6-4
「なんか、殺風景な部屋ね。ベッドくらいしかないじゃない」
「それに、白一色で目が痛くなりそうだニャ」
が、あてがわれた部屋に対する、クラリスとマタタビの感想でした。ですが、不満たらたらなのは二人だけ。
わたしも不満はありますが、それは部屋に対してではありません。わたしの自尊心をズタボロにしてくれた、アシナヅチとテナヅチに対してです。
「ねえ、クラーラ。お爺ちゃんとお婆ちゃんからの依頼、どうするの? 受ける?」
部屋への文句を言い終えたのか、クラリスはアシナヅチとテナヅチからの依頼を受けるかどうかを、ベッドに腰かけて壁を睨み続けているわたしに聞いてきました。
「クラーラお姉さま、どうしちゃったんだニャ?」
「自分よりも上の人がいるって知って、ショックを受けてるんじゃない? ほら、クラーラって自信過剰だから」
「でもでも、それに見合うだけの……」
「知識も技術もあるよ。だから余計に、上がいるって知ってショックなのよ」
マタタビは必死に弁護しようとしていますが、クラリスは容赦なく、わたしに追い討ちをかけます。
当のわたしは、両膝をこれでもかと握りしめながら、わめき散らして八つ当たりしたいのを必死に我慢しています。
「で、どうすんの? 受ける? 受けない?」
「受けます。魔石の加工法も、霊子力バッテリーとやらも、わたしにとっては必要な知識ですから」
わたしは悔しさを必死に押さえ付け、未知の知識を得ることを選択しました。
あの老人たちには、現在では失伝している魔導知識がある。
それはおそらく、かつて空から落ちてきて古代カガク文明の発展の基礎となったと伝えられている伝説の魔導書、グリモワールに起因するもの。
知らないことがあれば、どんなに屈辱でも教えを乞う。わたしを魔道の天才足らしめているのは、ギフトよりも知識に貪欲で、素直なこの考え方が理由として大きいのです。
とまでは言わず、わたしは体ごとクラリスの方を向きました。
「毎年ここを襲ってくるヤマタノオロチ……だっけ? 聞いた限りだと、ドラゴンなんだよね?」
「あの二人の話では、ヤマタノオロチは一つの胴体に八つの頭、八つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤。体にはコケやヒノキ、スギが生え、八つの谷と八つの丘にまたがるほど巨大で、その腹はいつも血でただれている。ヒドラの近縁種だと思いますが、いくらなんでも巨大すぎます」
「普段は縮んでるんじゃない? ほら、ワダツミのおっちゃんだって小さくなれたし」
「おそらく、違います」
「そうなの?」
「ええ、オオヤシマでは、八とは単なる数字ではなく、数が多いという表現にも用いられます。なので、あの年寄りどもが語った特徴は八つ首のドラゴンの形態を表しているのではなく、ヤマタノオロチという名の一族と、その居住地を表しているのだと思います」
「それなら、そう言えばよくない? あたしらは、そろそろここを襲ってくるヤマタノオロチの迎撃を依頼されたんだよ?」
「何か、別の目的があるんですよ」
曖昧な言い方でうやむやにしましたが、わたしはその目的にも察しがついています。
あの二人は、物欲しそうな目でクラリスを見ていました。霊子力タービンとやらを千年は回せるとも言っていました。
それらを鑑みて推察すると、二人の狙いはクラリスの魔力。
ヤマタノオロチとの戦闘の最中に、何かしてくる可能性が高いです。
「あの二人は信用なりません。なので、ここで出される食事には、口をつけないでください」
「水は?」
「水も駄目です。欲しければ、魔術で何とかしてあげますから言ってください」
先日の疲れが取れていないばかりか、魔力も回復しきっていないのにここまで我慢を強いられたら、普段のクラリスならわたしに食って掛かります。
ですが……。
「……わかった。クラーラの言う通りにする」
意外にもクラリスは、素直に言うことを聞いてくれました。
それで話が一段落ついたと思ったのか、マタタビが恐る恐る……。
「ね、ねえお姉さま方。ちょっと前から、地面が揺れてるニャ」
少し前からわたしも感じていた異常を、律儀に教えてくれました。
それが合図になったわけではないのですが、わたしたちがあてがわれた部屋に、けたたましい音が鳴り響きました。
「ちょっ……! 何よこの音!」
「まるで、怪鳥の鳴き声ですね。うるさいことこの上ありません」
わたしとクラリスは耳を塞いでうるさく感じる程度で済んでいますが、聴覚がわたしたちよりも優れているマタタビは耳を塞ぐと言うよりは押さえ込み、オマケに転げ回って苦しんでいます。
それを見かねたのか、クラリスは音の発生源である天井のスピーカーに……。
「救世崩天! 龍顎破砕!」
アッパーカットのような動作とともに魔力を上へ放ち、天井ごと音の発生源を破壊しました。
それで音は止んだのですが、ガス欠寸前とか言っていたわりに遠慮なく破壊したせいで天井に空があらわれました。
その音で察したのか、クシナダが相変わらずの無表情で部屋に来のですが……。
「破壊音が聴こえましたが、大丈夫です……か?」
視線はすぐに、空が見える天井に固定されました。
人ではなく、感情があるとは思えない魔力で動く人形のクシナダにそんな反応をさせたクラリスはと言うと……。
「ちょっと、クシナダさん! さっきの音は何なの!? あたしの可愛いマタタビちゃんが泣いちゃったじゃない!」
クラリスは泣いてしまったマタタビを抱きかかえて逆ギレし、クシナダを怒鳴りつけました。
それを横目に見ながらベッドから降りたわたしは、穴の真下まで移動して観察を始めました。
先ほどクラリスが放った魔力は、中級魔術一発分。魔術ではない、ただ放っただけの魔力で四枚もの床が貫けたことから、強度は一般的な城壁と大差ないことがわかりました。
それに加えて、魔力を打ち消すような仕掛けがないことも。
「天井のことは、今は追求しません。それより今は……」
「ヤマタノオロチが来たのでしょう? はいはい、行きます行きます。ね? クラリス」
「うん、行く行く。こんな何もない部屋にいるより、でっかいドラゴンをぶっ飛ばす方がよっぽど楽しいから……ねっと!」
言うが早いか、クラリスはマタタビを下ろして代わりにわたしを抱え、両足から魔力を放出して、天井の穴から外へ出ました。
そして屋上に降り立ったわたしたちの目の前には、聴いていた通りのドラゴンが姿がありました。
「クラーラの嘘つき。お爺ちゃんとお婆ちゃんが言った通りのドラゴンじゃない」
「あらあら、こんなに大きなドラゴンが存在するだなんて、夢にも思いませんでした」
アシナヅチとテナヅチが説明した通りのドラゴンは、八つの首を掲げて長者屋敷に迫っています。
普通の人ならパニックを起こして逃げ惑うのでしょうが、魔力を感じ、見ることができるわたしたちに言わせれば、あんなものに慌てる必要はありません。
「あれ、図体だけね」
「ええ、中身はスカスカです」
だってアレ、ただのハリボテですから。
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