6-18
「魔王、クラリス・クラーラ……か。あの子らしいネーミングね」
場面が劇場に戻るなり、揺り椅子に腰かけていたシーラは誰にともなく呟いた。
その顔はどこか悲しげで、何かを諦めたような視線を、膝に置いた豪華な装丁の本へと落としている。
「あ、この本、気になる? 暇つぶしにクソジジイの部屋から拝借して読んでたんだけど、魔術について書かれてるのはわかるけどチンプンカンプンでさ。でも、私みたいな超絶美女が持ってたら様になると思ったんだけど、どう? 本を持ってるだけで、知的に見えるでしょ? タイトルは……グリモワール? どっかで聞いた覚えがあるタイトルね」
たしかに、知的に見える。
だが、中身を理解できなかったと頼んでもいないのに白状してしまったせいで、見えるだけになってしまった。
「何よそれ。知的ぶってるだけの馬鹿って言いたいの? じゃあ良いわよ。辞めるわよ。正直、この本って重いだけで面白くなかったから、さっさと捨てたかったしね」
ふて腐れてしまったシーラは、膝に乗せていた本を後ろへ投げ捨てながら立ち、ドレスの皺を伸ばした。
だが、音がしない。
投げ捨てられたはずの本が床に落ちる音がしない。
舞台袖の奥まで投げ飛ばしたのならまだわかるが、シーラはそこまで力を込めて投げていなかった。紙屑をゴミ箱へ放るように、軽く投げていた。
それなのに、放物線を描いて床に落ちたはずの本の音は聴こえず、舞台上に見当たらない。
「ん? 本? あら、本当にないわね。あれ? もしかして堕ちちゃった?」
と、言いながら、シーラは舞台上を見回した。
だが本気で探すつもりはないようで、左手で後頭部を掻きながら一頻り舞台上を見回しただけで、「まあ、私の本じゃないからいっか」と言ってあっさりと探すのをやめた。
そして何事もなかったように営業用の姿勢を取り繕ったが、表情だけは営業用ではない。まるで、「ざまぁみろ」と言わんばかりにほくそ笑んでいる。
「さてさて、あんな重いだけの本のことは忘れて、今回は締めちゃいましょう。新たな性癖に目覚め……じゃ、ない。新たに仲間を迎えた二人は、その魔の手をカンサイ地方へと伸ばします。そこでまた新たな出会いがあるのですが……ここから先は、次回お話しすることにいたしましょう」
言っている間は営業スマイルだったが、言い終えてしばらくすると、シーラの眉が吊り上がり始めた。
口の端は痙攣したように震え、胸の前で組んだ両手は怒りを抑え付けているかのように、互いを握り込んでいる。
そして「あの腐れ素人童貞、許すまじ」と、シーラが呟くなり灯りが突然消え、劇場は闇に包まれた。
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