6-8
クラリスは生きている。
爆発の後も、首輪の範囲外に出るまでの間は魔力を吸えたので、わたしはそれを確信しています。
ですが、無傷ではないはず。
老人たちがクラリスを欲している理由を考えれば、生きてさえいればとりあえずは殺されずに済むでしょうし、治療もしてもらえるはずです。と、わたしは三日かけて落ち延びた先、ボク君が住む魔族の集落。そこで一番大きい家で考えていました。
「あの金髪のお姉ちゃん、大丈夫かな……」
「クラリスは殺したって死にません。だから、大丈夫です」
わたしは努めて冷静に言いましたが、胸中はおだやかではありません。
プライドが傷つけられたのはもちろんですが、クラリスと離れているのが不安で仕方がないのです。
「手持ちの魔石はあと十個。これだけで、クラリスを救出しなければならないのですが……」
どう考えても無理。
運動不足に加え、魔術が使えなければ町娘と同レベルの戦闘能力しかないわたしが、クシナダと渡り合うにはマジカル・パッケージと各種付与魔術が必須。さらに突破して、老人たちが引きこもるあの建物と相対するためには、それ以上が必要です。
しかし、そのための魔石が足りません。
それでも、どうにかしてクラリスを助ける方法はないかと思案していると……。
「ごめん……なさい。僕がもっと上手くやっていれば、お姉ちゃんたちを巻き込まずに済んだのに」
わたしが悩んでいるのは自分のせいだと思ったのか、ボク君がわたしの前に両膝をついて謝りました。
「ボク君のせいではありません。今回の敗北は全て、わたしの迂闊さが招いた結果です」
「でも、僕がもっと前にアイツらをやっつけて家族を助けていれば、お姉ちゃんたちがアイツらに利用されることもなかったんだよ?」
「それは逆に駄目です。もし、わたしたちがあの屋敷に行く前にボク君がご家族を助けていたら、わたしとボク君が出会えなかったでは……ちょっと待ってください。と、言うことは、あの建物の地下にある霊子力タービンとやらを動かしているのは、ボク君の身内ですか?」
「うん。僕たちオロチ一族は、魔族の中でも飛び抜けて魔力が多いんです。だから毎年、あの女の人と良く似た人が来て、家族をさらっていたんです」
「なるほど、逆だった訳ですね」
毎年、襲撃していたのは年寄りどもの方。
今回は、襲う前にボク君が打って出たので、それを察知した年寄りどもはこれ幸いにと、迎え撃つことにしたのでしょう。
さらにタイミングよく、クラリスというオロチ一族以上の魔力持ちが現れたため、迎撃を依頼してクラリスを捕らえるための囮としたのだと思います。
「いくつか確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「う、うん。僕に答えられることなら」
「では一つ目。一度の襲撃でさらわれるのは何人でしたか?」
「一人です。最初は、長男のイチロウ兄さんでした」
「ふむ、霊子力タービンは、オロチ一族一人で一年ほど回せると仮定できますね。では二つ目、襲撃は何回繰り返されましたか?」
「七回です。毎年、迎え撃つ準備はしていたんですが、集落への被害も限界にきていたので、今年は逆に打って出たんです。オロチ一族も、僕で最後になっちゃいましたから……」
「では、確認です。襲撃が始まったのは、今から七年前なのですね?」
「ええ、僕はその頃のことはよく覚えていないんですけど、七年前のある日突然、あの女の人と良く似た人が襲って来たと聞いています」
ボク君の答えを聞いて、わたしは頭を傾げました。
どうして七年前から? それまでは、どうやって霊子力タービンを回していた? いや、回す必要がなかった。もしくは、回さなくても良い事情があった。と、頭の中で自問自答を繰り返しました。
その答えを与えてくれたのは、わたしでもボク君でもなく……。
「あの二人は、コールドスリープをしていたんだよ」
「コールドスリープ? それ、古ブリタニカ語ですか? 今風に翻訳すると……。つまり、凍って仮死状態になり、長い間寝ていたと……って、タムマロ様じゃないですか」
「ツシマで会った時以来だから、一週間ぶりくらいだね。元気にしてたかい? クラーラ」
「ええ、それなりに」
脈絡を無視して突然現れた、タムマロ様でした。
「ところで、タムマロ様はどうしてここへ? まさか、観光ではありませんよね?」
「ここは魔族の集落だよ? そんな場所で、僕が呑気に観光なんてできるわけがないじゃないか」
「では、何故ここへ?」
「君たちを助けるためさ」
胡散臭い。
それが、にこやかに理由を言ったタムマロ様に抱いたわたしの素直な感想でした。
ちなみに、タムマロ様は魔族から嫌われています。
それはもう、毛嫌いされていると言っても良いレベルで嫌われています。それはタムマロ様がかつて……。
「タムマロって……勇者タムラマル!? 魔王様の仇じゃないですか!」
魔族の王だった魔王を倒した、勇者だからです。
一部の者を除いた多くの人たちに浸透している歴史では、魔王は魔族と呼ばれている各亜人種たちをそそのかして利用し、我欲のために世界征服を目論んだ悪の化身ということになっています。
ですが、実際は少し違います。
世界征服をしようとした。この一文だけ見れば事実ですが、動機が異なります。
魔族と総称され、蔑まれていた者たちのために世界を征服し、数が多いという理由だけで他の種族を弾圧し、弾劾し、差別し、搾取と凌辱を善としていた人間を滅ぼして、魔族による魔族のための魔族の世界を目指して戦っていたのです。
魔王がタムマロ様によって討たれた今では知る由もありませんが、情報統制がされる前の文献を見れば、それは明らかです。
なので、魔族であるボク君がタムマロ様を敵視するのは当然です。
「そう怒らないでよ、ハチロウ君。それより今は、ここの御神体の所へ案内してくれないかな? 君なら、場所を知っているよね?」
「お前なんかに教えるものか! 魔王様の命だけでなく、その遺産まで奪うつもり……って、どうして僕の名前を? 初対面……だよね?」
「初対面でも、僕にはわかるのさ。それより、持ち出すという意味ではその通りだけど、ソレが必要なのは僕じゃない。君の後ろにいるクラーラさ」
「お姉ちゃんが? え? じゃあ、お姉ちゃんが、魔王様の……」
わたしに魔王の遺産が必要と言われて、自分でもわかるくらい怪訝な顔をして首を傾げてしまいました。
ですがそれがヒントとなり、七年前から急にオロチ一族が襲われ始めた理由に察しがつきました。
「ボク……ハチロウちゃん。魔王がその遺産をこの集落に持って来たのは、二十年前ではないですか?」
「え、ええ。そう、兄からは聞かされています。何でも、いずれここに、ソレを必要とする人が現れるから、来たら渡してくれと言われたとか……。でも、どうしてそれがわかったんですか?」
「魔王がオオヤシマまで来たと思われるのが、二十年前のキュウシュウ侵攻時だからです。おそらく、魔王軍による……いえ、シルバーバインのキュウシュウ侵攻は、魔王がその御神体とやらをここに隠すための陽動作戦だったのではないですか? タムマロ様」
「うん、だいたい当たり。魔王の魔力を敵の侵攻と誤認してコールドスリープが解けて、あの老人たちが起きちゃってさ。十年ほど今の世界の調査とクシナダシリーズの製造に費やしていたみたいだけど、七年……もうすぐ八年前か。に、霊子力タービンを回すための燃料が心もとなくなったから、オロチ一族を必要としたらしい。もっとも……」
「もっとも?」
「いや、何でもない。君なら、その内わかるよ」
もったいぶらずに教えろ。と、いったところで、この人は教えてくれないでしょうね。
この人は、本当に必要なことは教えてくれません。事態が自分にとって都合よく転がるような情報しか、わたしにあたえてくれません。
腹立たしいですが、それでも有益な情報を与えてくれるのは確かなので、わたしは答えてくれそうなことを質問しました。
「タムマロ様。その魔王の遺産とやらは、何なのですか?」
「そこまでは僕も知らない。ただ、クラリスを助けるためには君がそれを手に入れる必要があると、ナビが言っている」
「相変わらず、タムマロ様の能力は親切なのですね。でもそれ、本当にクラリスを助けるための方法ですか? タムマロ様の目的を達成するためでは?」
「もちろん、前者さ。クラリスは可愛い、僕の愛弟子だからね」
嘘だ。と、確信に近い疑いを抱きながらも、魔王が言っていた人物がわたしだと信じこんだハチロウちゃんに案内されて、タムマロ様を最後尾にして集落の最奥にある洞窟を進んでいます。
いえ、洞窟と呼ぶのは語弊がありますね。
これは明らかに人工物。
山を半円状に切り抜き、内壁をコンクリートで補強し、壁画が描かれたここは旧世界の遺跡でしょう。
「ハチロウちゃん。壁に描かれている絵は、何の絵ですか?」
「大昔に起きた戦争の絵だそうです」
「戦争? 人が人の中に座って戦っているように見えるのですが……」
「人が乗れるほどの大きさの巨人を操って戦ったと、伝えられています」
「では、巨人よりも大きな四角い物はなんですか? わたしには、堕ちてきているように見えます」
そして、逃げ惑う人々も。
ですが巨人に乗った人たちは、それが見えていないかのように戦い続けています。
「増えすぎた人類が、宇宙に住み始めて半世紀。宇宙に追いやられた人たちは地球に住む人たちに反旗をひるがえし、戦争を仕掛けた」
わたしが不思議そうに眺めていると、呆れたような口調でタムマロ様が呟きました。
わたしは「この人は急に、何を言いだしたのでしょう」と、訝しんで眺めるだけでしたが、ともに聞いていたハチロウちゃんは信じられない物でも見たかのように驚いています。
「ど、どうしてそれを!? その話は、オロチ一族だけに伝わる神話なのに!」
「知っていた訳じゃないよ。ただ、似たような話を昔、見たことがあるだけさ。でも、今の話が伝わってるってことは、この壁画はコロニー落としを描いたものなんだね。ガ◯ダムみたいな出来事がこの世界であったと知って、僕の方が驚いてるよ」
タムマロ様が言ったことは理解しきれませんでしたが、旧世界が滅んだ原因はわかりました。
コロニーとはおそらく、宇宙に浮かべた居住地。
戦争の果てに、それを爆弾のように落としてしまったせいで、文明が維持できないほど人類は減ってしまったのでしょう。
なんとも愚かしい結末ですが、何故か人間らしい終わり方だと納得してしまいました。
「着いたよ。これが魔王様が残していった御神体。魔王様は『片翼の腕輪』って、呼んでいたそうだよ」
「凄い魔力だね、コレ。伝説級くらいなら、楽に使えそうなほどの魔力が込められているじゃないか」
伝説級どころじゃない。と、わたしはタムマロ様の言葉を頭の中で否定し、透き通るような紅色の宝石がはめ込まれた腕輪に見入りました。
確かに、現時点で込められている魔力は伝説級相当。
ですが、貯め込める総魔力量は神話級一発分。
この腕輪は、魔力を貯蓄することに特化した神具です。
いえ、神具は転生者がこの世界に持ち込むチートの一種。ですがこれは、魔王がこの世界に有るもので造った物。魔道具の規格外品。あえて呼び名をつけるなら、魔神具とでも呼ぶべきでしょう。
「封印も厳重だ。僕なんかじゃ、解き方がさっぱりわからない」
「この封印は……。もしも無理矢理、腕輪を台座から動かそうとすれば封印は攻撃魔術へと変わり、この洞窟どころか周囲十キロメートル四方は軽く消滅してしまいますね。術式を見る限り、単純な破壊力はゴモラと同等です」
「それは恐ろしい。じゃあ、封印を解くにはどうしたら?」
「鍵が必要です。しかも物質的な鍵ではなく、キーワード。この封印を解除できるのは、魔王自身か魔王からキーワードを教えられた者。そして……」
「どんな術式でも一目で理解できる君だけ。と、言うことだね?」
「ええ、その通りです」
すでにわたしは封印の術式を解析し終え、この腕輪が魔石を高密度に圧縮した物をコアとして構成されていることも、魔王のお手製だということも、キーワードもわかっています。
さらに、魔王が術式に散りばめた、三つのメッセージにも気づいています。
そこには、こう記されてありました。
一つ目は「運命に抗え、否定しろ、そして拒絶しろ」。
二つ目は「壁画をよく観察しろ」。
そして三つ目は、「あなたなら、大丈夫」と、記されていました。
「まったく、何が大丈夫なのやら……」
「クラーラ? どうかしたのかい?」
「いいえ。何でもありません。では、封印を解きます」
わたしは腕輪へと右手をかざして、一呼吸置きました。
そして、魔王はどうしてあんなメッセージを残したのか。魔王がこの腕輪を贈ろうとしたのは、本当は誰だったのかと疑問に思いながら……。
「親愛なる片翼へ捧ぐ」
と、キーワードを唱えました。
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