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クラーラがいない間の訓練は、怖くなるほど調子が良かった。
毎日ボコボコにされたけれど、お爺ちゃんだけに集中すれば良かったからか、骨が三~四本折れる程度で済んだ。
クラーラがいなければあたしは順調に実力をつけて、免許皆伝かつ、お爺ちゃんのしごきに耐えきった者に与えられる二等武神の称号を貰って旅に出られると、一か月間まったく音沙汰がなかったクラーラがあたしの部屋を訪ねて来るなり「明日から訓練に復帰します」と、言うまでは思ってたわ。
「本当に、明日から訓練に復帰するの?」
「ええ、します。何か不都合でも?」
「ないけど……」
また、一ヶ月前と同じことを繰り返す日々が始まるのかと考えたら、否応なく気分が重くなる。
「それよりもクラリスさん。服を脱いでください。もちろん、下着も」
「はいはい。わか……はぁ!? どうしてあたしが、クラーラの前で全裸にならなきゃいけないのよ!」
「必要だからです。ああ、ご心配なく。ちゃんと女将さんに、あなたを買う名目でお金を渡しています。つまり、あなたは明日の朝までわたしの物です」
「いやいや、あたしはまだ娼婦じゃないから。デビューしてないから。それに、極々稀にいる変態対策で、あたしの代金ってかなり高く設定してあるんだよ? 具体的に言うと、ブリタニカ大金貨一枚。そんな大金を払ったって言うの?」
「そんな大金、持っているわけがないじゃないですか。タムマロ様に、クラリスさんと内密で打ち合わせがしたいので場所を用意してくださいと言ったら、ここの代金を払ってくださいました」
「打ち合わせのためだけに、大金貨一枚払ったの? 馬鹿なの!? そのお金で、庶民が何カ月生活できると思ってるのよ!」
「普通に暮らして半年。節約すれば一年と言ったところですね。それが何か?」
「違う! そういうことを言ってるんじゃない!」
他人のお金とは言え、使い方がおかしい。と、あたしは遠回しに言ったんだけど、クラーラには理解できなかったみたい。
だって、訓練の打ち合わせくらいなら外でもできた。誰かに聞かれたところで、何の支障もない。
外とここの違いなんて、客以外の部外者が絶対に入ってこれないここの制度と、完全防音で初級魔術程度なら数発は耐えられる結界が張られた壁くらい……いや、そうなの?
それだけ徹底された空間じゃないとできない話を、クラーラはするつもりなの? 他人に聞かれたからって、何の問題もないのに?
「……まずは、これを首に着けてください」
「これ、何? 首輪?」
クラーラが制服のポケットから出してあたしに渡したのは、青い宝石があしらってある以外は何の変哲もない首輪。
それをもう一つ出したクラーラは、躊躇うあたしを余所に自分の首に巻いた。
「これは搾取の首輪。それに、できる限りの改良を加えた物です」
「搾取の首輪? それって、奴隷商人が使ってるやつよね?」
「ええ、そうです。本来の用途は、奴隷の魔力を強制的に奪って抵抗できなくし、副産物である魔石で副収入を得るための物です」
「クラーラは、これであたしの魔力を奪うつもりなの? 手を繋ぐだけで吸えるのに?」
「話は最後まで聞いてください。あなたが言った通りのことをするなら、わたしまで首輪を着ける必要はありません。手を繋げばいいだけですから」
「じゃあ、これに何の意味があるの?」
「簡単に言うと、手を繋がなくてもあなたの魔力を吸えるようにするための物です。もっとも、手に入った中で最も品質が高いこの魔石を使っても、今のままでは中級魔術一発分しか吸えませませんし、半径200メートル圏内にあなたがいなければ作動すらしません」
「それでも凄いじゃん! これで、あたしがそばに居なくてもクラーラは魔術を使えるんでしょ? 大進歩じゃん!」
これで、クラーラに呼ばれてそばまで戻る頻度が減る。それだけであたしの負担と気苦労が減るし、戦術の幅も広がる。
でも引っかかる。
どうして、首輪を着けるためにあたしが全裸にならなきゃいけないの? それにクラーラは、「今のままでは中級一発分」とも言っていた。
「あたしに、何をするつもり?」
「まずは、あなたの成長に合わせて段階的に魔力の封印が解除される術式を肌に直接刻みます。ああ、ご心配なく。刻んだ後は見えなくなります。では、首輪をつけたら裸になって、ベッドにうつ伏せになってください」
「え? あ、うん……」
デメリットが思い浮かばなかったから、淡々とした口調で言うクラーラに従ってあたしは全裸になり、ベッドの上でうつ伏せになった。
少し間を置いて、お尻のあたりに馬乗りになったクラーラは、肩甲骨のあたりに両手をそえた。
「ね、ねえ。何か、背中がチクチクするんだけど」
「術式を刻んでいるからです。我慢できないほどではないでしょう?」
「まあ、これくらいなら……」
騒ぐほどじゃない。それに、最初は不快だったけど、程よい痛みが気持ちよくなってきた。それは一時間ほど続き、気持ちよさから快感に変わり始めた頃に、不意に止まった。
でも、クラーラはそえた手をどけようとしない。
「……クラリスさん。わたしは今から、あなたにとある術式を刻みます。この術式は、首輪で吸える魔力量を増やすために必要不可欠な術式です。この術式を加えれば、上級魔術一発分の魔力をあなたから吸えるようになります」
「だったら、やればいいじゃない。どうして、あたしの了解を取ろうとしてるの? 一か月前のクラーラなら、黙ってしれっと術式を刻んでたでしょ? もしかして、あたしにデメリットがあるの?」
「その通りです。わたしがあなたの身体に刻もうとしているのは、俗に契約術式と呼ばれているものです。これは術者と被術者の双方に制約を課すことで、それに紐づけられた術式の効果を増大させます」
「双方ってことは、クラーラにもデメリットがある。って、ことだよね?」
「はい。この術式をあなたに刻み終わったその瞬間から、わたしとあなたは運命共同体。解呪せずにどちらか一方が死んだ場合、もう一方も死にます」
「うん。わかった。良いよ」
「そうですか。やはり嫌で……は? あなた今、何て言いました?」
「良いよ。って、言ったんだよ」
「どうして即答できるのですか? 死ぬのですよ? 仮にわたしが死んだら、無傷でもあなたは死んでしまうのですよ? わたしの話、理解していますか?」
「ちゃんと理解してるよ。だから、良いって言ったの。だってクラーラはもう、その術式を自分に刻んでるんでしょ?」
「え、ええ、そうですが……。あなたは私が言ったことを、信じるのですか? 双方にデメリットがあると言ったのは出鱈目で、実際はあなたにしかないのかもしれないのですよ?」
「それでも良いよ。やって。お姉さまを蘇らせるための旅に出れるようになるなら、安い代償だよ。それに……」
「それに? それに、何です?」
「クラーラはあたしの友達じゃん。友達のことは信じるよ」
「わたしとあなたが、友達?」
本音を言うと、そう思い込んで納得しているだけ。
クラーラは不愛想&ぶっきら棒で、あたしのことを道具くらいにしか思っていない。
そこは変わっていなくても、何かしらの心境の変化があったんだと思う。そうでなければ、あたしにデメリットを明かすわけがない。
さっき言ったように、黙って自分いだけ有利な術式をあたしの身体に刻んでいたはずよ。
「裏切られたって良い。クラーラがあたしを道具くらいにしか思ってなくても良い。不満に思うことはあるかもしれないし、喧嘩だってするかもしれないけれど、あたしはそれで良い」
そう、本当にそれで良い。
どちらかが死ねばもう片方も死ぬ? 安い代償よ。だって死なず、死なさなければいいだけなんだもの。
あたしとクラーラはある意味恋敵なんだから、裏切られることもあると思う。
でも、それで良い。
そうなったらなったで、あたしも相応に仕返しすればいいだけだもの。
道具扱いでも良い。
だってあたしは、自分の魔力を扱い切れてないんだもの。余ってる魔力をクラーラが有効活用して旅が楽になるのなら、それは願ったり叶ったりだわ。
「あれ? クラーラ、もしかして泣いてる?」
「泣いて……ません」
「でも、あたしの背中に何かポツポツよ落ちてるよ? これって、クラーラの涙なんじゃないの?」
「違います。断じて、違います」
違わないと思う。
今も、クラーラの涙と思われるものであたしの背中は濡れ続けている。
きっとクラーラは、今の今まで友達だと言ってくれる人がいなかったんじゃないかな。だから、例え仮初だとしても、友達だと言ってもらえて嬉しかったんだと、あたしは思う。
いえ、そう思いたい。
そしてクラーラは、十分近くあたしの背中を涙で濡らし、何度か鼻をすすってから、おもむろに「……では、術式を刻みます。」と、切り出した。
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