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わたしは魔王からのメッセージに従って、壁画の観察をしました。
その様子を、タムマロ様は「まだかかるの?」と、言わんばかりの表情で見つめ、ハチロウちゃんはかいがいしく、わたしが壁画を見やすいように明かりで照らしたり、梯子を移動させたりしてくれています。
「これ、ただの壁画ではなく、魔術式ですね。ハチロウちゃん。この壁画を描いたのは、あなたのご先祖様で間違いないのですよね?」
「はい。そう聞かされています。ちなみに、何の魔術式なんですか?」
「この壁画に描かれている巨人の設計図……とでも、言えば良いのでしょうか」
かつて旧世界で起きた戦争……たった一年で双方壊滅と言う笑えない結末を迎えたために、生き残った人たちから『一年間戦争』と揶揄されたその戦争で主力となった人型兵器。アストラル·バディと呼ばれた、魔力を元に造られた兵器の設計図です。
この兵器は操作を担当する人間と、動力と術式の維持を担当する霊子力精製用培養人間……おそらくはハチロウちゃんの先祖のペアで初めて運用できる兵器です。
覚え書きのように付け加えられている解説によると、この兵器の汎用性、拡張性は当時のどの兵器よりも優れ、人間と培養人間の二人だけで製造、運用できるという超低コストのため、「歩兵よりもアストラル·バディの方が多い」と言われるほどの異常事態を引き起こしたのだそうです。
しかも、壁画に隠されていたアストラル·バディの製造、及び運用に関する魔術式に、魔王独自の魔術式が描き加えられています。
「ハチロウちゃんのドラゴンは、これを参考にしたのですか?」
「いえいえ。僕には魔術式なんて読めませんし、この壁画に魔術式が隠されていたのも今知りました。僕のヤマタノオロチは、数十年前にここを訪れたエイトゥス様がオロチ一族に伝えたものだそうです」
「なるほど、エイトゥスですか。合点がいきました」
黒死龍と謳われた魔王四天王の一人、エイトゥスは植物を操る魔術を得意とし、それだけならば魔王を上回っていたと伝えられています。
どうしてその魔術をオロチ一族に伝えたのかは謎ですが、エイトゥスならば、幼いハチロウちゃんではガワしか作れなかったとは言え、アレだけの巨体を作り出すことができる魔術を作っていても不思議はないでしょう。
「それにしても、これは魔力の運用効率が異常なほど高いですね。製造時に伝説級相当の魔力を要しますが、それ以降は、動かすだけなら中級程度の魔力で二十四時間は可能……え? しかもこれ、地上でならそれすら必要ないじゃないですか」
「追加の魔力を必要としないって事かい?」
「はい。レイライン……オオヤシマ語で言うところの龍脈との接続式も組み込まれていますので、地に足をつけた状態なら術式を維持する以外の魔力を要せず動き続けられ、武装魔術も使い放題です。さすがは、全ての魔道を極めたと言われた魔王ですね。魔術の歴史が変わってしまうほど高度で精緻、そして大胆な魔術式です。これと比べたら、神話級魔法ですら児戯です」
「なるほど、アレか。アレには苦戦したなぁ。魔王城周辺が更地になったのは、その魔術のせいだしね」
「では、これが魔王の……」
「そう、第二形態とか真の姿とか言われてるヤツさ。それを使われる前に倒したかったんだけど、色々あってできなくってさ」
「チートを持つタムマロ様でも、できなかったのですか?」
「ナビはちゃんと、使わせずに倒す方法を教えてくれたよ。でも、僕がその通りにできなかったんだ」
再び余談です。
タムマロ様が転生して与えられた能力の名は、『理想への道標』。
タムマロ様から聞いただけなので本当かどうかは疑問ですが、定めた目標へ至るための攻略チャートが事細かに表示される、所謂予知能力です。
例えば、あの敵を倒したいと思えば、ここで右に回避とか、足を切り払う等々、彼がとるべき行動を細かく指示してくれますし、挑むまでの時間がある場合は、必要な特訓や準備しておくべき道具や罠等も教えてくれます。
ですが本人が言った通り、タムマロがその通りにしなければ能力も意味を成しません。
逆に言えば、能力に導かれる通りにすれば目標はほぼ必ず達成できるのです。
あ、ほぼと断ったのはタムマロ様曰く、その通りにしても目標が達成できなかったことが一度だけあったからだそうです。
「ふと思ったんだけど、その龍脈への接続式を君用に調整すれば、魔力が無い君の弱点が解消できるんじゃないかい?」
「無理です」
「あ、無理なんだ。龍脈からの魔力に、体が耐えられないとかそういう理由かい?」
「それもありますが、そもそも龍脈を流れる魔力は人が持つ魔力とは性質が根本的に異なるので、全属性に対応した黄金の魔力を持たない人では扱えません。例えるなら、水と油でしょうか。二つは混ざり合いませんし、水は飲めますが油は飲めないでしょう? それと同じで、人が龍脈から魔力を取り込むと反発し合い、しかも龍脈からの魔力の方が多く、強力なので、人では取り込んだ瞬間に文字通り爆発してしまいます」
「でもその魔術式は、龍脈の力を使うんだろう?」
「それが、この魔術の大胆なところなのです。この魔術はボディの全てを自然物で構成し、直接魔術式を書き込むことで、術者ではなく自然物に魔力を取り込ませます。つまり、普段から龍脈と繋がっている自然物なら、龍脈からの魔力に反発せず、当たり前のように使うことができるのです。それでも多少は術者に流れこんでしまうため、体に全く異変をきたさないようにするには黄金の魔力が必要になりますが、要は、自然物で龍脈を利用するための体を造るのが、この魔術の肝です。まったく、目から鱗ですよ。まさか自然物を媒介にするだけで龍脈を利用できるようになるなんて、わたしですら考えませんでした」
わたしの説明を聞いたタムマロ様は、冷や汗を流しながら「わ、わかった。わからないけどわかったから、そう興奮しないで」と言って、わたしから距離を取りました。
ですが、わたしは興奮していません。
普段のわたしなら、これほど高度な魔術式を見たら一晩中解説し続けるくらい興奮するのですが、今は冷静です。
むしろ、怒っていると言っても良いかもしれません。
それは、魔術式を解析している最中に、魔王が腕輪の封印に残したメッセージの、本当の意味に気がついてしまったからです。
「魔王とは、ずいぶんとお節介な人だったんですね」
魔王はわたしにギフトの欠点と、解決策を同時に教えました。
わたしのギフト、『魔道の極み』は、全ての魔術、魔法を一目見ただけで理解し、魔力さえ用意すれば使用を可能とします。
ですが反面、わたしが魔術の類いだと認識しなければ、ギフトは効果を発揮しないのだと、私に気付かせました。
そして、もう一つ。
腕輪の封印に仕込まれていたメッセージが全て、他ならぬわたしに宛てたものだと確信させました。
「タムマロ様、一つ質問があります」
「なんだい?」
「魔王は、タムマロ様と似たような能力を持っていたのですか?」
「どういう意味だい?」
「言葉通りです。魔王は予知能力的なモノを持っていたのですか?」
「いいや、持ってなかったはずだ。だけど確か、神話級魔法に未来視の魔法があったよね? 魔王なら、使えてもおかしくなかったと思うよ」
いや、それはない。
確かに、タムマロ様が例に挙げた魔法は存在します。
ですがそれは、未来視とはとても呼べないほど独善的で残酷。使ってしまえば最後、見えてしまった未来が決定してしまうほどの禁術。
その名は、『|悲惨な結末を確定させる魔法』。
悲劇としか言い様のない未来しか見えず、しかもその未来が、見てしまった者がいる世界線ではその瞬間に決定してしまうため、世界各国が術式を徹底的に焼却して破棄した禁術中の禁術。
もしどこかの国の誰かがその魔法の断片でも手に入れようものなら、それが知られるなり各国全てが束となり、その者を国ごと消滅させます。
故に、使うはずがないと最初は考えましたが……。
「いや、あの人なら……」
使ったのかもしれないと、考え直しました。
何故ならツシマでクラリスを通して見た魔王が、未来を知っているかのようなことを言っていたからです。
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