5-11
現在、わたしはヨシツネと戦闘中……の、はずです。
それなのにわたしの目に映る景色は、王様との謁見に使われるような薄暗い大広間。その全体を見下ろせる場所、玉座とも言える場所からの景色です。
「随分と、騒がしくなってきたわね」
自分に起きている現象を戸惑いながらも観察していると、わたしと同じ景色を見ている何者かが喋りました。
そのおかげで、わたしが見ている光景も音も、声を発した人物の記憶だと確信できました。
以前、クラリスの魔力を大量に、長時間吸い続けた時と感覚が似ていることから、これはクラリスの記憶かと一瞬疑いましたが、内容からすぐに違うと否定しました。
ですが、この視界と声の主が誰なのかわかりません。
女性だということはわかりましたが、素性まではわかりません。
いえ、わかりませんでした。
「ウィロウ、いる?」
「はい、ここに」
女性が呼んだ名前で、視界と声の主が誰なのかわかりました。
ウィロウと呼ばれた白いロングドレスを着た青い髪の女性は、かつての魔王四天王の一角、青い髪のウィロウでしょう。
その彼女を呼び捨てにし、跪かせることができる存在など、魔王くらいしか思い浮かびません。
つまり、わたしが見聞きしている光景は、タムマロ様に討たれた魔王のものです。
「戦況は?」
「現在、勇者一行を筆頭に連合軍が城壁を攻撃中です。シルバーバインとエイトゥスが、決死隊を率いて迎撃しています」
二人の口調に緊張感はありませんが、どうやらこれは、タムマロ様が西欧諸国の有志によって構成された連合軍とともに、魔王城を攻めていた時の記憶のようです。
「そう……。じゃあここも、もうじき落ちるわね」
「……はい」
魔王は、この時点で勝つのを諦めてたともとれる発言をし、ウィロウも一拍ほど間を置いて、肯定しました。
ですが、この時点でそんな会話をするのはおかしい。
話に聞く魔王の力をもってすれば、この状況からでも逆転は可能だったはずです。
「フローリストの仇、討たせてあげられなくてごめんね」
「魔王様がお気になさることではありません。わっちも、今は亡き姉も。シルバーバインとエイトゥスもこうなるとわかっていて、魔王様に付き従ってきたのですから」
「そう……だったね」
二人の会話は、ちんぷんかんぷんです。
それでも、タムマロ様を旗頭に据えた魔王討伐が誰かによって仕組まれたものなのではないか……と、疑うくらいはしましたが、疑った途端に場面が変わりました。
わたしの意識が入っている魔王は変わらず玉座に腰かけているようですが、目の前にいる人物が変わっています。
その人物は、以前、同じ状況になった時に見た鎧武者。
彼が現れたことで、鎧武者がタムマロ様と同一人物だと気づき、あの時の記憶は、魔王のものだったのだと確信しました。しましたが……。
「戦闘中に、考え事か?」
「……!?」
あの時の、タムマロ様に斬られたと思われるシスターは誰? と、新たな疑問が湧くなり、目の前の光景が急に変わり……いえ、戻りました。
わたしを斜めに切り裂こうとしたヨシツネの斬撃は、リメンバー・ラーサーに埋め込んであるラーサー様の疑似人格が回避してくれましたが、意識が魔王の記憶を見ていたせいか、回避による急加速で一瞬、意識が途切れかけました。
ですが、すぐに戦闘へと集中し直し、急加速時に意識が途切れないよう、ショック・アブソーバーを強化するか、痛みなどで無理矢理意識を維持させる術式を組み込んだ方が良いかもしれません。と、改善点を洗い出しました。
「思ったよりも、余裕そうだな。いや、その余裕を確保するための、全自動戦闘か」
「ええ、わたしは魔術師。頭を使えない魔術師など、魔術師ではありませんから。そう言うあなたこそ、余裕がありすぎでは? 完全とは言えませんが、この魔術はラーサー様の戦闘能力をほぼ再現しているのですよ?」
ラーサー様とアリシア様の家に伝わるペンテレイア流剣術は、剣術とは思えないほど変幻自在。
その起源は、ペンテレイア家の初代当主が領地へと迫る敵から領民を守るため、領地からかき集めたありとあらゆる刃物を敵軍の進路上に突き立て、得物をとっかえひっかえしながら振るったのが始まりだと伝えられています。
その最大の特徴は、剣術そのものに組み込まれているペンテレイア家の秘伝魔術、『武装具現化魔術』によって得られる様々な形状、大きさの武器を、淀みも違和感もなく振るうこと。
動きは変わらず、得物の形状が振るたびに、時には振っている最中に変化するその剣術は無敵と謳われています。
それなのに、ヨシツネは軽々と防御し、受け流し、かわしています。
「もし本物の剣聖が相手だったなら、能力無しでは某でも数合しかもたなかっただろう。だが、その程度なら問題ない」
「言ってくれますね。この魔術は四天王の一人、黒死龍エイトゥスを葬った魔術ですよ?」
「それは重畳。なら某は、黒死龍以上と言うわけだ」
ヨシツネは、まだ勝ったわけでもないのに随分と満足気ですね。
ですが、わたしが押されているのは事実。リメンバー・ラーサーによる斬撃も、隙を見て放つ攻撃魔術や拘束魔術も避けられます。
はた目にはわたしの方が優勢に見えているかもしれませんが、じり貧なのはわたしの方……。
「と、あなたも思っていますよね?」
「……どういう、意味だ?」
「こういうことです。リメンバー・ラーサー、多重発動」
わたしの声に従って、ヨシツネを囲むように十体の鎧騎士が顕現しました。
これがわたしの本命。
クラリスから吸い取った魔力でリメンバー・ラーサーとほぼ同じ術式を組み、隙を見て地面に埋め込んでいたのです。
「これは……分身? いや、違うな。全て、貴女が使っているそれと同質のモノか」
「ご明察です。名づけるなら、ナイツ・オブ・ラーサーでしょうか」
違いがあるとすれば、鎧騎士という形を与えていることくらいです。
ですが、その戦闘能力はリメンバー・ラーサーを使ったわたしとほぼ同等。一対一なら余裕があっても、十一対一ではさすがのヨシツネでも打つ手はないと思います。
「たしかに、これは参った。だが某にも、複数の敵を同時に倒すための技くらい……」
「あるのは知っています。ですが、使えませんよね? あなたはわたしが放った二つの魔法から部下を逃がすために能力を使用し、消耗しているはずです。仮に使えたとしても、クラリスと戦っているオッサンはともかく、他の部下たちはただではすみません。それは、この度の侵攻が完全に失敗で終わるのとイコールです」
故に、ヨシツネはその技を使えません。
何故なら、タムマロ様から聞かされたヨシツネの奥の手は広範囲の空間を圧縮し、さらに解放した時に、爆発的に元に戻ろうとする空間の膨張そのものを攻撃の手段としたもの。
その威力は凄まじく、圧縮の段階でこの浜辺程度の面積なら無に帰し、解放時は、ツシマくらいの大きさの島であれば地盤ごと消滅させるほどだそうです。
ですが、その技自体が脅威として戦略的価値を持つ半面、細かな調整がききません。
高々、半径200メートル程度の小さいバトルフィールドに対して使えるほど、都合の良いモノではないのです。
「なるほど。それを見越しての、二発の神話級魔法か……。いや、待て。某の能力を誰から聞いた?ヒミコ殿からか?」
「いいえ、タムマロ様からです」
「タムマロだと? 貴女は、ヒミコ殿が差し向けた刺客ではなかったのか?」
「それは間違いありません。ですが、わたしにあなたの情報を与えたのは、ヒミコではなくタムマロ様です」
バラしても問題ないと思ったのでタムマロ様の名前を出しましたが、ヨシツネはわたしの予想を裏切って大きく動揺しました。
わたしたちの行く先々に都合の良いタイミングで都合よく姿を現すとは思っていましたが、どうやらあの人は、この件で暗躍していたみたいです。
「……あの小僧、某を謀ったな」
「一応聞きますが、どういうことですか?」
「此度の侵攻そのものが、あやつの謀だったと言うことだ。某ともあろう者が、なんと情けない……」
よほど悔しいのか、ヨシツネは戦闘どころではなくなったようです。
剣は抜いたままですが、攻撃してくる気配がありません。
ゲン軍侵攻にタムマロ様が関わっていると確定して問い質したいと思っていますが、それよりも先に……。
「事情が変わったようですね。では、もう終わりでよろしいですか?」
「ああ、こちらの負けだ。部下たちを連れて本国へ帰る」
「そうですか。ならばこちらも、これ以上は何もしないとお約束します」
「かたじけない」
終わらせることにしました。
それは単純に、限界だったからです。
もし、あのまま戦闘が続いていたら、わたしはナイツ・オブ・ラーサーを制御し続けなければなりませんでした。
それは、苦行の一言に尽きます。
リメンバー・ラーサーだけならともかく、ほぼ同じ魔術をプラスで十も使ったら、いくらわたしでも激しい頭痛に襲われるくらい脳を酷使してしまいます。もしあのまま戦闘が続いていれば、わたしの頭の血管は切れていたかもしれません。
「お、おい! 避け……」
「え? なんて……」
リメンバー・ラーサーを解除するなりわたしに呼びかけたヨシツネの声につられて振り返る際に、足元の影が大きくなっていることに気付きました。
その影はどんどん大きくなり、わたしが上を向いて確認しようとする頃には……。
「……んひゃあ!」
「あ、ごめん。跳びすぎちゃった」
クラリスが降ってきて、わたしの背中に尻もちをつきました。
もしマジカルパッケージまで解除していたら、クラリスのお尻に潰されたわたしの口からは内蔵が飛び出ていたでしょう。
それなのにクラリスは……。
「……クラーラって、クッションの才能があるよね。座り心地が最高」
「ぶっ殺しますよ!? と言うかどいて! どいてください!」
と、抗議してもクラリスは全く悪びれず、お尻だけで軽く跳ねたりグリグリと押し付けたりして、わたしの感触を堪能しています。
「もうちょっとだけダメ? お尻が肉に埋もれる感じが気持ちいいんだよねぇ」
「ダメです! そもそも、あなたの尻が埋もれるほどわたくしは太っていません! それにほら、あなたがご執心のオッサンが、攻撃して良いのかどうか悩んでますよ!」
「あ、本当だ。ダーリンごめーん! 今戻るからー!」
「なぁにがダーリンで……ぐぅえ!」
オッサン……もといベンケイにクラリスの意識を誘導すると、クラリスはわたしを下敷きにしているのを忘れたかのように、オナラでもするようにお尻から魔力放出して飛んで行きました。
おかげでわたしは地面にめり込み、それで生じた怒りでヨシツネに聞きたかったことを忘れてしまい、敵であるヨシツネに、「貴女も、大変だな」と、同情までされてしまいました。
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