」
「断るわ。コイツは、アンタが逃げないようにするための保険。返してほしければ、明日の正午にスズカ山の山頂に来なさい」
そう言い残して、スズカはマタタビちゃんを抱えて窓から出て行った。
それを、黙って見ているしかできなかったあたしは……。
「ふっ……ざけやがってぇぇぇぇぇぇ!」
昂った感情のままに魔力を全力で放出して、あてがわれていた部屋どころか遊郭の三分の一を破壊した。
あたしが魔力を放出する前、もっと言うならスズカが去る前からクラーラが魔力を吸っていたから、たぶん魔術で遊郭の人たちは守ってくれているはず。
もしかしたら、マタタビちゃんにも何かしらの魔術をかけてくれているかもしれない。
「クラーラ」
「何ですか? マタタビには|対物理、対魔力付与魔術をかけておきましたし、幽体になったヤナギが着いて行ったようなので、とりあえずは大丈夫だと思いますが?」
「違う。そうじゃない」
「では、何ですか? 今回は痴情のもつれなので、わたしはこれ以上手を出しませんよ?」
「いい。むしろ、手は出さないで」
「そうですか。じゃあ、そろそろ本題に入ってください。手を出すな。と、言いたかったのではないのでしょう?」
「魔王ってさ。クラーラの話じゃたしか、魔族を迫害から解放するために戦ったんだよね?」
「ええ。さらに後の世では数少ない文献も失われて、魔王は悪逆非道を行った純粋悪として伝えられるでしょうが、そうです。それが、何か?」
「あたし、魔王の気持ちが少しだけわかったよ。人間はクソだ」
あたしの怒りは、タムマロに婚約者がいたからでもなく、喧嘩を売られたからでもなく、マタタビちゃんを害獣と呼び、粗末に扱ったスズカの行いに……いや、その前のトットリでの人間によるマタタビちゃんへの仕打ちも含めて、人間そのものへ向いている。
このまま怒りに任せて暴れまわり、目につく人間を片っ端からぶん殴りたい衝動に駆られている。
そんなあたしに、クラーラはぶっきらぼうに「あなたも人間ですが?」と、言った。
それを聞いてあたしは、吹っ切れて……。
「やめれる機会があったら、人間なんかやめてやる」
と、衝動を抑え付けて宣言した。




