6-5
あたしたちが着地した屋上から対峙しているのは、現実とは思えない巨体を引きずりながら迫るヤマタノオロチ。
中身のない張りぼてだとわかっていても、植物で形作られていると思われるその巨体が轟音を響かせて迫る様は、山が迫っているような威圧感を与えてくる。
ただ、不自然な点が一つ。
巨体を引きずっているのは、実際に迫っている巨体と音から判断できるけれど、後ろに跡ができていない。あんな巨体が動けば木々は倒れ、地面は抉られるはずなのに、その跡が全くない。
「ねえ、クラーラ。とりあえず、ぶん殴ったんで良いかな?」
「体力と魔力の無駄遣いなのでおやめなさい。あんな張りぼて、燃やせばいいのです」
「いやいや、それじゃあ、周りの木も燃えちゃうでしょ? 山火事になっちゃうよ」
「わたしはべつに、かまいませんが?」
「絶対に駄目。だってクラーラ、ソドムを使うつもりでしょ。あたしの魔力がガス欠寸前なのに、絶対にソドるでしょ。山火事どころか更地になっちゃうから、別の方法を考えて」
「ツシマ以来、ソドってないのだから良いじゃないですか。わたしのストレス発散のためにも、ソドらせてください。それにガス欠だと言っていますが、本当は余裕があるのでしょう? 神話級一発くらいの魔力は、あるのでしょう?」
「ないよ! マジでないから、本当にやめて! 上級魔術までならともかく、神話級なんて使われたら干からびちゃうから!」
クラーラは今、お爺ちゃんとお婆ちゃんに負けて悔しがっている。
その鬱憤を、最も好むソドムを撃って晴らそうとしていると踏んで待ったをかけたら、案の定だった。
だからあたしは、ダメ押しに「駄目ったら駄目」と、言いながら体一つ分横に移動した。
そこまでしてようやく諦めてくれたらしく、クラーラはため息を一つついてから、魔力を吸った。
「では、目には目を、木には木をと言うことで……」
クラーラはヤマタノオロチへモーニングスターを向け、あたしから吸い取った中級魔術相当の魔力を、ヤマタノオロチの周りの木々へと放出した。
そして、十分に行き渡ると……。
「貫け。木槍魔術」
何十本もの木々を槍へと変えて、ヤマタノオロチを貫いた。
だけど、体が木でできているからか、それとも本体に届いていないのか、身動きは取れなくなったものの、ヤマタノオロチは悲鳴すら上げない。
「効いてないっぽくない?」
「ダメージはないようですね。ですが、わたしが放ったウッド・スピアはヤマタノオロチの体に根を張り、しかも干渉を受けませんので、抜け出すには本体が出て来るしかありません。ほら、そう言っている間にも、出てきまし……」
草をかき分けるように出てきたヤマタノオロチの本体を見た途端、クラーラは言葉を失った。
いや、言葉を失っただけじゃない。
唇が小刻みに震え、それが徐々に、全身に伝播していっている。
「な、何ですか? この気持ちは……」
ヤマタノオロチから這い出て来たのは、一見すると尖った耳を持つ、少女と見紛わんばかりに可憐な容姿をした魔族の少年。
尖った耳と真っ白な肌、そして爬虫類を思わせる縦長の瞳孔の瞳の特徴的に、白蛇族と呼ばれている種族だと思う。
何故、一目で少年だとわかったかと言うと、彼が全裸だったから。
這い出て来てすぐに葉っぱと蔦で作った服で隠しちゃったけれど、男特有の器官を見れば一目瞭然よ。
「クラーラ? どうかしたの? って言うか、興奮してない?」
頬は紅潮して不自然な内股。さらに、息を荒くして大きな胸を持ち上げるように自身の体を抱きしめているクラーラは、誰の目にも性的に興奮しているように見えると思う。
だからあたしは、からかってやろうと先の質問をしたんだけれど……。
「はい。わたし、興奮しています」
「いやいや、誤魔化したって……ええっ!? どうしちゃったのクラーラ!」
まさかの肯定。
しかも、それが引き金になったのか、クラーラはフラフラと屋上の淵まで歩き、着くなり少年へ両手を向けて……。
「さあ! わたしをお姉ちゃんと呼んでください! ママでも可!」
と、叫んだ。
その叫びを聞いて、クラーラの欲望を向けられた少年は「ひっ……!」と、短い悲鳴を上げて後ずさり、あたしは驚きすぎて怖くなり、歯の根が合わなくなってしまった。
それでも何か言わなければと変な義務感が湧いたあたしは、目尻に涙を浮かぶのを感じながら……。
「クラーラが……。クラーラが壊れちゃった」
と、言葉を絞り出した。
普段のクラーラなら、あたしに「壊れてるのはあなたです」とか、「おかしなことを言うとぶっ殺しますよ?」などと切り返すけれど、お姉さまにしか興味がないと豪語するクラーラの信仰を揺るがすほど、少年の外見は好みだったらしく……。
「ええ、わたし、壊れてしまったようです」
と、クラーラが言ったとは思えないセリフを、口走った。
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