4-5
「役立たず……」
わたしの静止を聞かずに飛び出すばかりか、たった数分しかもたずにやられたクラリスさんを見たら、侮蔑を隠すことができずにそう吐き捨ててしまいました。
わたしの魔力タンクに徹していれば痛い思いをせずに、この訓練も勝って終わらせられたものを……と、有り得たかもしれないIFを考えてもしかたがないとわかっていながらも、考えてしまいます。
それでも、わたしに抜け目はありません。
彼女を止める際に腕を掴んだ一瞬で魔力を吸いましたので、魔術を三つほど発動……。
「あ、あら? どうして魔術が……」
できませんでした。
わたしはは確かに術式を組み、クォン様に対してサンド·チェインとウィンド·フィストを、アリシア様にはにウィンド·チェインを放ちました。
それで、無様に倒されたクラリスさんのそばに行く時間が作れたはずでした。
それなのに、どうしてだか魔術が発動しないのです。
「神具、アンジェリカの指輪。この指輪から半径200メートル以内で発動した魔術、魔法は任意にキャンルできる。それに加え、口にふくめば透明人間にもなれるのよ」
わたしの疑問は、すぐ後ろに突然現れたアリシア様によって解消されました。
解消はされましたが……。
「神具!? そんな物を使うなんて卑怯……!」
神具と聞いて、わたしの疑問は怒りに取って代わりました。
なぜなら、神具とは古代魔法と同規模の奇跡を何のリスクも無しに行使できる、神が造りし道具。転生者が神から与えられてこの世界に持ち込んだ転生特典。チートです。
ギフトのような欠陥品を持たされて生まれたわたしにしてみれば、それは反則と同じなのです。
ちなみにですが、転生特典として与えられる武具や道具は、基本的に与えられた転生者にしか使えません。
ならば、アリシア様は転生者なのか? と、なりますが、所有者が死亡した場合、神具は扱うに見合った力を持つ者を、次の所有者に選びます。
アリシア様があれをどこで手に入れたのかはしりませんが、どこかしらで指輪と巡り合い、所有者と認められたのでしょう。
「卑怯じゃない。あなたは実戦でも、同じセリフを言うつもり?」
「それは……」
「クラーラ。確かにあなたは、魔道においては私の遥か上を行くわ。でも、それだけ。高威力の術で吹き飛ばせば終わりなどと考えているようでは、全ての魔術、魔法を操れようと三流よ」
「ですが、わたしには魔力が……。魔石やクラリスさんがないと……」
「それはわかっているわ。故に、あなたが短い時間で敵を倒そうとするのも理解している。ならば、あなたは魔石がなくても、クラリスが手の届く場所にいなくても魔術が使える方法を模索するべきでしょう? それなのにあなたは、この半年間何もしなかった。クラリスの魔力を無駄に使い、魔法が使えるようになった自分に酔いしれていただけじゃない。そもそも、あなたさっき、何て言った? クラリスを魔石と同じ、物のようにいわなかった? 言ったわよね? 「魔石やクラリスがないと」って言ったわよね? あなたにとっては唯一無二の仲間であるはずのあの子を、アイテムと同列に扱っているじゃない。まずは、その傲慢な考え方から改めなさい」
アリシア様の言ったことは正論。
クラリスさんがいれば好きなだけ魔術や魔法が使えるようになったのが嬉しくて、この半年は覚えている全ての魔術や魔法を使って、使って使って使いまくりました。
でもそれは、才能を持て余し、魔力もないのに魔術学院で飛び級し、首席で卒業したことで囁かれ始めた陰口にも堪えてきたわたしからすれば仕方のない事。
それらを我慢しなくて良くなったのですから、少しくらい酔っても良いじゃないですか。クラリスさんが魔石程度にしか役に立たないのだから、仕方がないじゃないですか。
「不満そうね。でもあの結果は、あなたが招いたと言っても過言じゃない。あなたはクラリスが倒される前に、魔術で彼女を援護すべきだった。そうすれば、勝てないまでも互角に近い勝負はできたはずよ」
「それは、暗にわたしの判断ミスだとおっしゃっているのですか?」
「そうじゃない。クラーラ、あなたはもっと、頭を使いなさい」
「わたしは……!」
十二分に使っています。
それなのに、クラリスさんが言うことを聞いてくれないのが悪いのです。
勝手なことをせず、わたしが言う通り完璧に動いてくれさえすれば何の問題もない。だから、自分は悪くない。
そう思ってふくれっ面を晒してしまうくらい、クラリスさんを信用していませんでした。
「アリシアの嬢ちゃん。そんな遠回しな言い方じゃあ駄目じゃ。この娘には、それじゃあ響かんよ」
「でも、老師。この子の場合は……」
「こればっかりは、当人同士で解決する問題じゃよ。アリシアの嬢ちゃんとソフィア嬢も、昔は似たような仲じゃったろう?」
ソフィア? ソフィアとはもしかしなくても、勇者パーティーに所属していた僧侶、ソフィア・フラン様のことでしょう。
その人のことは、耳にタコができるほど神父様から聞かされています。
司教程度なら楽になれるほどの家柄を持ち、ブリタニカ王国では五人しか認定されていない第一位階エクソシストでもありながら、平民街の片隅の小さな教会の神父におさまった変わり者の神父様が育てた元孤児。
わたしが神父様に拾われる前にタムマロ様にスカウトされて冒険に出てしまったので面識はありませんが、わたしにとっては先輩にあたる人です。
その最後はたしか、魔王四天王の一人だった『青い髪のウィロウ』と相打ちになり、死亡したと聞かされています。
「その名前は出さないで。私はまだ、許してないんだから」
「……まだ、引きずっておったのか? 二人ともすでに、故人じゃぞ?」
「だからよ。あの淫乱シスターはきっと、私がいないのを良いことにあの世でお兄様を誘惑しまくってるわ」
忌々しそうに言いましたが、内心は違うとアリシア様の表情が物語っています。
クォン様は「相変わらず、素直じゃないのぉ」と、呆れたように言って話に一区切りつけさせましたが、そのお顔は子供でも見ているかのように柔らかです。
「ほれ、今日の訓練は終わりじゃ。クラーラの嬢ちゃん。いつもどおり馬鹿弟子を治療してやってくれんか?」
「わかり……ました」
わたしは言われるがまま、クラリスさんの元へと移動しました。
するとそこには、いつも以上に凄惨な光景が広がっていました。
地面に刻まれているのは、巨人の足跡にしか見えない窪み。その底で、両手足を不自然な方向へ曲げたクラリスさんが寝そべっていました。
呼吸をする度に咳き込んで血を吐いていますので、内臓も痛めているでしょう。
「毎回思いますが、クォン様は本当に手加減しませんね」
「手……加減、され……てるよ。だっ……て、ゴホッ」
「死んでない。ですか? そんな目に遭わされてもそう言えるなんて、歪な師弟関係ですね。ですが、死にかけていますのでそれ以上喋らないでください。今、治療してあげますから」
わたしはクラリスさんの右手を握り、上級治療魔術を発動しました。
近くで見ると、本当に酷い。
遠目では、骨折程度の怪我しか確認できませんでしたが、間近で見ると肉はあちこち潰れ、手足も所々千切れかけ、生きているのが不思議に思えるほどの負傷です。
アスクレーピオスでは回復が過剰過ぎると思ってハイ・ヒールに留めましたが、これならアスクレーピオスでも良かったですね
「どうしてあなたは、そんなになってまで戦おうとするのですか?」
「お姉さまを、甦らせたいから」
「そのために、何度も何度もこんな怪我を?」
「怪我したくらいでお姉さまともう一度会えるなら、安いもんだよ」
不覚にも、わたしは彼女に共感してしまいました。
死にかけるレベルの怪我をする事を恐れない彼女の覚悟は、わたしも見習うべきです。効率が悪いとは思いますが、いつも効率優先で捨て身になれないわたしと彼女の考え方は真逆と言っても良い。
真逆が故に、わたしにはそれが足りなかったと自覚させてくれたのです。
「ねえ、クラーラ。あたしの魔力の封印、もう少し緩められない?」
「無理ですね。今でさえ、あなたの身体が原型を保てるギリギリなのです」
「どうにもならない?」
「方法がないわけではありません」
「あるの!? あるんだったらやっ……てぇ。痛たたた……」
「まだ治療中ですから、動かないでください」
方法は二つ。
一つ目は、過剰分の魔力をわたしが常に使用し続ける。
現実的な方法に思えますが、現状では肌と肌を直接触れ合わせていなければ魔力を吸収できないため、現実的ではありません。
二つ目は、クラリスさんの成長に合わせて封印が段階的に緩むように術式を組みなおす。
これも一見、現実的に思えますが、彼女が封印が緩むほど成長するか不確かですし、術式を組むわたし自身、封印が緩む基準をどう設定すればいいのかわかりません。
と、ある程度治療が終わるなり、はしたなく胡坐を組んだクラリスさんに説明しました。
「それって、そんなに難しいの?」
「ええ、難しいです。一つ目はほぼ理論が完成していますが、常に吸い続けるのは手に入る素材の強度的に不可能ですし、細かく何回にも分けて連続で吸収するのは可能ですが、一度に吸える量に制限がかかります。あなたの産出魔力量と速度に追いつきません」
「じゃあ、二つ目は? あたしの努力次第で、どうにかなりそうに聞こえたよ?」
「封印が緩む基準をどう設定すれば良いのかわからない。とも、言ったはずです」
「身体が裂けなきゃ良いんじゃない?」
「だから、それをどう判断するのですか? 身長ですか? 体重ですか? それとも筋肉量ですか? だったら、すでに限界ギリギリです。仮にあなたの身長や体重がこれから倍に増えようと、扱える魔力量は大して変わりません」
「あ、そう言えば、お爺ちゃんが似たようなこと言ってた。魔力が体の隅々にまで融和した状態になれば、魔王並みの魔力でもデメリットなしで使えるとも言ってたよ」
「それ、本当ですか?」
それが事実なら、基準の設定は可能です。
今のクラリスさんが扱える魔力量は総量の一兆分の一以下。たしか、技術院に所属する医療部門の研究に、人体の構造に関する研究がありました。
それによると、人に留まらずこの世界に生きる全ての生物は「細胞」と呼ばれる物質が無数に集まって構成されているそうです。
その数は約三十七兆、もしくは約六十兆と推計されています。
「仮に、それが正しいのなら……」
わたしはすっかり回復したクラリスさんの身体を、技術院に所属する魔導技師が開発した魔導顕微鏡の術式のみを利用した『顕微鏡魔術』に、魔力を感知する術式を加えて使用し、観察しました。
「ああ、なるほど。これは素晴らしい。これだけでも論文として発表できるほどの発見です」
クラリスさんは「そ、そんなにあたしの身体を見つめて、どうしたの? あたし、服もボロボロでほとんど裸だから、興奮するんだけど……」などと訳の分からないことを言っていますが、本当に細胞が魔力を発しているのではなく、融和しています。
「クラリスさんが扱えている魔力量と、融和している細胞の割合も概ね合致していますね。これなら、基準の設定も可能です」
「それ、本当!?」
「ええ、本当です。封印が緩んだ直後は多少の痛みがあるでしょうが、設定次第で、身体が裂けない程度に調整できると思います」
一つ目の方法も確立し、運用すればさらに盤石。
わたしはクラリスさんがそばに居なくても魔術が使用できるようになりますし、封印の弊害で発生している吸える魔力の上限も段階的に上昇していきます。
「クラリスさん。明日からしばらくの間……そうですね、一ヶ月ほど、わたしは訓練を休むと、タムマロ様に伝えておいてください」
「いいけど……それじゃあ、あたしも満足に訓練できないよ? だって毎回、最低でも動けなくなるくらいボロボロにされちゃうんだよ? クラーラだって、毎回あたしの治療をしてるんだから知ってるでしょ?」
「アリシア様もハイ・ヒールを使えるはずなので、今回程度の怪我なら何とかしてくれます」
それで一応は納得してくれたのか、クラリスさんは「わかった……」と、一言だけ消え入りそうな声で言いました
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