5-2
マタタビちゃんが仲間になって、わたしたちの旅は快適さを増した。
最も変わったのは食事。
マタタビちゃんは料理上手だから、保存食を美味しいなんてレベルではなく、料理と呼べるレベルまで昇華させてくれるし、狩りも得意だから魚や獣を捕ってきて旅の道中とは思えないほど豪華な食事を用意してくれる。
ただしそのせいでクラーラは、この一週間ほどで少し太った。
本人も自覚があるらしく、「この魔術とこの魔術を組み合わせれば……。ああ、これでは干物になってしまいます……」などとブツブツ言いながら、ダイエット用の魔術を創作している。
「クラーラお姉さまは、クラリスお姉さまみたいに運動とかしないニャ?」
「しないしない。クラーラって、基本的に動くの嫌いだから」
旅暮らしをしていれば、ただ移動しているだけでも運動量は凄い。体重なんて気にする必要もないわ。
実際、あたしはマタタビちゃんの料理を食べても体形は全く変わっていない。変わらなすぎるから、寝る前のトレーニングを減らそうかと考えているほどよ。
それなのに、あたしより食べる量が少ないクラーラが何故太るのか。
その理由は、クラーラが常日頃から使っている……。
「マジカル·パッケージ、使うのやめたら?」
「嫌です! アレを使わないと、荷物の重量で潰れてしまいます!」
そんなだから太るのよ。
と、思いはしても、クラーラは「今やこれがなければ、日常生活にも支障がでます」とのたまうくらい依存しているから言っても無駄だと思って、口には出さなかった。
「こりゃ駄目ニャ」
「そうね。ところでハカタには、明日には着くんだっけ?」
「そうニャ。だから、今日は早く寝た方が良いニャ」
「だね。じゃあクラーラ、テントとベッド出して」
あ、そうだ。あたしに限定されるけど、マタタビちゃんが仲間になって食事並みに変わったことがもう一つあった。
あたしたちは野宿をする場合、風と木の混成魔術、簡易天幕魔術と、快眠寝床魔術を設置して野宿してるんだけど、クラーラが抱き着かせてくれないから今一つ安眠できていなかった。
それを解決してくれたのがマタタビちゃん。
マタタビちゃんはものすごく柔らかくて寝顔も可愛いから癒し効果が半端ない。しかも一度寝ると、あたしが何をしようが朝まで起きないというオマケつき。
マタタビちゃんのおかげで、あたしはグッスリと眠れるようになって肌のツヤも良くなったわ。
「もう寝るのですか?」
「そりゃあ、明日は早めに出発するからね」
「どうしてですか? 娼館の開店時間の都合ですか?」
「それもないことはないけど、ハカタを散策したいって言ったのはクラーラじゃない。だからその時間を作るために、今日は早めに寝るんだよ」
もしかして、忘れてた?
ダイエットのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた?
いや、そうに違いない。実際にクラーラは、あたしの言葉でそれを思い出したようで、右手で左手の平のポンと叩きながら「あ、そうでしたね」などと言っている。
「ハカタは、この国が統一されてオオヤシマって呼ばれるようになる前は、ヤマタイって国の首都だったんだよね?」
「そうです。しかもその国は、オオヤシマでも有数の魔術……いえ、呪術大国だったらしいので、その国ならではの魔道も多く存在します。ですから……」
クラーラは散策したかったんでしょ? だったら、さっさとと寝床を用意してクラーラも寝なさい。と、ダイエット用の魔術をぶつくさ言いながら再度創ろうとしてたクラーラを言いくるめて眠りにつき、翌日の昼前にハカタに着いたんだけど……。
「ごめんなさいニャ。たぶん、うちのせいだニャ」
「いや、マタタビちゃんのせいじゃないよ」
ハカタに足を踏み入れるなり、クラーラ曰くオオヤシマでは神職に就く人が着るショウゾクと呼ばれている服装をした集団に囲まれた。
マタタビちゃんにはああ言ったけど、あたしは最初、魔描族を排斥しようとしている連中かと疑った。でも、すぐに違うとわかった。
あたしたちを取り囲んでる集団の視線は、クラーラに向いている。魔猫族の特徴である耳と尻尾を頭巾とキモノで隠しているとは言え、見る人が見れば魔描族だとわかるマタタビちゃんには目もくれない。
あたしたちを囲んだ人たちの大半は浅黄色や白いショウゾクを着ているけれど、一人だけ紫に紫紋の人がいる。
「不躾とは存じ上げますが、クラーラ様とお見受けしました。間違いございませんか?」
紫に紫紋のショウゾクの人が一歩前に出て、クラーラに質問……と、言うよりは確認をした。
コイツら、クラーラに何の用? クラーラはその魔道の才でブリタニカ王国やその周辺国では有名人だけど、オオヤシマまで名前が轟いてるとは思えない。
でも、こいつらの目的はクラーラだから、相手もクラーラにお任せするとしましょう。
「……いえ、人違いです。わたしはクラリス。クラーラは隣の痴女です」
クラーラに任せるべきじゃなかった。
それがあたしを怒らせる行為だと知っていながら、あたしの名を騙りやがった。
あたしにとって、名前は宝物。
軽々しく騙ろうものなら、クラーラでも許さない。
それでもあたしは、クラーラは何か考えがあってそうしたんだろうと思って、怒りを必死に抑え込んで趨勢を見守ることに……。
「彼女が? ですが、我らが聞いた特徴と違いすぎます」
「ちなみに、どんな特徴ですか?」
「鈍器を持った巨乳シスターと、とあるお方からお聞きしています。そちらのお連れ様は、その特徴から逸脱しています。シスターではありませんし、胸などまっ平らではありませんか」
した途端に、紫に紫紋の人の言葉で怒りのボルテージが一瞬でMAXになった。
ちなみに、いけしゃあしゃあとクラーラが出鱈目ぶっこいてるの聞いていた間のあたしは、頭の中で「あれ? これって、喧嘩売られてる? 売られてるよね? よし、じゃあ買ってやる。そりゃあ、たしかにあたしは胸が小さいわ。でも、少しは有るの。クラーラと比べたら泣きたくなるほど小さいけど、確かに存在してるのよ。それをまっ平らだなんて、殺されても文句を言えないほどの暴言だわ」と、頭の中で早口で言っていた。
「コイツら、ぶっ殺……!」
「土よ、拘束しなさい。土鎖拘束魔術」
「ちょぉっ! 何すんのよ!」
怒りに流されるままに殴ろうとした途端、クラーラに魔術で拘束された。
しかも、魔力封印の術式まで編み込んであるみたいで、完全に身動きが取れない。
ちなみにマタタビちゃんは、あたしが拘束される前に逃げて、路地に隠れちゃったみたい。
「このクラーラが何をしたかは存じませんが、無乳で色気も皆無で男性から見向きもされないこのクラーラの不始末は、旅の同行者であるわたしの責任でもあります。なので、どうぞ連れて行ってください。連れて行った先で拷問しようが強姦しようが輪姦しようが、わたしは関知いたしませんので」
「裏切ったわねクラー……ふぐぅ!?」
クラーラは名前を言われる前に、土の鎖であたしの口を塞いだ。
ここまでされたらあたしも黙っているわけにはいかないから、ゴールデン・クラリスを発動して力付くで拘束から逃れようとしたんだけど、紫に紫紋の人があたしの体中に紙切れをペタペタと何枚も貼られたら、魔力がまったく出せなくなった。
「ご協力、感謝いたします」
「あら、それは封印の護符ですか?」
「ご存知なのですか? これは我らが姫巫女様が独自に開発された物で、門外不出なのですが……」
「ええ、以前。タムマロ様がお持ちになっているのを見たことがあるのです。わたし、勇者様と懇意にさせていただいておりますので」
「タムマロ? ああ、タムラマル殿のお知り合いでしたか」
なるほど、封印の護符か。
だから魔力を解放しようとしても、微塵も魔力が出せなかったのね。と、納得してる場合じゃない。本当にヤバい。
でも、魔力が使えず身動きも取れない、ただ連行されるだけのあたしにできることは……。
「|クラーラふはぁーは!》! 助けてよ!」
「何を言ってるのかわかりませんので、とっとと連れて行っちゃってください」
助けを求めるくらいなんだけど、クラーラは無慈悲に切り捨てた。
ちなみにあたしは、ただ助けてほしいがためだけに助けてと言っているわけじゃない。
今はまだ大丈夫だけど、このまま距離が離れちゃうと……。
「ふぇぶっ……!」
首輪の有効範囲から出ると魔力が吸えなくなり、マジカル・パッケージが使えなくなってクラーラが荷物に潰されるから。
首輪はあたしの魔力が封印されていても魔力を吸えるんだけど、半径200m内にいないと吸えないという制約がある。
それを、作ったクラーラ本人が忘れていたと知って、呆れを通り越して絶望してしまった。
「ちょ、クラ……クラリ……」
今度は逆に、荷物に潰されてしまったクラーラがあたしに助けを求めたけれど、聞こえていないふりをするばかりか、抵抗までやめた。
使ったのが別の拘束魔術なら話は違ったでしょうけど、クラーラがあたしを拘束するために使ったのはアース・チェイン。
だから魔力が吸われなくなった今も、あたしを拘束し続けているから動けない。
まあ、術式は解けて土の塊になっているから抜け出そうと思えばできるんだけど、それでも、あたしの名前を騙ったクラーラへの意趣返しをかねてあたしを担いで運ぶ人たちに身を任せた。
でも、捨て台詞くらいは吐いておこうと思って……。
「ざまぁみろ」
と、一言だけ言い残した。
それが聞こえたわけじゃないんでしょうけど、荷物に圧し潰されているクラーラは精一杯声を張り上げて……。
「う、裏切り者ぉ~!」
と、寝言をほざいた。
読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
ぜひよろしくお願いします!




