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海が三割、敵船が七割。
それが、ヒミコさんの依頼を受けてツシマへ到着 (もちろん船は難破)した三日後の朝に、あたしとクラーラが目にした光景だった。
だけどその光景は長くもたず、次の瞬間には巨大な火球が敵船団を襲っていた。
そう、クラーラが『広域殲滅魔法』を使ったの。
でも火球は敵船団の前衛を消し炭にしたけれど、後方の主力と思われる船団に被害がない。
それを不審に思ったあたしは、クラーラの様子を横目で確認した。
クラーラが距離や範囲の設定を間違えるとは思えないから、別の魔法を試すためにわざと前衛だけを攻撃したんじゃないかと疑ったの。
「おっと、わたしとしたことが、距離設定を間違えました」
どうやら、疑いは現実のものになりそう。
クラーラはセリフが棒読みだし、まったく悪びれていない。
マタタビちゃんに、「こ、この世の終わりみたいな光景だニャ」と、言わせるほどビビらせたのに飽きたらず、まだ何かやるつもりみたいだから、一応は釘を刺しておこう。
「ところでアレ、津波は大丈夫? ちゃんと対策してる?」
「ここは高台ですので、平気だと思いますが?」
「いや、駄目でしょ。みんな避難したとは言っても、下には漁村があるんだよ?」
「わたしが住んでいるわけではないので、どうでも……」
「良くない! 避難した人たちが帰ってきたときに困るでしょ!」
クラーラは薄情すぎる。
あたしたちにとっては赤の他人だけれど、避難して行く人たちの悲痛な顔や、不安で押し潰されそうになりながらも泣くのを我慢してた子供たちの顔を見たら、普通はそんなこと言えない。それを少しでも伝えようと、クラーラを睨んだ。
それを、心底どうでもよさそうな顔で受け止めたクラーラは……。
「心配せずとも、津波ならあちらがどうにかしますよ。ほら、そう言っている間にも……」
「あ、津波が真横に切れ……いや、斬った?」
「あの軍の指揮官であり、ゲン軍総帥のチーンギ・スハンの……いえ、神具の能力です。名は、空間掌握。おそらくですが、ソドムに被弾した船の兵たちも、その能力で逃がしたと思われます」
「やけに詳しいじゃない。誰かに聞いたの?」
「あなたが暴飲暴食をしている時に、タムマロ様からお聞きしました」
あたしが知らないところでクラーラとアイツが会ってて、しかも今回の件で暗躍していたと知って、かつてないほどムカついた。
それでもあたしは何度も深呼吸して自分を落ち着かせて、クラーラがアイツから聴いていそうなことを聞き出すことにした。
「他に情報は?」
「そのチーンギ・スハンが、オオヤシマを追い出された転生者だという話も聞きました。何でも彼は、オオヤシマの統一戦争時に、五大国側に味方した数少ない転生者の一人だったそうです」
「それで負けたから、追い出されたってわけ?」
「死んだと、思われていたそうです」
死んだと思ってた人が、国を起こして復讐に来た。
そう考えるのが自然だけれど、だとすると津波を斬ったのが不自然だと思えた。
だってあのまま放っておけば、津波はツシマを襲っていた。仮に、軍隊単位で迎撃準備をしていたとしたら、あの津波はゲンにとって有利に働いていたはずだからよ。
それなのに、そのチーンギ・スハンは津波を斬って無力化した。それが、不思議で仕方がない。
でも、クラーラはそうじゃないみたい。
「タムマロ様の話では、彼がオオヤシマにいた頃の名は『ヨシツネ』。愛国心の塊のようだった人だったとか」
「だから、津波からツシマを守ったの?」
「そうだと思います」
「だったら、チーンギ……呼びにくいわね。ヨシツネの目的は、ただの侵略じゃないね」
クラーラは相変わらずどうでもよさそうだけれど、あたしは複雑な気分になった。
仮にヨシツネの愛国心が変わっていないのなら、目的はオオヤシマを転生者から解放する事。少なくとも、民衆への被害は少ない。あたしは、そう思ってしまった。
思いはしたけれど、「侵略には変わりない……か」と、思い直して、そう言った。
「ええ。ヒミコも、タムマロ様からヨシツネの情報は得ていたはず。にもかかわらず、わたしたちに依頼したということは、彼の愛国心は、統一されたオオヤシマにとっては害悪でしないと判断したからでしょう」
「国を愛する者同士の争いか。なんだか、やるせないね」
「ですが、依頼は依頼です。引き受けたからには、全力で潰します。良いですね?」
「うん、良いよ。やろう」
あたしは、戦うことを選択した。
その決意を感じ取ってくれたクラーラは、繋いでる手に力を込め、かつてないほどの量の魔力を吸って、詠唱を始めた。
「我、願い奉る。風を吹かせたまへ。日の本に仇なす敵を一掃し、殲滅し、壊滅せしめる神の威徳を示したまへ。日の本を守護せし、神の腕を顕現させたまへ……」
でも、詠唱を終えてあとは魔法名を唱えて発動するだけになっても、クラーラは魔法を発動しようとしない。
眉根を寄せて首を傾げ、何か考えている。
「どうかしたの?」
あたしが問いかけても、クラーラはゲンの船団を見つめるだけで、魔法を発動しようとしない。
もしかして、発動したら何が起こるかわからないから?
詠唱がオオヤシマ語だったから、オオヤシマに来て新たに覚えた魔法なんでしょう。でもクラーラなら、魔導書を見ればそれがどんな魔法なのか一目で看破できるはず。
それなのに、クラーラは発動を躊躇し……いや、躊躇させられた? たった今クラーラが詠唱した魔法は、クラーラでさえ理解しきれないほど難しい魔法なの?
それとも、クラーラですら発動を躊躇うくらい、強力なのかしら。と、不思議に思っていたあたしを気にも留めず、クラーラは魔法を発動した。
「……『護国滅敵魔法』」
その途端に風が吹き荒れ始め、敵船団の上空にとぐろを巻いた巨大な蛇……いえ、ドラゴンに見間違えてしまいそうな雲が現れて、豪雨と雷を落とし始めた。
それだけなら、運が良い船は助かったかもしれない。
だけどそれを許さないとでも言わんばかりに、光でできた無数の鳥たちが容赦なく体当たりをして、運よく沈まずに済んでいた敵船を次々に沈めた。
その光景を見ながら、「オオヤシマ人の考えることは、理解できません」と、クラーラは心底呆れたように呟いた。
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