4-1
ここはブリタニカ王国立魔術学院。その地下にある禁書庫。
わたしはここで魔道具の灯りを頼りに、分厚く、今にも崩れてしまいそうなほどうず高く積み上げられた古い魔導書を何百冊も読み続けています。
「ああっ! これって蘇生の魔法じゃなくて、男性を粗チンにする魔術じゃないですか! こんなんじゃあ全っ然ダメです! と、言うかどこの馬鹿が、こんなくっだらない魔術を考えたのですか! 『自尊心消失魔術』? くだらな過ぎて頭の血管がぶち切れそうです!」
わたしがブリタニカ王国立魔術学院を飛び級で、しかも次席で卒業し、世にある魔術、魔法の半分が集められていると言われている魔術学院の図書館、その禁書庫で日がな一日過ごすようになって早二年。
読んだ魔術や魔法は覚えましたが、肝心の魔法が見つからなくてイライラが募るばかりの日々をおくっていました。
「はぁ……。禁書庫でこれでは……」
このまま魔導書を読み漁っても、求める魔法が見つかるとは思えません。ならばいっそ、その手の噂話や伝承を信じて、それらを探す旅に……。と、何度目かわからない自問が、わたしの頭をよぎりました。
「それこそ、無理ですね」
そして即座に、何度目かわからない否定をしました。
わたしは魔術を扱う知識も技術も規格外に優秀ですが、奴隷商人が奴隷を大人しくさせる過程の副産物として製造し、売っている、中級程度の魔術を発動できるだけの魔力が込められた魔石がなければ魔術を使えません。
そんなわたしが旅に出たところで、一ヶ月ともたずに野垂れ死ぬかモンスターなり野盗なりに殺されるのがオチでしょう。
野盗に捕まったりでもしたら、死ぬよりも酷い目に遇うでしょう。
だってわたしは、胸は控えめですが貴族の令嬢が多く在籍する魔術学院の中でも五本の指に入るほどの美少女。
転生者なる人たちが広めたブレザーと呼ばれている制服が学園で一番似合っているとまで言われていましたし、不細工でオマケに汗臭くて気持ち悪くて常に「ブヒブヒ」言ってるような男しかいませんが、ファンクラブまでありました。
もし野盗の類いに捕まったら、とても口には出せないほどの陵辱の限りをつくされた後に、性奴隷にされてしまうでしょう。
は、ひとまず置いておいて……。
「手詰まりですね」
わたしには護衛を雇うお金もありませんから、国からの要請にしたがって魔術研究員になって探しつつ、お金を貯めるのが現実的。
ですが、それまで自分の想いが爆発せずに済むかどうかが問題です。
「……気分転換に、あそこへ行ってみますか」
わたしは盛大にため息をつきながら椅子から立ち、禁書庫をあとにしました。
歩を進め、学園から出てもひたすら進むその先にあるのは、とある路地裏。そこにある、とある人物を象った彫像です。
わたしが学園を卒業した年に完成しましたから、あの聖女像が完成してもう二年。
どうしてこんな路地裏に造られたのかは知りませんが、慈愛に満ち溢れた微笑みを浮かべるあの像は、在りし日のあの人に良く似ていると感じました。
わたしがまだ孤児だった頃に、毎週日曜日に教会でパンを配っていた彼女に。わたしが聖女様と呼び、崇拝しているあの人に。
「あの子、何をしているのですか?」
昔を懐かしみながら像が見える位置まで差し掛かると、サイズがあっていないブカブカのワンピースを着た金髪の女の子が、その細腕で頭ほどの大きさがある大木槌を振り上げている様が目に飛び込んで来ました。
まさか、像を壊すつもりですか? だったら、黙って見ていられません。
「風よ、拘束しなさい! 『風鎖拘束魔術』!」
持ち歩いている魔石を一つ取り出し、魔術で木槌を空中に固定しました。
よほど力一杯振り下ろそうとしていたのか、そのせいで手がすっぽ抜けて、女の子は顔から地面へ激突してしまいました。
鼻血まで垂らして凄く痛そうですが、聖女様を傷つけようとした罰なので罪悪感は欠片もありません。
「誰よアンタ! なんで邪魔すんのよ!」
「邪魔をするに決まっているでしょう! 聖女様の像を傷つけようとするなんて罰当たりです! 不敬です! 不信心過ぎます!」
「お姉さまは聖女なんかじゃない!」
彼女の怒りのボルテージはさらに上がったようですが、わたしの怒りは少しだけ小さくなりました。
今、何て言いました? お姉さまって、言いませんでした?
「何にも知らないクセに、どいつもコイツも勝手なこと言いやがって。何が聖女様よ。何が路地裏の聖女よ! お姉さまはそんな高尚な人じゃない! お姉さまはただの娼婦よ! 馬鹿にすんな!」
「馬鹿になどしていません! むしろ、馬鹿にしているのはあなたでは?」
仮に、わたしが聖女様と呼ぶ人があの子の言うお姉さまと同一人物で娼婦だったとしても、あの人の行いが変わることはありませんし、わたしの信仰が薄れることもありません。
いえ、むしろ娼婦でありながら、聖女のごとき行いの果てに本当の聖女になったあの人への尊敬の念が、一層強くなりました。
「これ以上、その像に何かするつもりなら、二度と動けなくなるまで痛め付けます」
「やれるもんならやってみなよ。アンタ、あたしとそんなに歳は変わらないみたいだけど、魔術師でしょ? 魔術師なんて、懐に入っちゃえばそこらのチンピラ以下なんだから!」
台詞と構えから察するに、何かしらの格闘技を習っているようですね。
その実力は、あの子が言ったことを信じるのならそこらのチンピラ並かそれ以上。と、瞬時に分析したわたしは、接近された時の備えとして学園で習った護身術の構えを取りました。
問題は、護身術程度があの子に通じるかどうか。
「なっ! アンタ、魔術師じゃないの!?」
「魔術師ですよ」
ですが、それは杞憂に終わりました。
わたしが自分とそう歳が変わらないから侮ってしまったのでしょう。
わたしはバカ正直に真正面から迫ってきた大降りの右ストレートを左手で受け流しつつ右側面に滑り込み、限界まで伸びていた彼女の右足を蹴り払いました。
軸足を地面から離されてしまった彼女は、バランスを崩して左肩から転倒。わたしはその隙を見逃さず……。
「風よ、拘束しなさい! 『風鎖拘束魔術』!」
先程と同じ魔術で、彼女の両手両足に風の鎖を巻き付けて、目の前に大の字で拘束しました。
そして、改めて観察を始めました。
この子が着ている服は、聖女様がお召しになっていたのと同じ物。
ブカブカなので、本来なら何年か前に流行った臍だしのセパレートタイプなのにワンピースに見え、スカートも膝下まで丈がありますから、パッと見で気づくことができませんでした。つまり、二人が知り合いである可能性が高まったことになります。
「放せ! 放しなさいよ!」
「あなたが自分の行いを悔い改めて、二度と聖女様の像を傷つけないと誓うのなら、解放してあげます」
「嫌だ! あの像はぶっ壊す!」
「そうですか。では、しかたありませんね」
許しを乞うまで痛めつける。
二度とここへ来たくなくなるくらい、ボロボロにしてやる。聖女様の像を思い浮かべるだけで恐怖に震えるよう、徹底的に後悔させてやる。
「風よ! 礫となりなさい! 『風拳魔術』!」
わたしは手持ちの魔石全てを使って、百個の風の塊を作り出し、それを一斉にではなく順次発射しました。
もちろん、彼女の身体のあちこちに。
それをとりあえず二十発ほど打ち込んでみましたが、反省の色は見えません。
薄ら笑いを浮べて、「ア、アンタってさ。もしかして、教会でお姉さまからパンでも貰った?」と、挑発するような口調で言いました。
「……ええ、そうです。当時は孤児だったわたしに、あの人はお恵みをくださいました」
あのパンの味は今でも覚えています。忘れられるわけがありません。。
当時は常に空腹でしたから、余計にでも美味しく感じたのでしょうが、あのパンは本来なら、お祝いで食べるような特別なパン。
銅貨一枚で買える普通のパンとは違い、その十倍はする高級パン。
それを、あの人は大人が五十人いても食べきれないほど用意し、無償で配ってくださったのです。
食うに困っていない人からすれば、高がパン。ですが、空腹に喘いでいた当時のわたしからすれば、されどパンです。
週に一度、あの人が施しをしてくれたから、わたしは神父に保護された日まで生きていられた。
六日生き延びれば、あの人がまたパンをお恵みくださる。また、あの人に会える。
その希望を与え、生き延びさせてくださったからこそ、今のわたしがあるのです。
「くくくく……。あーっはっはっは! こいつは傑作だわ! アンタその様子じゃあ、お姉さまが善意でパンを配ってたと思ってるみたいね!」
わたしの答えを聞いて、彼女は腹の底から笑いました。
時折、傷の痛みに顔を歪めながらも、全力で嗤いました。
「善意以外の、何だと言うのですか? あのような尊い行為、善意以外ではできません!」
その嘲笑にイラ立ちを覚えながらも、わたしは冷静に言い返しました。それでも、彼女の口撃は止まりませんでした。
「逆よ、逆。お姉さまはね、あたしですら引いちゃうくらいの性格破綻者だったの。小汚い孤児がパンに群がるのを見て愉悦に浸ってたのよ!」
「嘘です! 聖女様は、そんな悪辣な人ではありません!」
「一番近くで見てきたあたしが、そうだって言ってんだからそうなのよ! お姉さまは金と引き換えに体を売る娼婦! 食い物に釣られる餓鬼を見て喜ぶ、最低のクソ女だったのよ!」
「黙りなさい!」
それに業を煮やしたわたしは、風の塊を追加で十発ほど叩き込みました。
ですが、それでも彼女は……。
「お、お礼を言わなきゃねぇ。お姉さまのオモチャになってくれて、ありがとうって」
「黙れと、言ったでしょう!」
黙りませんでした。
だからわたしは、残りの風拳魔術を全て撃ち込みました。
打ち込むたびに彼女の肉は潰れ、骨が砕け、血が舞い散りました。
その光景を見ていたら、何とも言えない高揚感が胸の内に湧き上がりました。
「はぁ……。はぁ……」
全ての風拳魔術を撃ち終わり、生きているとは思えないほどグチャグチャになった彼女を見ているのに、わたしは助けようと思えませんでした。
むしろ、もっと壊してやりたい。
そうすれば、この体の火照りも冷めるはず。
そう考えたわたしは、彼女が持っていた木槌を拾い上げ、彼女の頭目掛けて振り下ろそうとしたのですが……。
「こらこら、それ以上は、さすがに見ていられないよ」
タイミングを見計らったかのように突然現れた男性の声が、それを止めました。
わたしの背後にいる彼に掴まれた木槌は、わたしがいくら引っ張ってもビクともしません。
「君の気持もわからなくはないけど、これくらいで勘弁してあげてくれないか?」
「嫌です! 彼女は聖女様を侮辱しました! 貶めました! だから、許しません!」
「彼女が言ったことが、事実だとしてもかい?」
「そうだとしてもです!」
「そうか。じゃあ、しかたないね」
背後の男性が何か言ったと思ったら、わたしは地面に叩きつけられていました。
息ができない。意識も遠ざかっています。
そんなわたしの瞳に映ったのは、『初級治療魔術』を施しながら彼女を抱きかかえている軽鎧姿の男性。
彼はわたしを置いて去ろうとしましたが、ふと、何かを思い出したかのような顔をして振り返り……。
「ああ、君がクラーラか」
と、言いました。
それを聞いて、どうしてわたしの名前を? と、疑問に思いました。
思い出したかのような口振りでしたが、それにほんの少しだけ、何かを察したような、パズルの最後のピースを見つけたかのようなニュアンスがふくまれていたような気がしました。
ですが、その答えを得るための質問をする前に、わたしの意識は途切れてしまいました。
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