6-15
「殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる! ぶっ殺してやる!」
これほどの怒り……いえ、殺意を覚えたのは、生まれて初めてです。
自分が発しているとは思えない台詞を叫びながら、わたしはハチロウちゃんの魔力を使って攻撃を続けています。
しかも、ヤマタノオロチ改の制御まで奪って。
「お姉ちゃん、落ち着いて! そんなに魔術を連発されたら……!」
ハチロウちゃんの忠告を右から左へと聞き流し、わたしは攻撃を続けました。
わたしの頭にあるのは、老人たちを惨たらしく殺すことだけ。クラリスの救出すら、今はどうでもいい。
「ハチロウちゃん! もっと魔力を! もっと強力な魔術じゃないと、あの木偶の坊には効きません!」
わたしは、さらに魔力を要求しました。
ですがハチロウちゃんの魔力総量は、クラリスとは比べ物にならないくらい少なく、水属性の黒い魔力と木属性の青い魔力なので、使える魔術の種類も数も制限されます。
その事実が、わたしの怒りをさらに増幅しました。
クラリスがいれば、もっと上手く立ち回れた。クラリスがいれば、とっくの昔に勝負はついていた。
魔力供給用だと思われるケーブルがあるせいで棒立ちに近く、魔力弾による射撃しかしてこない木偶の坊など、わたしたちの敵ではなかったのにと、どうしても思ってしまいます。
「もう……無理。これ以上は……」
「どうしたのですかハチロウちゃん! もっと魔力をくれないと、術式が維持……!」
できません。と、続けるよりも早く、ハチロウちゃんに限界が訪れました。
ヤマタノオロチ改は頭からボロボロと崩れ始め、わたしとハチロウちゃんは地面に投げ出されてしまいました。
しかも最悪なことに、スサノオの足元へと。
『霊子力残量も把握できんとは、無知、無能に加えて蒙昧じゃったか。のぉ? テナヅチ』
『察してやれアシアヅチ。友人があんな目にあわされて、頭に血が昇ったんじゃろうて。まあ、それでも無能に変わりはないがな』
老人二人は、投げ出された際に身体を地面に打ち付けてしまい、その痛みにうめいているわたしを嘲笑いました。
その嘲りはわたしの怒りにさらなる拍車をかけましたが、痛みで冷静さを取り戻したわたしはそれを無視し、状況を把握し始めました。
「敵との距離は約五十メートル。あの木偶の坊から感じる魔力的に、ジジイとババアは頭部に乗り込んでいるようですね。あの二人をぶち殺す絶好の距離ですが、今のわたしには……」
魔力がない。
ハチロウちゃんは魔力切れを起こしかけているので、これ以上魔力を吸うなどもっての他。腕輪の魔力を使えば攻撃はできますが、スサノオの装甲に施してある対魔力障壁を破れるほどの魔術は使えません。
使えませんが……。
「まだですか、タムマロ様。今なら……」
スサノオは、クラリスから奪い続けている魔力で動いています。だから当然、クラリスを救出すれば対魔力障壁も消失する。
わたしの見立てでは、障壁さえどうにかしてしまえばスサノオごと老人たちを葬れそうなのですが、絶好の距離にあっても、クラリスの救出はまだ成されていません。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。僕がもっと強かったら……」
「ハチロウちゃんのせいではありません。わたしが冷静を欠かなければ……」
もっと長く戦えた。
そう続けようとして、異変に気づきました。これだけ無防備なのに、老人たちが何もしてこない。魔力弾を一発撃ち込めばそれで終わりなのに、スサノオは沈黙しています。
「もしかして、タムマロ様がクラリスを? だったら……!」
またとないチャンス。
わたしは腕輪の魔力を使って、上級魔術を使おうとしました。
ですが……。
「させません」
「お姉ちゃん、危ない!」
詠唱を始めようとしたところで、クシナダが剣に変えた右腕で斬りかかって来ました。
斬撃自体は、ハチロウちゃんがなけなしの魔力で作った植物の防壁で防がれましたが、クシナダはそれを力ずくで薙ぎ払い、わたしの鼻先に切っ先を突きつけました。
「チェックメイトです。大人しく降伏してください」
「嫌です! あのジジイとババアは、絶対に殺します!」
「そうですか。では、仕方ありません」
クシナダは、わたしを両断しようとゆっくりと右手を持ち上げました。
ですが、言葉は発していないのに口が動いています。
「おねえちゃん! こっち!」
ハチロウちゃんに手を引かれるとほぼ同時に、クシナダの剣がさっきまでわたしがいた場所へと振り下ろされました。。
クラリスとの戦闘を鑑みると、先ほどの一撃を外したのも、即座に追撃しないのも異常。ハチロウちゃんに手を引かれて走っているだけのわたしなど、クシナダならば一瞬で殺せるのにそうしようとしません。
「逃げるよ! お姉ちゃん!」
「え? ちょっ……。どういうことですか?」
「良いから早く!」
わたしの手を引くハチロウちゃんは何かを確信してるかのように迷いなく、一目散に逃げています。
ですが、クシナダは逃がすつもりがないようです。
わたしたちの進路上に魔力弾を撃ち込み、どこかへ誘導しています。
「ハチロウちゃん! 誘導されています! きっと、誘導された先に罠か何かが……!」
「大丈夫! 僕を信じて!」
ハチロウちゃんはわたしの手を引いたまま、クシナダの誘導に従い続けています。
それは十数分にもおよび、最後の誘導弾が着弾した時には、わたしたちはクシナダと会敵した場所。つまり、スサノオの正面五十メートルほどの位置まで戻っていました。
正面にはスサノオ。
後ろにはクシナダ。
正に前門の虎、後門の狼です。
『何を遊んでおるKN-08! さっさとコアユニットと接続しろ!』
『そうじゃぞKN-08! 出力は下がってしまうがこの際仕方がない。お前をコアユニットに接続して、戦闘機動試験を行う!』
やはり罠だったのか。と、冷や汗を流したのをしり目に、老人二人の罵倒に近い命令に従って、クシナダはわたしたちの横を素通りしてスサノオへと向かいました。
その時です。
わたしとスサノオの間の地面が、黄金の光に吹き飛ばされました。
そして、そこから現れたのは……。
「クラ……リス?」
穴から飛び出て来て、背を向けて地面に降り立ったクラリスが、わたしには別人に見えました。
装いはいつもの黒いスケベキョンシーではなく、両側に大きくスリットが入っているものの、遥かに露出度が低い蒼いチュウカ製ドレス。なので、恰好は違います。
わたしが別人のように感じたのは、クラリスの纏う雰囲気が数日前とは違っていたからです。
その背中は縋りつきたくなるほど頼もしく、大地を踏みしめる両足は、千年生きた大樹のように力強い。
握りしめた両拳は、降りかかる災厄を払うどころか破壊しつくしてしまいそうなほど雄々しい。
「うわ、思ってたよりでっかいなぁ。ねえ、クラーラ。あいつを倒す方法、クラーラなら思いついてるんだよね?」
「え、ええ。まあ……」
クラリスは、背を向けたまま問いました。
わたしは、思わず自信なさげにうつむいて答えました。
「じゃあ、やろう」
「ですが、まだ試していませんし、あなたにどんな影響が出るかもわかりません」
「それでもやろう。だって……」
見た限りでは、クラリスが保有している魔力は多めに見積もって上級魔術数発分。
わたしが保有している魔力は、魔王が腕輪に込めた伝説級一発分。
クシナダを鳩尾部分に収納するなり対魔力障壁を再展開したスサノオに対抗するには不十分。
仮に、防御という概念ごと切り裂くエクスカリバーを使ったとしても、一太刀浴びせるのが精々でしょう。
だからこそ、クラリスはそれを十二分に理解しているわたしに方法を問うたのでしょう。
自分にどんなリスクがあろうと、わたしが示す方法なら必ず勝てると、信じてくれているのでしょう。
「あたしとクラーラなら、きっと魔王にだって負けないよ」
クラリス顔だけ振り向いて、満面の笑顔で言いました。
その笑顔を見て、わたしの不安は吹き飛びました。
魔王が残した魔術を使用した場合、龍脈から吸い上げる魔力は自然物で構成した身体を通して使います。
しかし、その身体の制御にクラリスの魔力を使う都合上、どうしてもクラリスに術式を通して龍脈からの魔力が少量ながら流れ込んでしまうのです。
それが、わたしにとっての懸念事項でした。
ですが、それはクラリスの笑顔で、不安と一緒に吹き飛んでしまいました。
「ええ、わたしとあなたなら、神にだって負けません」
だからわたしは、クラリスの瞳を真っすぐと見返して宣言しました。
そして、「|バングル・オブ・フリークス。解放」と唱え、腕輪の魔力を解放しました。
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