6-13
初めては、痛いって聞いてた。
生涯引き摺るような苦い経験になるか、一生忘れられない大切な思い出になるかは相手次第だと、女将さんは言っていた。
あのお姉さまでさえ、初体験のあとは一週間ほど塞ぎ込んだと聞いている。
これがあたしにとって苦い経験か、それとも大切な思い出になるのかは、心も体も昂っている今はわからない。
わからないけれど……。
「下手くそ……」
素直になれないことだけはわかった。
余韻の残る心と体を静めるために、思っているのとは逆の感想を言ってしまった。
あたしの反応を予想していたのか、タムマロは装備を整えながら……。
「それは申し訳ない。でも、痛くはなかっただろ?」
と、慰めるような口調で、体を起こして背を向けたあたしの頭を撫でながら言った。
その口調が気にくわなかったものの、あたしは「そりゃあ、まあ……ね」と、そこだけは素直に認めた。
「じゃあ、君とクラーラの荷物を回収してくるよ。あ、そうそう。その背嚢に食べ物が入ってるから、僕が戻るまで腹ごしらえをしておくと良い」
「……わかった」
「素直でよろしい。いつもそうなら、僕も楽なんだけどね」
「うっさい三流勇者。良いからとっとと、あたしの荷物を取ってきて」
「はいはい、わかったよ」
そう言い残して、タムマロは素っ裸のあたしの肩にマントをかけて、部屋を出て行った。
タムマロの目はなくなったし、背後にある大量の食糧にがっつきたいと胃袋は音を鳴らして訴えているけれど……。
「何やってんだろ、あたし……。あ、もうナニをヤったあとか。ははは……」
タムマロが羽織らせてくれたマントに顔を埋めながら、くだらない事を言って自嘲してしまうほど、あたしは精神的にまいってるみたい。
しかも時間が経つにつれて、タムマロに弱った自分を見せてしまい、助けられてしまった事実が追加ダメージとして、あたしの心を締め付けてくる。
「あ、また騒がしくなってきた」
タムマロとの行為中は余裕がなかったから気にならなかったけど、機械の中から助け出されてからしばらくやんでいた外の戦闘音が再び鳴り始めた。
それに、タムマロに助けられてから軽く一時間近く経っているのに、誰も来ない。
それはつまり、戦闘がまだ続いているということだ。
「なら、早く行ってあげないと」
自分が近くにいない時のクラーラは、ただの人。
さらに今は、搾取の首輪を外されているからクラーラは魔力なしで戦っている。
だからあたしは動きたがらない体に鞭打って、タムマロが置いていった背嚢に入っていた食糧を床にぶちまけて、手当たり次第に口の中に放り込み始めた。
「保存食ばっかし。もっと旨いもん用意しろってのよ役立たず」
と、文句を言いつつも、あたしは食糧を食べ尽くしました。
そして「さて、それじゃあ行きますか」と、言いながら立ち上がったタイミングを待っていたかのようにタムマロが戻ってきて「こらこら、せめて服は着て行きなさい」と、あたしたちの荷物を床に下ろしながらたしなめた。
そんなタムマロに「うっさい。忘れてただけよ」と、憎まれ口を叩きつつ、荷物から服を引っ張り出して着始めた。
「それ、君が旅立つ時に、僕があげた服だよね?」
「そうよ。って言うか、こっち見んな」
「はいはい、わかったよ」
「ったく、女性の着替えをガン見すんなっての」
言葉では拒絶していても何故かこの空気が心地良い。
無機質な部屋で、耳に届くの規則的な機械音と武骨な戦闘音なのに、あたしは妙な安心感を覚えている。
「もう、こっち向いて良いわよ」
だからなのか、あたしは見せなくても良いのに、タムマロからもらった装備に身を包んだ自分を見せた。
いや、見てもらいたかった。
「良く似合ってるじゃないか。スケベキョンシーよりも可愛いよ」
「そこは、綺麗だって言うべきなんじゃない?」
「ごめんごめん。綺麗だよ、クラリス」
「ふんっ! 今さら遅いのよ、馬鹿!」
と、怒って見せたけど、本当は、シンプルだけど体のラインを強調して美しく魅せる蒼いチュウカ製ドレスを着た自分を誉められて、跳び跳ねたいくらい嬉しかった。
相手がタムマロなのがほんのちょびっとだけ不満だけど、気分が高揚する。
「ねえ、タムマロ。ここって、建物の何階?」
「地下二階だよ。外まで連れて行こうか?」
「ううん、必要ないわ」
高揚し続けている気分につられるように、魔力が湧き上がってくる。
さすがに全快とは言えないけれど、天井をぶち抜いて外まで通じる穴をあけるくらいはできるはず。
いいえ、できる。
まだ辛うじて上級魔術数発分しか回復していないのに、それだけでも前よりも上手く、少ない魔力で天井を破壊できる自信がある。
「ロストヴァージンして一皮むけた? って、そんなわけないか」
でも、それくらいしか思い浮かばない。以前よりも魔力がスムーズに体内を駆け巡り、制御できている。
「魔力、解放。ゴールデン・クラリス」
魔力を開放してみると、不確かな自信は確信へと変わった。
前と比べて、魔力のロスが少なくなっている。
ゴールデン・クラリス状態だと、一分当たり中級魔術一発分の魔力が無駄になっていたのに、それが初級魔術以下になっている。
「へえ、大したものじゃないか。魔力が流れるように循環して、君の体を覆っている。さすがに老師並みとはいかないけれど、凄い進歩だ」
「ふん。褒めたって、何も出ないわよ?」
この期に及んで、素直じゃないなぁ。と、我ながら呆れながらも、あたしは緩んだ顔を見られないように天井を見上げて、右拳に中級魔術一発分の魔力を集めた。
そして……。
「さぁって! そんじゃあ、リベンジといきますか!」
と、宣言して、天井をぶち抜いた。
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