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7-2

 クラリスの様子がおかしい。

 それに最初に気づいたのはわたしではなく、マタタビでした。

 クラリスは露出症を患っていましたので、基本的に薄着。下着でさえ、たまに着けずに飛んだり跳ねたりしていました。

 それなのにシマネでの一件以来、クラリスの露出度が激減しています。

 あの一件で引っ張り出した蒼いチュウカ製ドレスと髪型はそのままなのですが、その下に、丈が膝下までのズボンをはいているのです。

 服装だけでも異常すぎる変化ですが、わたしを本当に驚かせたのはそれではありません。

 クラリスは性欲旺盛。

 わたしと入浴する機会があれば、どれだけ魔術で拘束しようと抜け出しますし、挨拶代わりのボディータッチは何度反撃しようとやめません。

 そのクラリスが、わたしに何もしなくなったのです。

 入浴時、念の為に魔術で拘束しようとすると、「行ってらー」と言って興味を示さず、ボディータッチもしなくなりました。

 ヨナゴの温泉街兼風俗街に取った宿へ訪ねて来たタムマロ様に、文句の一つも言わずに妙に頬を赤らめて一緒に出かけたことも驚きです。


「あの、クラーラお姉さま……」

「ちょっと待ちなさいマタタビ。今はハチロウちゃんに授乳している真っ最中ですから」

「あ、はい」


 わたしの返答を聞いて、マタタビは何かを諦めたような顔をしました。

 ブツブツと、「クラーラお姉さまもおかしくなってるニャ」とか、「ハチロウは恥ずかしくないのかニャ?」などと、失礼なことも呟いています。

 おそらく、一緒にクラリスを探してくれと言いたいのでしょうが、先ほど言った通り今は授乳の真っ最中。終われば、面倒ですがわたしも気になりますので、探すのはやぶさかではありません。

 ですが、慌てる必要はありません。

 何故なら、クラリスの魔力を吸えているからです。

 と、言うことは、クラリスは半径200m圏内にいます。


「はい、ハチロウちゃん。げっぷしましょうね」

「い、いや、クラーラお姉ちゃん、赤ん坊じゃないんだから、そこまでしなくても……」

「あら、それはもっと飲みたいと言うことですね? じゃあどうぞ。満足するまで存分に吸ってください♪」

「ち、違……っぷ!?」


 これは、もうしばらくかかりそうですね。

 だからマタタビに「もう少し待っていなさい」と、言おうと顔をあげると、姿が消えていました。

 まさかとは思いますが、一人で探しに行ったのでしょうか。

 そうだとすると、面倒なことになるかもしれません。

 マタタビは迫害された経験から、人間が苦手です。

 普段、わたしたち以外の人間がいる場所では頭巾で頭の耳を隠して人間のふりをし、クラリスの背に隠れるようにして移動して、基本的に宿から出ません。

 クラリスが心配で居ても立ってもいられなくなって宿から出たのでしょうが、物陰に隠れて震えているならまだしも、魔猫族を忌み嫌うオオヤシマ人に見つかろうものなら何をされるかわかりません。


「まったく。クラリスのせいでわたしとハチロウちゃんのイチャイチャタイムが台無しになってしまったではないですか」


 クラリスの異変は、人間恐怖症と言ってもいいマタタビが人混みに出て探そうとするほど。

 クラリスが好き……と、言うよりは依存しているマタタビからすれば、それほどの異常事態だったのでしょう。


「ハチロウちゃん。まだ満足シていないでしょうが、一度切り上げてマタタビを探しの行きましょう」

「う、うん。大賛成だよ、クラーラお姉ちゃん」


 はて?

 残念がると思っていたのに、ハチロウちゃんは何故か安堵したような顔をして、ヨロヨロと部屋を出ていこうとしています。

 わたしは服装を正して胸当てを装備し、ハチロウちゃんのあとを急いで追いましたが、どうやら急ぐ必要はなかったようです。


「あ、クラーラお姉ちゃん。あれ、ヤバくない?」

「ええ、ヤバいですね」


 宿からそう離れていないところに、人垣ができています。「おい、こんなところに魔猫族がいるぞ」とか「魔猫族だぁ? そんなもん、とっくの昔に絶滅して……って、マジじゃねぇか!」と、明らかにチンピラが発しているとわかる声も聞こえます。

 状況から予測するしかありませんが、おそらくマタタビが物陰から顔だけを出してキョロキョロしていたところを、チンピラたちに見つかったのでしょう。

 わたしからすれば便利な食糧調達係ですが、さすがに、チンピラの一人に襟首を掴み上げられているのを見ると不快ですね。


「ん? こいつ、雌じゃねぇか?」

「そりゃあ良い。たしか、トウキョウのお偉いさんが、魔族の雌を蒐集してたはずだ。今じゃ珍しい魔描族の雌なら、高く買い取ってくれるかもしれねぇぞ」


 シルバーバインによって多くの人が虐殺されたオオヤシマでは、猫は凶兆。

 魔描族ともなれば、憎しみの対象。

 オオヤシマに限定すれば絶滅寸前です。

 故に、減らしたせいで逆に希少性が上がってしまった魔描族を、大金を払ってでも手に入れようとする酔狂な金持ちがいるのも頷けます。

 

「は、離すニャ! 汚い手でうちにさわるニャ!」

「言うじゃねぇか。お前、自分の立場がわかってんのか?」

「大人しく捕まって売り飛ばされるなら、命は助かるぜ? でもなぁ、仮にだが、俺たちがここでお前を逃がしたら、どうなると思う?」


 下卑た笑顔で浴びせられた台詞を聞いて、マタタビは周囲を見渡しました。

 見渡す内に顔は恐怖に彩られて、体はせめてもの抵抗とばかりに震えています。

 人垣の大外であるここからではマタタビが見ている風景はわかりませんが、きっと恨みがこもった視線を四方八方から向けられているのでしょう。


「わかったか? 腐れ猫。俺らには、お前に復讐する権利があるんだよ」

「魔描族は二十年前、オオヤシマ人を虐殺した。その恨みを、お前で晴らしても良いんだぜ?」


 みっともない。と、チンピラたちの台詞と、それに同調して好き勝手にマタタビを罵倒し始めた野次馬たちを見て、思ってしまいました。

 たしかにおおよそ二十年前、シルバーバインを筆頭にして魔描族は、キュウシュウに住む人間を虐殺しました。

 それは事実です。

 ですがそれ以前から、オオヤシマだけに留まらず世界中で、魔描族を含む魔族への迫害や差別、虐殺を人間は行っていました。

 魔王を貶めるための方便として、歴史に「正しい行いだった」と記されていますが、それはそのまま、人間による魔族への迫害、差別、虐殺が事実であると自白しているようなもの。

 歴史上の出来事を正しく、無感情に解釈すれば、魔描族は他の魔族と一緒にやり返しただけなのです。


「と、諭したところで理解できるような人は、いそうにないですね」


 そんなことに時間を割くくらいなら、さっさとマタタビを回収して宿に戻り、ハチロウちゃんへの授乳の続きを……と、思って魔術のチョイスを始めた途端に、状況が一変しました。

 

「ちょっとアンタら、何してんのよ」


 人混みをかき分けて、クラリスが現れたのです。

 何をしているかと問いましたが、何があったのかは察しているのでしょう。

 だって、怒っていますから。


「何って、魔猫族へ復讐だ。文句でもあるのか? 異人さん」

「その子、あたしの仲間なんだけど」

「仲間? おいおい、本気で言ってんのか?こいつは魔猫族だぞ?」

「だから何?」

「だから、こいつは魔族で……」

「だから何?」


 クラリスの口調は、怒っているとわかりますが静かです。

 威嚇もせず、恫喝もせず。野次馬たちも含めて睨んでいるだけです。

 それだけなのに、誰も動けません

 クラリスが発する殺気にあてられて、この場にいる誰もが足をすくませて、動くことができないようです。


「お、おい。たしか、アワジで竜の群れを全滅させたのって、チュウカ服を着た異人の女じゃなかったか?」

「いや、それってタカマツで、龍神様と殴り合った奴だろ?」

「いやいや、俺はツシマでゲン軍を皆殺しにしたのが、金髪のチュウカ服女だったって聞いたぜ?」

「それ、全部あたし」


 野次馬たちの会話にクラリスが答えるなり、その場にいる人々は戦慄しました。

 冷静なのは、「おい、わたしを忘れていませんか?」と、脳内でツッコんでいるわたしくらいです。


「じゃ、じゃあコイツがあの……」

「魔王の生まれ変わりって噂の、金色の小魔王? じょ、冗談だろ?」


 小魔王とはシマネでの一件でクラリスがノリで名乗ったものですが、どうやらそれ以前から広まっていたようです。

 もっとも、チンピラや野次馬たちの表情をみる限り、異名というよりは忌み名として広まっているようですが。


「どうやら、あたしは有名みたいね。だったら、さっさとその子を返しなさい。じゃないと……」


 クラリスの静かな威嚇で、チンピラたちは怯えながらも身構えました。

 周りの野次馬たちは、クラリスの殺気を体が震えるほど感じて逃げたいのに、体が動かずパニックを起こしかけています。


「な、なんだよ。俺らをぶっ殺すとでも言うつもりか?」

「できるわけねぇよなぁ? あんたは小魔王って呼ばれてるだけで、人間だろ? って、ことは、人を殺せば罪になる。捕まらずに逃げられたとしても、冒険者組合から賞金首に認定されるぞ。いいのか?」


 浅はかな……。

 と、虚勢を張って威嚇し返しているつもりになっているチンピラたちを見て思いました。

 マジギレしている今のクラリスに、そんな常識的な脅しなど無意味です。


「そう、返す気がないのね。だったらもう、言葉は不要ね」


 言い終えるなり、クラリスは姿を消しました。

 いえ、目で追えなかっただけですね。

 クラリスはマタタビを摘み上げていたチンピラの側へ一瞬で移動してチンピラの右肘を掴み、文字通り握り潰しました。


「大丈夫? マタタビちゃん」

「ふにゃぁぁぁん! 怖かったにゃぁぁぁぁ!」


 無様な悲鳴をあげながら転げ回るチンピラを尻目に、クラリスは奪い返したマタタビを抱いて慰めています。

 無傷な方のチンピラはと言いますと、仲間をやられて怒ったのか、腰に差していたオオヤシマ特有のロングソード、たしか、ニホントウでしたか。を、鞘から抜いて、戦闘態勢を取りました。


「このクソアマ! よくも相棒を……!」

「救世崩天。|爆砕震地《クラッシュ·クウェイク》」


 そしてチンピラが斬りかかろうとニホントウを振り上げた瞬間。ク

 ラリスはマタタビを抱いたまま足の裏から地面へと魔力放出して周囲の地面を粉砕し、チンピラと野次馬を吹き飛ばしました。

 そこからはもう、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 野次馬たちは完全にパニック状態になって我先にと逃げ始めて、チンピラたちは爆ぜた地面の直撃を受けて、血だらけで砕けた地面に転がりました。

 わたしとハチロウちゃんもそれに巻き込まれたのですが、咄嗟に|対物理·対魔術用防御魔術アンタッチャブルを展開して難を逃れました。

 まあ、「わたしたちまで殺すつもりですか!」と、抗議はしましたが。


「ごめんね、マタタビちゃん。あたしを探してたんだよね?」

「そ、そうニャ。クラリスお姉さまの様子がおかしいから、うちは心配で心配で……」

「行き先くらい、言っとけば良かったね。ほら、タムマロが急に来たじゃない? だから、あたしも伝えるのを忘れちゃっててさ」

「勇者と一緒にいたのニャ? あ、首筋に痕がついてるニャ。勇者に、何かされたのニャ?」

「え? マジ? あの馬鹿、だからやめろって言った……じゃない。これはアレよ……そう! 虫刺され! いやぁ、あの馬鹿に虫が多いところに連れて行かれちゃってさ! たぶん、その時に刺されたのよ!」

 

 苦しすぎる言い訳。

 一般的な知識がある人ならば、クラリスの首筋のついていた痕はキスマークだと気付き、ここへ来るまでにしっぽりずっぽりとヤっていたのだろうと想像がつきますが、幼いマタタビではそこまで想像できなかったようです。

 それはともかくとして、抗議の続きをしましょう。


「ちょっとクラリス! いきなり、あんな無差別攻撃をしないでください! わたしが防御魔術を使わなければ、わたしとハチロウちゃんは大怪我していましたよ!」

「あ、クラーラもいたんだ。ごめんごめん」


 おそらくクラリスは、わたしが防御魔術を使うために魔力を吸うまで、いると気づいていなかったのでしょう。

 気付いていたのなら、この場にいたのにどうしてマタタビを助けなかったのか。と、因縁をつけていたはずです。


「まあ、良いでしょう。それで? タムマロ様から、何か聞けたのですか?」

「それなりにね。でも、あたしじゃ有益なのかどうか判断つかないから、行くかどうかはクラーラが決めて」

「わかりました。それではとりあえず、宿に戻りましょう」


 落ち着いてきたマタタビを抱いたままのクラリスとともに、様子をうかがいに戻ってきた町の人たちに頭を下げていたハチロウを連れて、これからの予定を決めるために宿へ戻りました。

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