5-8
クラーラが全力で戦ったらどれくらい強いのか、あたしは知らない。
トクシマでその一端は見たけれど、それは今も変わっていない。
ゴールデンクラリスと搾取の首輪 (クラーラカスタム)が完成してからは、クラーラが後方支援に徹するようになったのが一番の理由よ。
ただ、拘束系の魔術で相手を動けなくしてから一方的に痛めつける戦法が得意かつ、大好きなのは嫌と言うほど知っている。
だから、今回もそうすると思っているんだけど……。
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫です。だから、彼と取り巻きをさっさと引き離してください」
「そこまで言うなら……やるけどさ」
心配で仕方がない。
ヨシツネたちが上陸した砂浜へ向かう最中も、対峙した今も、クラーラは余裕すら感じさせるいつものすまし顔。
でも、いつもより強く、杖を握りしめていた。
本人は意識せずにやっているんでしょうけど、あれはクラーラの不安と緊張の現れ。あのまま戦いを始めてしまったら、万が一もありえる。
だからあたしはは、クラーラの緊張をほぐすために……。
「きゃっ! ちょ、何をしているのです!?」
「何って、クラーラのお尻を両手で揉んでる」
「どうしてですか!?」
「どうしてって……ムラムラしたから」
「しないでください! ほら、ゲンの人たちもあきれ果てたのか、弓を引くのをやめてしまいましたよ!?」
趣味と実益を兼ねて、クラーラのお尻を揉んだ。
それはもう、指がお尻の肉に埋まるほどしっかりと念入りに。
戦闘の前とは思えないその光景を見たゲンの人たちは、クラーラが言った通り弓に矢をつがえたまま、撃って良いかどうかを仲間の顔をうかがいながら悩んでいる。
それをチャンスだと思ったあたしは……。
「クラリス、いっきまーす!」
とだけ言い残して、足の裏から魔力を放出して「待ちなさい変態!」と叫ぶクラーラを置いて一気に加速。ヨシツネのすぐ後ろにいる武器を何本も背負った大柄の、オオヤシマ風の僧侶に似た格好をした男を殴り飛ばそうとした。
「硬っ……!」
でも、ビクともしなかった。
いくらゴールデンクラリスを使ってなかったとは言え、全体重と全加速エネルギーを乗せたあたしの右拳を、大男は難なく受け止めた。
しかも腹、鳩尾付近で。
そこ、鍛えるのは無理なはずなんだけどなぁ。もしかして、服の下に鎧でも着けてる?
と、疑ったけど、次の一手を打つ方が先だと考えて……。
「ベンケイ。その娘は任せるぞ」
「承知いたしました」
右拳を引くと同時に左足を地に着けたら、ヨシツネはベンケイと呼んだ大男と部下を残して、空間の裂け目の中に消えてしまった。
どうもあの二人は、あたしたちの目論見にのってくれるみたいね。
あたしたちの実力に大雑把なあたりをつけて、これ以上兵力を削がれないように大将と副将の二人で片付けようと考えたんでしょうけど、あたしには残された部下たちを見逃す気はない。
だってこれ、戦争だもん。
「救世崩天! 巨神踏破!」
あたしはゴールデンクラリスを発動し、大きく振り上げた右足を大量の魔力でおおって着地させた。
ベンケイは立ったまま脛まで砂浜にめり込んだし、その後ろにいた十数人も踏み潰せた。
でも、これで終わりじゃない。
「か~ら~のぉぉぉぉ!」
お爺ちゃんが創始した救世崩天法は、魔力を魔術に変えずに必殺の武器とすることを目的に考えられた武術。
あたしと同じで魔術を扱う才能がなかったお爺ちゃんが、それでも強くなろうと人生のほとんどを費やして築き上げた無敗の拳。
その真価は対軍、対大型生物戦でこそ、最も発揮される。
「爆華! 双道掌!」
両手の平に集めた魔力を前方へ向け放射状に放つ爆華双道掌は、巨神踏破の踏み込みから始まる対軍コンボの二手目。
大抵の場合はこれで百人くらいは吹っ飛ばせるんだけど、目の前で微動だにしないベンケイに遮られて、数十人程度しか吹き飛ばせませなかった。しかも、怪我はしたけど生きてるっぽい。
ならばと……。
「……良い判断でござる」
「そりゃどうも」
三手目で、爆華双道掌を放つために付き出した両腕を左右に開く動作と共に、前方百八十度の範囲を薙ぎ払うように魔力を放つ『光翼斬掌』を使おうとした。
いや、使ったんだけど、背筋を走った悪寒にしたがって後ろへ飛び退きながらだったから、目眩まし程度にしかならなかった。
「オジサン、強いね」
ベンケイあらためベンケイオジサンはあたしの攻撃を真正面から受けたのに、傷一つ負っていない。
それどころか、服すら破れていない。
魔術で防御した? と、予想したけどすぐに、「いや、それはない」と、否定した。
だってゴールデンクラリス状態のあたしの攻撃は、魔力を帯びたドラゴンの鱗すら砕くんだもの。それなのに、ワダツミのおっちゃんはおろか、アワジで遭遇したドラゴン以下の魔力しか感じないベンケイオジサンに全く効いていない。
だとするなら、ベンケイオジサンが防御に用いたのはギフトか、転生特典による能力。
攻撃している最中、微動だにしなかったことを考えるとギフトの可能性の方が高い。
「動いてない間は、いかなる攻撃も通さないギフト。って、ところ?」
「正解でござる。ヨシツネ様につけて頂いた名は『衣川お堂仁王立ち』。お主が言った通りの能力でござる」
「長い名前ね」と、呟くと同時に、厄介だと思った。
たった数合とは言え、攻撃したことでベンケイオジサンの防御力がワダツミのおっちゃん以上だと確認できたからよ。
だけど、それは戦闘面での厄介さ。
あたしが本当に厄介だと思ったのは……。
「オジサン、良い男ね。モテるでしょ?」
「おかしなことを言う娘でござるな。拙僧などより、ヨシツネ様の方がはるかに美男子でござるぞ?」
「またまた~、謙遜しちゃって。その鍛え上げられた筋肉とか最高じゃない。もし敵同士じゃなかったら、今晩どう? って、誘ってたわ」
「ほ、本当でござるか?」
ベンケイオジサンの見た目が、あたしの好みにドストライクだったこと。
先のセリフも、色仕掛けで油断させようと考えて言った訳じゃなく、本心から。
あたしは女の子が好きだけど、同性愛者じゃない。女の子も好きなだけ。
いわゆる、両性愛者。
だからあたしは、男になる前に女としての快楽も経験しておきたいと常々思っていたの。そんなあたしの目の前に、好みの男が現れたんだから、性欲に火がついて当然でしょ。
「ホント、ホント! その厚い胸板を見てるだけで興奮するし、そのぶっとい両腕で潰れそうなくらい抱き締められたらそれだけで果てちゃいそうだわ」
「し、しかし、拙僧はハゲで……」
「しかもハゲ!? 最高じゃない! 持久力も期待できそう!」
筋骨粒々で精力絶倫と聴いたら、お姉さまだったら絶対に顔に出すほど嫌がる。
あたしだって、実際にそんな男に抱かれたらそう思うようになるかもしれない。
でも、未経験な今は鼻息を荒げて、「ナニの大きさまでは服の上からじゃわからないけど、そこは並でも良い。だってあたし、知識とテクはあるけど経験は無いから、デカいのはちょっとばかし怖いのよ。あ、もちろん、デカくても良いのよ。要は、大きさを気にしないってだけ。ただし小指大程度だと、さすがに少しガッカリしちゃうか……」と、心の中で呟いてい……。
「なぅばぁ!?」
たんだけど、後頭部に……痛みの感じ的にウィンド・フィストかな? が、直撃して砂浜に突っ伏してしまった。
砂浜から顔を引き抜いて後ろを見てみると、クラーラが右手をこっちへ向けて「見境がないのですか!」と、叫んでいた。
「だ、大丈夫でござるか?」
「大丈夫、大丈夫。オジサン、見た目どおり優しいじゃない。モテないなんて、嘘でしょ?」
「本当でござる。その……ヨシツネ様のせいにするわけではござらんが、拙僧が常にヨシツネ様のそばに控えているからか、女人はヨシツネ様の方にばかり……」
「なるほど。チラッとだけ見たけど、あの人って結構な美形だもんね。外面だけしか見ない女なら、一目でコロッといっちゃうでしょうよ」
「ヨシツネ様は外面だけではござらぬ! 文武両道で身分の低い者とも対等に接し、弱きを助け、強きをくじく真の英ゆ……うばぁはぁ!」
せっかくあたしとベンケイオジサンの距離が縮まりかけていたのに、「ほ、誉めすぎだ馬鹿者!」と、顔を真っ赤にして叫びながらヨシツネがベンケイオジサンの顔に鞘を投げつけたせいで、中断してしまった。
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