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水に身体を包まれたような感覚と、規則的に魔力を吸われる不快感。さらに、下腹部に異物感を覚えて目を覚ますと、目の前にはピッチリスーツ姿で、何故かお尻から尻尾を生やしたクシナダさんがガラス越しに立ってた。
「お加減は如何ですか?」
「気分最悪。せめて、魔力を吸うのだけでもやめてくれない?」
「申し訳ありませんが、当機の霊子力バッテリーをあなたの霊子力でチャージ中なので、それはできません」
クシナダさんは謝罪と説明を同時に、お尻から伸びた尻尾……魔力供給用の赤い色をしたチューブ (直径は3センチメートルくらいかな?)を右手で持ち上げながらしてくれた。
でもその仕草を見て、股間の異物感に察しがついてしまったから……。
「い、一応、確認するんだけどさ。もしかしてあたし、こんなのでロストヴァージンしちゃった?」
「霊子力は、俗に丹田と呼ばれる部位に集まる特性があります」
「うん、それは知ってる」
「なので、それに最も近い子宮に、霊子力採取用チューブを挿管させて頂きました。尿道と肛門に挿管した方は排泄用です」
「あ、そう……」
これ程の絶望感は、タムマロの腕に抱かれて息を引き取っていたお姉さまを見た時以来だ。
あたしにとって、処女とは最も捧げやすく手頃な対価。だからこそ、たった一度しか使えない対価の払いどころは選んできたつもりよ。
それなのに、意識を失っている間に奪われてしまった。それはあたしにとって、涙を流すほどの屈辱よ。
「どうして、泣いているのですか?」
無表情で声に抑揚はばいけれど、それでも不思議がっているとわかるニュアンスがこもった質問が、ガラス越しに聞こえた。
「貴重な初体験を奪われたからよ! しかもこんな物で、さらに寝てる間に! クシナダさんだって女なんだから、それくらいわかるでしょ!」
「当機は女性を模して造られていますが、生殖と排泄に要する器官は搭載されていません。なので、あなたの気持ちが理解できません。できませんが……。とても酷いことをしたということだけは、あなたの顔を見て何故か理解できました」
クシナダさんの顔が目に見えて歪んだ。
もしもここにクラーラがいたら、可愛げのない解説を挟み込んであたしが感じたことを凍り付かせるんでしょうけど、居ない今は、感じたままを言葉にすることができた。
「……あなた、もしかして心があるの?」
「ココロ? ココロとは、感情プログラムのことでしょうか?」
クラーラは、クシナダさんには心も魂もないと言っていた。その言葉を信じて、人の形をしているクシナダさんを全力で殴った。
だけど、今のクシナダには心があるように思える。
表情はない。声からも感情は感じ取れない。それなのに、彼女が人のように思えた。
だからなのか、あたしは無理だと思いながらも……。
「ねえ、ここから出してくれない?」
と、お願いした。
けれど予想通り、クシナダさんは間髪入れずに……。
「お断りします。あなたは十二時間後、SAX-01の動力炉となってもらう予定になっていますので」
「えすえーえっくすぜろわん? 何? それ」
「当機の、伴侶となるはずだった機体です」
「伴侶? 伴侶ってたしか……」
オオヤシマ語で結婚相手や配偶者を指す言葉だったはず。
でも、人形の旦那さんってどういう意味だろう。さっき自分で、生殖用の器官はないって言っていたのに、どうして旦那さん(仮)がいるんだろう?
と、思ったけど、彼女に心があり、旦那さんがいると仮定して、あたしは駆け引きしてみることにした。
「ねえ、クシナダさん。このままだと、あたしがその人の伴侶になっちゃうんじゃない?」
「そうなります」
「それ、クシナダさん的には良いの? だって、ぽっと出のあたしに旦那さんが取られちゃうんだよ?」
「当機よりも、あなたの方が動力炉として優秀です。より効率的に彼を運用できるのなら、当機よりあなたを選ぶのは当然の……」
選択だと、クシナダさんは言おうとしたのかもしれない。でも、その続きは紡がれない。
邪魔が入ったとかじゃなく、クシナダさん自身が、その続きを言いたくないと思っているように見える。
「あたしはクラーラと違って、魔力で動く人形に何をしたら喋ったりさせることができるかなんてわかんない。でも、クシナダさんがそのえすえーなんちゃらって人を心待ちにしてたのは、あなたの口ぶりでなんとなくわかった」
「確かに、当機はSAX-01の完成を心待ちにしていました。当機だけではありません。霊子力精製用培養人間の末裔たちを確保する過程で大破した姉妹機たちも同様です。皆、彼の完成を楽しみにしていました。彼と一つになれるその日を、夢見ていました」
「ほら、やっぱりあなたには、心がある。その彼の話になってからのクシナダさんは、下手な人間よりも人間らしいよ」
「当機が人間? それはあり得ません。当機の構成材は、人間とは全く違……」
「違わない。人の形をしてて心があれば、体が何で出来てたって、どんな形をしてたって人間だよ」
反論の余地はいくらでもあったはず。
理詰めであたしを黙らせることもできたはず。
それなのにクシナダさんは、そうしなかった。いや、したくなかったのかもしれない。
「だからお願い。ここから出して。その彼とは、あなたが結ばれて」
「無理……です。博士たちの命令には、逆らえません。でも、当機はあなたに居なくなってほしいと考えている。これはバグ? そう、きっとバグです。姉妹機たちのデータをフィードバックしたせいで、当機のAIにバグが発生しています。早く、博士にデバッグしていただかない……」
クシナダさんが言い切る前に、部屋に警報が鳴り響いた。そして時を置かずに、部屋が揺れ始めた。
「これ、もしかしてクラーラが……」
来たのかもしれない。と、淡い期待を抱いた。
搾取の首輪を外されていなければ、魔力供給用のパスが復活するからすぐにわかるけど、外されている今はわからない。
わからないけれど……。
「……了解しました。迎撃に出ます」
クシナダさんがここにはいない誰かにした返事で、クラーラが来たんだと確信した。
そしてクシナダさんが部屋を出たのと同時に、子猫姿で部屋に滑り込んで来たマタタビちゃんを見ながら……。
「さっすが、あたしの相棒」
と、呟いた。
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