5-4
知らない異国の地で、美少女が男たちに拉致される。
このフレーズだけで、後に口に出すのもはばかられるような展開が予想できる。
あたしはお姉さまには惜しくも及ばないけど間違いなく美少女だし、胸の大きさはクラーラと比べれば慎ましいけど、他のパーツはそれを補って余りあるほど美しい曲線を描いている。お姉さま風に言うなら、オッパイがデカい方が不自然なのよ。
そんなスレンダー美少女であるあたしを男たちが拉致したら、やることは決まっている。
きっと欲望のままに、あたしの体を隅から隅まで、集団で凌辱するわ。と、覚悟していたんだけど……。
「何? この高待遇」
拉致された先は、ブリタニカ王国で言うところのチャペルと似た役割を持つ……って、アイツが言ってた、ジンジャに似た外観を持つ宮殿だった。
あたしは連れて来られるなり宮女っぽい人たちにお風呂で全身を洗われ、その子たちと同じミコ装束とやらに着替えさせられて、今は豪勢な料理に囲まれて舌鼓を打っている。
しかも用意された食事は、あたしの好みを調べて用意したかのようにあたし好みだった。
「え~っと、これが生魚の切り身……サシミーで、こっちがヤキトーリだっけ? ねえ、お姉さん。これは? この、大鍋で煮てるやつ」
「牛の小腸のもつ鍋でございます」
「ほう、牛の小腸とな? それってつまり、牛の内臓を煮込んでるのよね?」
「左様でございます」
ドイッツェン帝国のブルストみたいに、内臓に肉を詰めるのではなくて内臓そのものを料理して食べる習慣を、あたしは不思議に思った。
思ったけれど、食べてみると見た目以上に油がプリップリで柔らかく、それでいて歯応えもある食感が気に入った。
「こっちの赤くてピリ辛のヤツは?」
「スケトウダラという魚の卵巣を辛子などで漬け込んだ、メンタイコでございます」
「またもや内臓。しかも、魚の内臓か。クラーラが見たら気持ち悪がって食べなさそうだけど、これも良い。ショーチューとかいう、この国独特のお酒と相性が良いわ」
あたしは女将さんから、料理の感想は何でもいいからとりあえず言うようにしとけと教えられている。
以前クラーラは、「どこぞの料理評論家ですか?」と、呆れ顔でツッコんでいたけれど、あたしはすっかり癖になっちゃってるから、律儀に料理にコメントをしている。
あ、ちなみに。お酒は成人してからという法律はオオヤシマにもあり、オオヤシマ人の目にも未成年に見えるあたしに、宮女さんは最初、お酒を出そうかどうか迷っていた。
だけど、ブリタニカ王国では十五歳で成人扱いで、飲酒もオッケーだと伝えたら、あっさりと出してもらえた。
「じゃあこれは? この変なニオイがする白いスープにパスタが入ったヤツ」
「ハカタ名物、ハカタラーメンでございます。スープを豚の骨から取るため、とんこつラーメンとも呼ばれています」
先の二つも十二分にあたし好みだったけれど、これが一番気に入った。
だからなのか……。
「スープは見た目に反して濃厚でまろやか。パスタ……じゃない。メンは細めのストレートでのど越しが良く、スープにもしっかりと絡むし、信じられないくらい柔らかく煮込まれたチャーシューって具材も良く合ってる。それに、最初は臭いと思ったニオイも、五杯目を食べ始めた今では癖になってるわ」
と、早口でいつも以上にコメントをしてしまった。
そんなあたしを感心半分、呆れ半分で見ていた初老の女性は……。
「よう食べるねぇ。そげん気に入ったと?」
「うん! 気に入った! だからもっと持って来て!」
「そ、そうかそうか、そりゃ良かった。なら、もっと持って来らしぇよう」
たしか、オオヤシマ風に言うならハカタ弁……だったかな? で、喋る女性は、「まだ食うのか」と言わんばかりに驚愕した表情を浮かべながらもなんとか平静を保って、宮女さんに命じた。
そしておもむろに、初老の女性は食事に夢中になっていたあたしに……
「ところでクラーラよ。お前に頼みがあるっちゃけど、聞いて貰えるか?」
「うん、良いよ。あ、でもその前に訂正。あたしの名前は、クラーラじゃなくてクラリス」
「何? では、クラーラは……」
「あたしの名前を騙って逃げたもう一人の方」
あたしの答えが予想外だったらしく、初老の女性は「ピシ!」っていう擬音が聴こえてきそうなほど見事に固まってしまった。
怒ったかな? と疑ったけど、その怒りはラーメンを食べ続けているあたしにではなく、「ギギギギ……」と、音が聴こえてきそうな動きで顔を向けた、あたしを拉致した連中のリーダーだった男に向いているみたい。
「も、申し訳ありません! ヒミコ様! で、ですが……」
「言い訳はよか。謝る暇があるなら、本物んクラーラば連れて来んしゃい。イヨを連れて行っても構わん」
「かしこまりました!」
オオヤシマ伝統の謝罪ポーズ、ドゲザをして謝罪し、部屋を出て行った男を尻目に、「高飛車そうな外見とは裏腹に、このヒミコって人は意外と懐が深いわね」と、感想を内心呟きながら、あたしは食事を続けた。
「優しいですね。話に聞く魔王なら、失敗した部下は首チョンパだったはずですよ?」
「わらわは魔王とは違う。それと、失敗を許さんかったんはエイトゥスばい」
エイトゥスって言うとたしか、かつての魔王四天王の一角にして、魔竜軍を率いた黒死龍エイトゥスね。
彼と、四天王筆頭だったシルバーバインに加え、『紅い瞳のフローリスト』と『青い髪のウィロウ』で四天王を構成していたって、昔アイツから聞かされた覚えがある。
「それより、すまんかったね。タムラマルから聞いとった話と違い過ぎる時点で、疑うべきやった」
「こんなに美味しい料理をご馳走してくれたのに文句を言ったら、罰が当たりますよ。と言うか、タムマロと知り合いなんですか?」
「知り合いて言うよりは、未来ん息子候補か。養子ではあるが、わらわん跡継ぎであるイヨん婿にしたかとだばってん、のらりくらりと逃げ回っとぉんばい」
「……好きな人がいる。とか言って?」
「よう知っとぉやなか。そう、タムラマルはよりにもよって、遊女に誑かしゃれていまだにフラフラしとぉ……と、すまん。そん顔ば見るに、奴が惚れとぉ遊女は、お前ん知り合いんようばい」
「まあ、ね」
自覚はなかったけれど、あたしは露骨に顔を歪めていたみたい。初老の女性改めヒミコさんは、あたしと件の遊女が知り合いだと察っするなり、謝ってくれた。
もし流れで、ヒミコさんがお姉さま侮辱しようものなら殴りかかっていたかもしれない。
だけど素直に謝られたことで、ヒミコさんが口にしたセリフが、あたしを妙な気分にさせ……。
「そのイヨって人は、タムマロのことが好きなの?」
あたし自身、どうしてそんな質問をしたのかわからない。
でも、質問せずにはいられなかった。もしそうしなかったら、あたしはきっと、ずっと悶々としていたと思う。
「好きどころか、ベタ惚ればい。あやつが追放という名目で魔王討伐んためにこん国ば離るぅことになった時など、一緒に着いて行こうとしたほどばい」
「へぇ、そうなんだ」
ヒミコさんの答えを聞いて、あたしの胸中に今まで抱いたことのない感情が湧いた。
でも、これがどんな感情なのかわからない。
あたしはタムマロのことを、お姉さまの仇だと思っている。
それなのに、アイツに想いを寄せる女性がいると知って、妙にモヤモヤしているし、ムカついてる。
もしかして、これは嫉妬? あたしは知らず知らずの内に、アイツに惹かれてた? いいや、それはない。絶対にない。
確かにタムマロはお金持ちだし、勇者という不動の地位もある。さらに、世間一般の基準で言うとイケメンの部類。独身の女からしたら、これ以上ないと言って良いくらいの優良物件だと思う。
それでも、あたしがアイツに惚れるなんてあり得ない。
見た目は好みじゃないし、顔を見るだけで心臓がうるさくなるくらいイライラするし、声を聴いたら、顔が熱くなるくらいムカつくもの。
「あの三流勇者、お姉さまというものがありながら……」
だからあたしはそう呟いて、この感情はお姉さまに惚れていながら他の女に言い寄られていたアイツに対する怒りだと、自分に言い聞かせた。
だからこんなにも、今すぐアイツの所へ行ってぶん殴ってやりたいと思うほど、あたしはイラついているんだと、思い込もうとした。
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