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7-5

 最初は、仕返しを兼ねたイタズラのつもりだった。 

 幽霊が本当に出るだなんて、思っていなかった。

 面白いくらいわかりやすく怯えて、「ク、クラリスぅ……。もう帰りましょぉよぉ……」と、消え入りそうな声で泣きごとを言いながらも、ハチロウくんとマタタビちゃんに支えられてついて来るクラーラと一緒にヒメジ城の最上階まで来たら、本当に出た。

 

「あなたは、いつから誘蛾灯(ゆうがとう)になったのですか?」

「なった覚えはない。で、どう? やっぱりギフト?」


 でも、あたしたちとそう歳が変わらないように見える、着物姿で尖った耳と青い髪を持った幽霊は、クラーラの魔術であっさりと捕獲された。

 幽霊が出た瞬間は、クラーラが恐怖のあまりに最上階ごと爆破なりすると思って身構えたけど、幽霊を見るなりクラーラは平静を取り戻して、冷静に木鎖拘束魔術(ウッド・チェイン)で捕まえたの。


「西欧で言うところの長寿族(エルフ)の特徴を持つ彼女が記憶と自我を保ったままこの世に留まっていられるのは、おそらくギフトによるものです。ですが、あの体を構成しているのは魔力のようです。それを、魔法で維持しています。わざわざ出て来たのは、あなたの魔力に惹かれたからだと思います」

「なるほどね。それで誘蛾灯か」


 幽霊がどうしてあたしの魔力に惹かれたのかはわからないけれど、クラーラが冷静になった理由はわかった。

 たぶんだけど、法術じゃなくても魔術でどうにでもなるから、怖くなくなったんだと思う。


「ねえ、クラーラ。あたしには、この幽霊さんと普通の人との違いがわかんないだけど」

「違い? ほとんどありませんよ? この幽霊は、必要もないのに内臓どころか細胞の一つ一つまで具現化しています。なので食事も排泄もできますし、おそらく妊娠も可能です」

「いや、この人って幽霊だよね? そこまでする必要があるの?」

「それは、予想でしかないのですが……。先にも言いましたが、この幽霊のギフトはあくまでも記憶と人格を保ったまま、この世に存在し続けるだけ。物理的な影響を与えるためには、魔術や魔法で体を作る必要があります」

「その理屈はわかった。で、どうして不必要にリアルな体を作る必要があるの?」

「馬鹿なのです。この幽霊は魔力だけで人体を細部まで再現するとんでもない魔法を使っています。ですが、調整ができないのです。おそらくは誰かに習うか、この城に死蔵されるなりしていたその魔法を見つけるなりしてそれを習得したのでしょうが、わたしのように調整や改良ができないのです。しかも、自分の意志でオンオフもできないご様子。ここ十数年ほど目撃情報がなかったのも、今のように捕まってしまうから隠れ回っていたからでしょう」


 クラーラは興味なさそうな風を装って解説してるけど、鼻息が荒い。

 たぶん、興奮してる。

 実際にクラーラは、ブツブツと「これは、オオヤシマで言うところの棚から牡丹餅? それとも、犬も歩けば棒に当たる? 豚に真珠でしょうか」などと、段々と意味が離れて行っているのにも気づかずことわざを呟いている。


「ふむふむ、魔法名は『人体再現魔法(イザナミ)』……ですか。たしか、オオヤシマや他の神々を産んだとされる女神の名ですね」

「ふぅん、そうなんだ。やっぱ、凄いの?」

「凄いなどという陳腐な言葉では言い表せないほど凄いです。だって、この魔法を使えば事実上、核となっている魂を滅ぼされない限り、老いることも死ぬこともありません。怪我をしても即座に修復できます。所謂、不老不死ですね」

「あぁ……。そりゃ凄いわ」

 

 あたしは不老不死に興味はないけれど、欲しがる人は掃いて捨てるほどいそう。

 クラーラも、魔法自体には興味があっても、不老不死は望まないと思う。

 だってそうなら、今の時点で自分に使ってるはずだから。


「性転換の方法は、もう必要ありませんね」

「いや、急に何を言い出してくれちゃってるの?」

「すみません。独り言です」

「いや、そうだけどそうじゃないよね?」


 想像はつく。

 クラーラは現代魔術だろうが古代魔法だろうが、改造することができる。

 さっきの解説を信じるなら、幽霊が使っている魔法の本当にとんでもないところは、不老不死の実現じゃなくて人体の再現。つまり、人を創れるところよ。

 それを改造すれば……。


「生やしたお姉さまを作れるからだよね?」

「ええ、可能です。この幽霊が常時使っている魔法は、ヒメジ城の真下から湧き上がっている龍脈からの魔力を使っていますので、術者本人が解除しない限り発動し続けます。しかも、使用者が幽霊などの、この世の理から離れた者ならば龍脈からの魔力を使用した際に生じるデメリットも関係ありません。龍脈の力を利用している都合上、魔法を解除しない限りこの場所から移動できなくなるのがデメリットと言えばデメリットですが、それはどうとでもなります。わたしならばそのデメリットを解消し、竿も穴もある聖女様のお身体を創れます。いえ、創ります! なんなら、今からでも……」

「やめろ。ふたなりのお姉さまには興味あるけど、今はやめろ。だって、中身がないでしょ? お姉さまの魂がなけりゃ、ただの肉人形じゃん」

「でも、興味ありません?」

「あるけど駄目。絶対にやめて」

「生えてるんですよ? 何がとまでは言いませんが、生えてるんですよ? 犯して頂けるんですよ?」

「あたしはクラーラと違って犯されたいんじゃなくて、犯したいの。っていうかさ、中身が無けりゃ犯してもらえないよね?」


 口には出さなかったけれど、それは人形どころか死体。どれだけあの頃のお姉さまに近い外見だろうと、中身がなければ死体と同じ。

 そんなの見たくない。

 見ればきっと、あたしはあの時の気持ちを思い出してしまう。

 自分は何もできず、しなかったのに、曲がりなりにお姉さまを救おうとしてくれたもタムマロに八つ当たりした時の気持ちを思い出してしまう。 


「あ、あの……。わっちはどうなるのでしょうか」

「大丈夫ニャ。クラーラお姉さまはともかく、クラリスお姉さまは酷いことはしないニャ」

「ちょっとマタタビちゃん。それじゃあ、クラーラお姉ちゃんが酷いことをするみたいじゃないか」

「そう言ってるんニャけど?」

「クラーラお姉ちゃんは酷いことなんてしないよ!」

「いやいや、ハチロウは仲間になってからまだ日が浅いから知らニャいんだろうけど、クラーラお姉さまは残虐非道で傍若無人ニャ。きっと用済みになったら、この人を消し炭にしちゃうニャ」


 あたしとクラーラが生えたお姉さまを創る、創るなと言い合っている間に、自分がこれからどうなるのか不安になった幽霊さんをマタタビちゃんとハチロウくんがなだめ……いや、脅し? とにかく、話し相手になっていた。

 その会話の中に気になるワードがあったから、あたしはクラーラとの会話を切り上げて幽霊さんに話しかけた。


「ねえ、あなたって、もしかして生きてた頃は遊女だった?」

「そ、そうだけど……。どうしてそれを?」

「だって、『わっち』って言ったじゃん。それって、廓詞(くるわことば)で言うところの『わたし』でしょ?」


 あえて「遊女」と言ったけど、要は娼婦と同じ。

 たしか格が高くなると、芸事も披露する『花魁(おいらん)』と呼ばれるようになる。

 タムマロからの聞きかじりだけど、オオヤシマでは娼婦ではなく遊女や女郎(じょろう)と呼ぶのが一般的で、娼館も遊郭(ゆうかく)と呼ばれている。

 

「もしかして、あなたも遊女?」

「見習い……オオヤシマで言うところの禿(かむろ)だったけど、水揚げ前に放免になったの」

「いいなぁ……。わっちなんかこの髪と、珍しい種族だからってだけで早くから客を取らされてた」

「珍しい髪色だもんね。ブリタニカ王国でも見たことないもん。耳を見た感じ、種族はエルフ?」

「ご先祖様に、エルフがいたみたい。わっちは所謂、先祖返りってやつ」

「へぇ、そうなんだ。あ、そうだ。名前、何て言うの? あたしはクラリス」

「わっちはヤナギ。よろしくね、クラリスちゃん」


 あたしと幽霊さんはともに娼館育ち。

 それで意気投合したあたしたちは、娼館あるあるで談笑を始めた。

 教会育ちのクラーラはもちろん、内容を完全に理解できるとは思えないマタタビちゃんとハチロウくんですら顔をしかめるくらいだから、聞くに耐えない内容なんだと思う。男性が聞いたら、女に幻想を抱くのをやめるでしょうね。


「じゃあ、ヤナギちゃんはシフィリス……オオヤシマ語だと梅毒だったっけ? で、死んじゃったの?」

「うん、十八で死んじゃった」

「酷い遊郭だね。梅毒なんて、ブリタニカ王国だったら注射一本で治る病気だよ? 柳ちゃんは売れっ子だったのに、治療とかしてもらえなかったの?」

「わっち、具合が良かったようで客の回転が早かったの。だからお店としては、治療する時間も惜しかったそうで……」

「悪い店に当たっちゃったんだね。うちの店なら、大切に使ってもらえたのに……」


 長く娼婦をするくらいなら、早くに死んで楽になるのも選択肢としては有り。と、言ったら身も蓋もないけれど、ヤナギちゃんは後者を強制的に選択させられた。

 でも、捨てる神あれば拾う神ありとオオヤシマで言うみたい。

 不幸な死に方をしたヤナギちゃんに、とある人物が救いの手を差し伸べたらしい。


「たまたま、本当にたまたまだったの。幽霊になって、たださ迷うだけの存在になったわっちは、引き寄せられるようにここへ来て、オサカベ姫様と出会ったの」

「それで、その魔法を?」

「うん。だけどその代わり、ここから動けなくなっちゃって……。オサカベ姫様は、わっちの身の上話を聞いて本当に同情してくれて、第二の人生を歩ませてくれるつりで魔法を教えてくれたの。でも、魔法を教えてもらってる最中に退治されちゃって……」

「そのせいで魔法を解除できずに、十数年も隠れ続けなきゃいけなくなったんだね。退治されたって言ってたけど、そのオサカベ姫って何か悪さをしたの?」

「何でも、お坊さんを驚かしたら階段から落ちて死んでしまったのを、蹴り殺したと間違って広がっちゃったんだって」

「それで退治されちゃちゃんだ」

「うん……。でもまあ、不可抗力とは言え死なせちゃったのは確かだから、退治した人を一概に悪く言うこともできなくてさ」


 魔法を解除できず、龍脈に縛られたまま、ヤナギちゃんはヒメジ城に隠れ住むことになった。

 魔力で作られた体は龍脈と繋がっている限りは栄養補給を必要としないらしく、飢えることがなかったそうだから、そこだけは不幸中の幸いね。と、思いながらヤナギちゃんを見ると、さっきまでなかったふくらみがヤナギちゃんの股間にあらわれていた。


「ちょっ!? え? ヤナギちゃん、男だったの!?」

「え? いえ、わっちは女ぁぁぁ!? どうしてわっちの体に、こんなモノが!?」


 ヤナギちゃんの股間から、着物を押し広げてもなお余りある一物がそそり立っていた。

 それはもう、女なら思わず叫んでドン引きする大きさよ。


「う~ん、じっくりと見たことがないので、いまいち形と大きさがわかりません。クラリス、それであってますか?」

「デカイよ! ワダツミのおっちゃんよりデカイし、形がコケシじゃん! っていうかこれ、クラーラがやったの!?」

「術式に介入して、生やせるかどうか実験してみました。では、これならどうです? これなら何度も見ていますので、自信があります」


 クラーラがそう言うなり、ヤナギちゃんから生えた肌色のコケシはどんどん縮み、着物で隠れてしまった。

 でも、赤面したヤナギちゃんの様子を見るに、縮んだだけで何かが生えているのは確実。

 そこであたしは、ヤナギちゃんを立たせて着物を盛大にめくった。そこに生えていたのは……。


「あ、可愛い。子供のチンチンだね」

「皮も被って確かに可愛いけど、届きそうにないね」

「どこに?」

「どこにって、奥。わっち、当ててグリグリされるのが好きなの」

「あ、わかる! 男は大して気持ちよくないんだろうけど、無駄に突かれるより気持ち良いよね!」

「そうなのよ! ほら、男って激しく突けば女も気持ちいいって思ってるじゃない?」

「そうそう! 突けば良いってもんじゃないのよね! それなのに男って、猿みたいに腰を振ることしかしないから、下手なのに当たったら痛いだけよ! でもまあ、早く済ませてくれるのは、ありがたいって言えばありがたいけど」


 あたしはタムマロしか男を知らないけれど、知ったかぶってヤナギちゃんに話を合わせた。

 経験のないマタタビちゃんは「何の話?」と、首を傾げ、知識だけはあるっぽいクラーラは、「あなた、処女ではないですが男性経験はありませんよね? ないはずですよね?」と、いぶかしんでいるだけだけど、自分のとそっくりなモノを他人に生やされたハチロウくんは羞恥で死にかけてる。


「で、どうです? 感覚とかありますか?」

「ある……けど。今までなかったから、本当にこんな感じなのかはわかんない」

「ふむふむ、なるほど。形と大きさはともかくとして、それは感覚はもちろん、射精まで可能なはずです。と、言うのも、それは以前、王国立魔術院の禁書庫で見つけた男性器を小さくする禁術、『男性器縮小魔術ロスト・オブ・プライド』を応用しているのです。無駄としか思えなかった魔術ですが、この魔術は人体の一点だけとは言え細胞単位で変化させるため、細部まで構造と機能自体が術式に組み込まれていたのです。もしもわたしに、人並みに男性器を見た経験があったなら形も完璧に再現できていたでしょう」


 自慢げに長々と解説しているけど、どうやらヤナギちゃんはクラーラの実験台にされたみたい。

 それで満足したのか、クラーラはヤナギちゃんから興味を失くしたように視線をそらして、あたしに「じゃあ、思いがけない収穫もあったことですし、帰りましょうか」と、言った。


「それは良いけど、ヤナギちゃんはどうするの?」

「死ぬことはないのですから、放っておけばいいのでは?」

「良くないよ! せめて、城から出られるようにしてあげて!」

「えぇ……」

「心底面倒くさそうに『えぇ……』とか、言ってんじゃない! ヤナギちゃんと会って魔法をゲットしたんだから、それくらいしてあげなよ!」

「あ、えっと、あの……。クラリスがそこまで言うなら……」


 怒り気味に言ってようやく、クラーラは面倒くさがりながらもヤナギちゃんに魔法の解除方法を教え始めた。

 だけど当のヤナギちゃんは、自由になったのにその場を離れようとしない。

 物欲しそうな瞳で、あたしを見ている。


「あの、クラリスちゃんにお願いがあるんだけど……」

「良いよ。何?」

「わっちの姉を探すのを、手伝ってくれないかな?」

「うん、良いよ」

「いやいや、良いの? 姉さんがどこにいるのかも、生きてるのかさえもわかんないんだよ? それに、わっちには払える報酬が……」

「報酬なんていらないよ。だって、クラーラがすでに魔法をゲットしちゃったじゃない」


 安請け合いをしたつもりはない。

 でもヤナギちゃんだけじゃなくクラーラも、「軽すぎだろ」と言わんばかりに呆気にとられて、あたしを見ている。


「じゃあ、とりあえずはヤナギちゃんがいた娼か……遊郭に行ってみようか。どこの遊郭?」

「えっと、フクハラだけど……」

「だったら、まずはそこへ行こう。良いよね? クラーラ」


 一応は確認したけれど、あたしは「嫌だ」と言わせるつもりはなかった。

 でも予想に反して、クラーラは数秒だけ悩んだような素振りをしたあと、あっさりと、不承不承ではあるけれど、「まあ、良いでしょう」と、了承してくれた。


 

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