0-2
「クラリス。どうしてこんな事になったのか、聞いてもよろしいですか?」
「あたしに聞かれても困る」
「いやいや、あなたが、「潮の流れに乗ってりゃあ、何処かに着くわよ」なんて言いながら実行した、大雑把すぎる計画のせいでこうなったのでは?」
「そうだったっけ?」
面倒くさそうな顔をして、耳の穴をほじって反省する素振りすら見せないクラリスはとりあえず放っておいて、現状を整理することにいたしましょう。
わたしことクラーラと、無作法、無遠慮、無神経、オマケにガサツと言う言葉が服を着て歩いているのでは? と言いたくなるようなクラリスが乗っていた船が、『リュウキュウ』と呼ばれる国を出るなり難破したのが、かれこれ一週間前。
幸いなことに、常日頃からわたしが食料に気を配っていたおかげで、この島に救命ボートで流れ着くまで飢え死にせずに済みました。
ですが、問題はここから。
着いたのは良いのですが、わたしたちと現地の人たちとでは言語が違うせいで意思疎通ができず、ここの地名すらわかりません。
それだけならまだしも、漂着したタイミングが最悪でした。
「ねえ、クラーラ。アレって、ドラゴンだよね?」
「わたしたちが知っているドラゴンとは形状が異なりますが、そうだと思われます」
わたしたちが漂着した漁村は、およそ5mほどの大きさのドラゴンに襲われている真っ最中だったのです。
しかもそのドラゴンは、頭部の形状こそ似ているものの、わたしたちが良く知る翼の生えたトカゲみたいな形状ではなく、蛇のように長い胴体にオマケのような手足が生えています。
「西と東で、ずいぶんと形が違うんだね」
「そのようですね。で、どうします? 助けますか?」
「いやいや、形は違ってもドラゴンだよ? しかもあたし、クラーラが満足にご飯を食べさせてくれなかったから空腹で……」
「いくらドラゴンでも、吐いているブレスの威力や体の大きさを見るに、かなり下位だと思われます。贔屓目に見ても中位くらいなので大丈夫です。それと、あなたが満足するまで食べさせていたら、初日で食料が尽きていましたよ」
クラリスは脳みそまで筋肉でできているせいか、無駄に食べます。それはもう、胃袋の中に異次元に通じる穴でも空いているのでは? と、言いたくなるほどの量を平気で平らげるのです。
あれだけ食べてあのスタイルを維持できているのが羨ま……じゃない。不思議です。
「じゃあ、やるの?」
「やります。お礼に食料を分けていただけるかもしれませんし、明らかに異国から来たとわかる恰好をしたわたしたちにも、フレンドリーに接してくださるかもしれませんから」
「相変わらず、クラーラは腹黒いなぁ。そこはシスターらしく、困っている人たちは無償で助ける。の、精神でやれないの?」
「あいにくとわたし、そういう高尚な精神は持ち合わせていませんので」
「そんな服着てるのに? 神父さん、泣いちゃうよ?」
「別にかまいません」
孤児だったわたしに名前と衣食住を与えて最低限の教育を施し、あまつさえ、王国最高峰の魔術学院へ通わせてくださった神父様には感謝しています。
ですが、神父様の信仰に染まるかどうかは別問題。
不義理だとほんの少しだけ思いますが、わたしが信仰しているのは、今も昔もあの人だけ。
気高く、美しく、慈愛に満ち溢れ、死して聖女として崇められるようになった、あの人だけなのですから。
「では、いつも通りにいきますよ」
「そりゃあ良いけど……」
「良いならほら、お行きなさい。あなたは脳筋なのですから、殴る蹴るしかできないでしょう?」
「言い方、酷くない?」
「酷くありません。ほら、ドラゴンがわたしたちに、狙いを変えたようですよ」
「ドラゴンの鱗は硬いから、あんまり殴りたくないんだけど……なっ!」
文句を言いつつも次の瞬間には、クラリスは黄金の魔力を全身に纏ってドラゴンの左頬を殴り飛ばしていました。
ですが、もう少し静かに移動してほしかったですね。
彼女が魔力を放出しながら蹴った砂浜が爆発し、わたしは砂を頭から被る羽目になってしまいました。
「クラーラ! 足場が欲しい!」
「文句は後でたっぷり言うとして、了解しました。砂よ、拘束しなさい。『砂鎖拘束魔術』」
わたしはクラリスの要望通り、砂を鎖状に成形して相手を拘束するサンド・チェインでドラゴンを拘束するついでに、足場として何本も空中に張り巡らせました。
ですが、少々作りすぎました。
自然物を利用する魔術はその性質上、効果が高い割に消費魔力が少なくて使い勝手も良いのですが、得意かつ好みの魔術なので、ついつい乱発してしまいがちです。
「ちょっ……! 魔力持っていきすぎ! ただでさえお腹が空いてるんだから、そんなに遠慮なく使わないでよ!」
「あなたの魔力総量を考えれば、微々たるものでしょう?」
「んなことない! ゴッソリ持っていかれた!」
相手が大きいのですから、それを拘束する砂の鎖も大きくなる。ゆえに、使う魔力量も多くなるのは当然です。
ですが、先ほども言ったように、クラリスの魔力総量を考えれば微々たるもの。
わたくしたちが育ったブリタニカ王国の魔術師が持つ魔力を全て足してもまだ届かないと言われたクラリスの魔力総量から考えれば、正に砂粒程度の量です。
「うわぁ……。やっぱり硬いなぁ」
そう言いながらも、クラリスは張り巡らされた鎖の上を縦横無尽に駆け回りながら、ドラゴンの鱗を拳と蹴りだけで易々と貫き続けています。
ですが、いくら鍛えていると言っても、クラリスは女。しかも、華奢な部類です。
男性ですら、鍛えた程度でドラゴンの鱗を砕くことも、音すら置き去りにする速度で移動もできません。
それができるのは、クラリスが出鱈目な量の魔力を持っているから。
通常、魔力とは魔術や魔法を行使するための燃料でしかありません。
脳内、または地面などの媒体に描いた術式に魔力を流すことによって、初めて魔力は物理現象へと姿を変え、世界に影響を与えるのです。
なので、知識どころか才能の欠片もないクラリスにとって、規格外の魔力は宝の持ち腐れでした。
「魔法が使えないならぶん殴る……でしたっけ」
それが、クラリスが何度も死にかけながら会得した無駄に多い魔力の使用法。
クラリスは体内からあふれ出る、無限とも言える量の魔力を体に纏って黄金の鎧とし、必要に応じて拳や足に纏わせる魔力量を増やすことで、純粋な力そのものである魔力をドラゴンの鱗すら砕く武器としたのです。
その闘法の名は……あれ? 何でしたっけ?
「救世崩天! 龍砕拳」
そうそう、それです。グゼホウテン法。
クラリスは闘法の名と技名を叫ぶなり、魔力を纏わせた拳をドラゴンに叩きつました。
技名がつくと、不思議と高度な技術に聞こえてしまいますが、実際は大した技術ではありません。
だって単純に、魔力で殴っているだけですから。
目に見えるほどの魔力を体外へ放出するには多少の慣れが必要ですが、それさえできるようになれば、常人よりも魔力が少ないわたしのような例外を除いて誰でもできます。
いえ、凄いとは思っていますよ?
自身が持つ魔力を感知することができない人でも、無意識にやっているほどごく有触れた人間の基本性能を武器と呼べるレベルまで訓練で強化し、体術と組み合わせたアレは、単純ながらも一つの技術として確立しています。
「ですが、魔術や魔法と比べたら、やはり稚拙ですね」
初めてアレを……わたしが『黄金聖女』と名付けてあげたあの状態を初めて見た時は、さしものわたしも開いた口が塞がりませんでした。
人によって属性が多少異なりますが、魔力とは本来、純粋な力でしかありません。
例えば、火を起こすための薪で殴っても威力が知れているように、魔力も魔術、魔法へと変えなければ大した威力はなく、効率も悪いのです。
ですが、魔力を纏わせたクラリスの拳はドラゴンの鱗を難なく砕き、その蹴りは大地すら割ります。
あの闘法を確立し、体系化させた人の功績もありますが、クラリスの場合は魔力量が多いからで片付いてしまいます。
何故なら、クラリスがやっているのは魔力を使ったゴリ押しなのですから。
「げっ……! クラーラ! なんかいっぱい来た! コイツの仲間がいっぱい来た!」
「あら、本当ですね。ざっと数えて……二十匹ほどですか」
クラリスにボコられて瀕死になった仲間を助けに来たのか、同種と思われるドラゴンが海から鎌首を突き出してこちらを睨んでいます。
さすがに、あの数のドラゴンたちから一斉にブレスでも吐かれたら、わたしたち諸共に、このあたりは更地になってしまうでしょう。
「数なんかどうでも良いよ! あたしじゃあどうにもなんないから、クラーラが何とかして!」
「他力本願はよろしくありませんね。ですが、わたしがやるしかなさそうなのも事実」
クラリスにはああ言いましたが、他力本願なのはわたしも同じ。
わたしはクラリスとは違い、脳内だろうと空中だろうと、場所を選ばずに術式を描けます。王国が禁忌としている、魔法と区分されている術式もいくつか習得しています。
ですが、わたしには肝心なモノが備わっていませんでした。
わたしは賢者すら平伏すと言われるほどの知識と才能を持ちながら、魔術を発動できるだけの魔力が、生まれつき人よりも少なかったのです。
クラリスという名の、歩く魔力タンクを手に入れるまでは。
「ではクラリス、手を」
「はいはい……っと」
クラリスはわたしの左隣に、乱暴に着地しました。
再び砂をかぶる羽目になりましたが、これで魔法が使えるのでとりあえずは許しましょう。
「ねえ、クラーラ。わざわざ手をつなぐってことは、首輪で吸えないほど大量に魔力を使うってことだよね?」
「その通りです。下位とは言え、相手はドラゴン。しかも、あんなに数がいますから」
通常の初級、中級、上級の三段階に区分されている、いわゆる現代魔術と呼ばれているモノならば、わたしとクラリスが首に巻いている魔道具、奴隷商人が常用している『搾取の首輪』で吸える程度の魔力で十分。ですが、あの数のドラゴンを屠るには、現代魔術では火力不足。
故にそれ以上の、魔法に区分されているほどの火力が必要ですから、しかたなく手を繋いで直接魔力を送ってもらうのです。
「|その町は悪徳の町《The town is a town of vices》。|不徳の町《A town of immorality》。|頽廃の町《A town of decadence》。|故に、我は滅しましょう《Therefore I will perish》。|永遠の炎による《Be an eternal》|刑罰を受けながら《fiery chastisement》、|見せしめとなりなさい《but be a show》……」
「ね、ねえ、クラーラ。魔力がとんでもなく抜けていってるんだけど……。もしかしてそれ、神話級?」
その通り。
現代魔術が上、中、下の三つに分けられているように、現代魔術とは比べることすらおこがましいほど洗練され、効率的に魔力を行使できる古代魔法も伝説級と神話級の二つに分けられ、区別されています。
神話級と謳われるだけあって、本来なら詠唱も、神父様がいつも後生大事に持ち歩く聖書の一節並に長いのですが、わたしは天才ゆえに、はるかに短い詠唱で発動が可能。
これは、そんな神話級魔法の一つ。
かつて有史以前に存在し、神の炎によって滅ぼされたとされる町の名を冠した、天罰の再現です。
「広域殲滅魔法」
詠唱が終わると同時に、ドラゴンの群れの上空に巨大な魔方陣が描かれ、そこから飛び出すように現れた無数の火球が、ドラゴンの群れを海ごと焼き尽くしました。
ああ……。何度見ても、神話級魔法による破壊は素晴らしい。
自分の力だけでこの光景を作り出せないのが、残念でしかたありませんが、概ね満足……ん? 普段からおかしいクラリスが、いつも以上におかしなリアクションをしていますね。
「どうしたのですか? クラリス。どうして、「あわわわわ……」などと、訳のわからないうわ言を言いながら、空を見上げているのですか?」
「クラーラのアホ! 海の上であんな魔法使ったら、津波が起きちゃうでしょうが……! って、高っ! さっきのドラゴンの五倍くらい高い津波が来てる!」
「あら、本当ですね」
「軽っ! もうちょっと深刻そうに言えない!? このままだと、あたしたちまで流されちゃうんだよ!?」
慌てることも、恐れることはありません
わたしだって、あの威力の魔法を海へ向けて放てばこうなると予想していました。
「あ、あれ? もう一つ大きい津波が起きて、クラーラが起こした津波を相殺……した?」
「神話級魔法、『広域水流操作魔法』。ソドムと同時に構築し、発動していた魔法です」
わたしにかかれば、神話級魔法を口頭で詠唱しつつ、違う同規模の魔法の術式を同時に組み、発動することも容易。
まあそれも、クラリスが持つ魔力があってこそ、なのですが。
「さて、それでは住民を捕まえて、まずは腹ごしらえといたしましょう」
「言葉、通じないのに?」
「言葉は通じなくとも、『伝心魔術』でどうにかなります。それにクラリスは、あの方からオオヤシマ語を習っていたでしょう?」
「習ったんじゃなくて、無理矢理教えられたの! って言うかやめてよ。アイツのことなんて、思い出すだけで不愉快なんだから!」
「そうでしたね」
ですが、その彼からの情報がなければ、わたしたちはこの地の事すら知りませんでした。だから半信半疑でも、わたしたちはここまで来たのです。
「オオヤシマには性転換したがる男が一定数いるから、その手の魔法や薬が存在しててもおかしくない。って、アイツは言ってたけど本当かなぁ」
「転生者にはオオヤシマ人が多いから、死者を転生させるなり蘇らせる方法の手がかりがあるかもしれない。とも、言っていましたが怪しさ大爆発ですよね。ですが、火のない所に煙は立たない。と、オオヤシマでは言うのでしょう? 手がかりが全くないよりは、マシだと思うことにしませんか?」
「そうだね。あたしたちの目的のために」
「ええ、あなたがお姉さまと呼び慕い、わたしが聖女様と呼び、崇拝するあの方を蘇らせるために」
そこまでは、クラリスと目的が共通しています。
ですが、そこから先が少し違います。
わたしは聖女様を蘇らせ、性転換させて男にしたい。クラリスは、自分が男になりたい。
そして……。
「ああ、早くお姉さまを……犯したい」
「ああ、早く聖女様に……犯されたい」
その目的のために、わたしたちははるばる極東の地、『オオヤシマ』まで来たのです。
読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
ぜひよろしくお願いします!




