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ヒョウゴ県のヒメジにあるヒメジ城は旧世界以前から現存する貴重な古代遺産の一つで、その真っ白な外観から別名『シラサギ城』とも呼ばれ、フジ山と人気を二分するオオヤシマのシンボルとなっています。
そのヒメジ城を、城下町の居酒屋で飲み食いしながらわたしたちは眺めています。
「ねぇねぇ、クラーラ。ここの娼館のお姉さんたちに聞いたんだけど、ヒメジ城には幽霊がいるんだって」
「興味ありません」
「でさ、年に一度だけ、誰かの前に現れて運命を予言してくれるらしいよ?」
「それ、かなり前の噂です。幽霊……たしか、オサカベ姫でしたか? は、何年も現れていないそうです」
「会った人が、誰かに話してないだけじゃない?」
「しません。人とは基本、自慢をしたがる生き物です。幽霊と話したなんてレアな経験を自慢せずにいられる人など、いるはずがありません」
と、自分を落ち着かせるために話を切り上げましたが、幽霊の話になってから挙動が安定しません。
目の焦点は定まらず、膝は震えっぱなしです。
「……もしかして、クラーラって幽霊が怖いの?」
「こ、こ、こ、怖い? わたしが? 幽霊が怖い? どんな敵でも土地ごと焼き払えるわたしが、たかが幽霊を恐れていると?」
「いや、めっちゃビビってるじゃん。体、震えてるじゃん」
誤魔化しきれませんでしたか。
そう、わたしは幽霊が怖い。
その理由は単純明快。
倒す手段がないからです。
通常、幽霊と一括りにされることもあるアストラル系の魔物を倒すためには、特殊な能力が付与された神具級の武具か、神に祈りを捧げることでその力の一端を借り受け、魔術とは違う奇跡を起こす法術を身に着けた僧侶が必要不可欠。
わたしを育ててくれた神父様は一級エクソシストの資格を与えられるほど優秀な法術使いですが、魔術とは根本的な性質が異なる法術はわたしのギフトでは解析も使用もできなかったために興味がわかず、一切学びませんでした。
故に、わたしは装いこそシスターですが法術は使えず、幽霊に対抗する手段がないのです。
「あそこに出る幽霊って触れるらしいし、それが魔術とか魔法の類なら、お姉さまを蘇らせるヒントになるかもしれないよ?」
「たしかに肉体がない聖女様の魂を召喚し、代わりの肉体を与えてこの世に繋ぎとめるのは有りです。有りですが、行っても無駄です。その幽霊が本当にいたとしても、どうせギフトの類です。なので、わたしは行きません。けっして怖いからではなく、無駄だから行かないのです」
なんとか行かずに済ませたいですが、物事を暴力で解決するのを好むクラリスは幽霊が出ても何とかなると思っているらしく、「ええー! 行こうよ! 面白そうじゃん!」と、言って聞いてくれません。
こうなったらもう、無視しかありません。
クラリスが何を言おうと無視して、諦めてくれるまで堪えることにしましょう。
「あ、幽霊と言えば、お姉さまも幽霊が苦手だったっけ」
「せ、聖女様も? あなたの話では、貴族だろうと魔族だろうと恐れず、言いたいことを言いたいだけ言う人だったじゃないですか」
「そうだよ。お姉さまは相手が貴族だろうが魔族だろうが、きっと神様が相手だったとしても、気に食わなければ気に食わないって言うような人だった。それでも、幽霊だけは駄目だったみたい」
無視し続けるつもりでしたが、思い出したようにクラリスが口にした聖女様の新情報がそれを許しませんでした。
わたしの反応を「待ってました」と言わんばかりに、邪悪に顔を歪ませたクラリスはわたしを嘲笑うように追撃を始めました。
「あれあれ~? 山だろうが海だろうが吹っ飛ばすことができるクラーラ様ともあろう人が幽霊を怖がって、お姉さまを蘇らせるヒントになるかもしれない幽霊に会いに行かないの?」
「だ、だって、ギフトだったら……」
「無駄足になるかもしれないけど、そうじゃない可能性もあるよね? 今だと、フィフティーフィフティーだよね? それなのに行かないの? 50%の可能性を、怖いってだけで切り捨てるの? 知性に溢れて合理的な判断を下せるクラーラが? いやいや、それはないでしょう。冗談で言ったんだよね?」
「それは、そうなのですが……」
「法術、この際だから勉強してみたら?」
「無理です。法術は信仰心ありき。聖女様以外を信仰していないわたしでは、学んだところで使えません」
「でもさ、クラーラの仮説じゃあ、お姉さまはかなりの数の信仰を集めてるから、女神になっててもおかしくないんだよね?」
「それはあくまで、仮定の話です。オオヤシマでも偉業を成した人や、逆に怨みを鎮めるために神格化されることはありますが、本当に神になっているのかを確認する術がありません。故に、わたしが法術を学んでも、聖女様が女神になっていなければお力を借りることすらできません」
「でもおりゅう柳には、お姉さまが女神になってる前提で調べに行く予定だったんでしょ?」
「そ、それはそうなのですが……」
「だったら、お姉さまが女神になってるのを前提で、法術を勉強してみなよ。それで力を貸してくれたら、お姉さまが女神になってるって証明にもなるでしょ?」
「で、ですが……」
「まあ、お姉さまなら、自分で何とかしろって言って、力は貸してくれないだろうけど」
「そ、そうなのですか? それは、その、試練を与える的な意味でですか?」
「うんにゃ? 単に面倒くさいから。あ、でも、お金を払えばワンチャンあるかも」
「ぐ、具体的に、いくらですか?」
「そうだなぁ……。ブリタニカ小金貨換算で一枚かな。それがお姉さまの値段だったし。ああでも、お姉さまって性格が捻くれまくってるからなぁ。相手が下手に出れば出るほど値段を釣り上げるかも」
聞くべきではありませんでした。
クラリスに聖女様を貶めるつもりはなかったのでしょうが、知らなかった聖女様の一面を知って、わたしの中の聖女様が守銭奴の性悪女になってしまいました。
「だからさ、ヒメジ城に行こう!」
「いやいや、どうしてそうなるのですか?」
「だって、クラーラは確証もないのに、おりゅう柳を調べようとしてたんだよね? だったら、ヒメジ城の幽霊を調べるのも同じじゃない」
「いやいやいやいや、それとこれとは……」
「同じでしょ? じゃあ行こう! さっそく、今晩にでも!」
「今晩ですか!? えぇ……。それはさすがに急すぎ……」
「じゃあ、そういうことで。役に立ちそうな魔術を見繕っといてね」
「ほ、本当に行くのですか? あそこはオオヤシマでも一、二を争う最重要遺跡ですから、警備も厳重で……」
「大丈夫! 娼館のお姉さんに聞いたんだけど、あそこ、観光客のために夜も開放してるらしいから」
「あ、そですか……」
何を言っても、クラリスを言いくるめられそうにありません。
わたしは諦めて渋々ながら行くことを承諾しましたが、恐怖と不安は拭えません。
だから、考え方を変えました。
幽霊を倒す手段がないのなら、土地ごと焼き払ってしまえば良い。
古代の貴重な遺跡?
知ったことではありません。
わたしを恐怖させ、プライドを傷つけるモノが本当に存在していたら、この国と戦争をしてでも灰にしてあげます。




