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温泉。
それは、地中から湧き出るお湯を利用した入浴施設や、それらが集まった街で楽しめる天然のお風呂。
ブリタニカ王国でも、週に何度か公衆浴場で入浴する習慣はありましたが、こんな真昼間、しかも露天風呂と呼ばれる、屋外の浴場に入るのは、わたしにとってもクラリスにとっても初めての経験です。
「あぁぁ……。疲れが抜けてくみたい」
「同意します。外で入浴するなどと言われた時は正気を疑いましたが、これは良いものですね」
初めての経験ですが、二人して先のセリフを口走ってしまうくらい、本当に気持ちが良いです。これが味わえるなら、マジカル・パッケージを使わずに歩いてみるのも有かなと、少しだけ考えてしまいます。
「オオヤシマに来て……って言うか、シコクに流れ着いてかれこれ三週間だけど、濃かったねぇ……」
「ええ、本当に」
ドラゴンの群れの撃退に始まり、その親玉である龍王との戦闘。そして、わたしを追って来た魔術師 (ブタは無視します)を使っての軽めの復讐に続き、魔王軍残党と現地民の争いに、わたしたちは巻き込まれました。
たったの三週間足らずで、そこらの冒険者ができないような経験を、否応なく積まされました。
「まあ、サカイに着いてからここまで目立ったトラブルがなかったのが、せめてもの救いかな」
「たしかに、あなたが「お腹が空いた!」と、駄々をこねた以外は、目立ったトラブルはありませんでしたね」
コウチ県へと至るヒャクキュウジュウキュウゴウセンで遭遇した、ミスター・チカマツとギュウキの因縁。それに巻き込まれたわたしたちはその後、ギュウキの亡骸をなぜか愛おそうに見つめるミスター・サコンと短い別れの挨拶を交わして、サカイの娼館街へとたどり着きました。
そこで大した情報を得られなかったわたしたちは、当初の目的地だったエヒメ県のマツヤマ、その温泉街であるドーゴ温泉を訪れました。
なんでもここは、千数百年前の大災害以前から続いている (と、信じている、おめでたい頭をした人ばかりが住まう)由緒正しき温泉街で、エヒメ県どころかシコク地方最大と言っても過言ではない観光地なんだとか。そんな場所ですから、もちろん、娼館街もあります。
娼館育ちのクラリスは不思議に思わなかったようですが、わたしは神父様に育てられた教会育ちなので、度肝を抜かれてしまいました。
だってわたしたちが取った旅館のすぐ裏に、娼館が乱立しているのですよ? 親子連れも旅行を楽しんでいる温泉街のすぐ裏に、です。
迷い込んだ親が、子供の両目を塞ぎながら回れ右をする様を見た時は、「そりゃあ、この光景は子供には見せられませんよね」と、思わず呟いてしまいました。
「もう一週間近く経つけど、サコンのおっちゃん、あれからどうしたかな」
「さあ? 興味ありません」
「相変わらず、薄情だなぁ。一緒にご飯を食べて、肩を並べて戦った仲間じゃん」
「仲間? 笑わせないでください」
わたしに仲間などいません。
湯船の縁に頭を預けて体を大の字に広げて浮いているクラリスのことも、わたしは仲間だと思っていません。
あくまでも、歩く魔力タンク。極端な言い方をすればアイテムです。
「うわぁ、鼻で嗤ったよこの子。性格悪いなぁ」
「悪くてけっこう。ミスター・チカマツのその後よりも、わたしはギュウキが言ったことの方が気になっています」
「あたしの魔力を見て魔王と間違えただけだって言ったのは、クラーラじゃなかったっけ?」
「ええ、言いました」
それくらいしか、納得のいく説明が思い浮かばなかったからです。
だって、そうでしょう? 魔王はわたしとクラリスが生まれるよりもはるか昔に現れ、成人を迎える前に、タムマロ様によって討たれたのですから。
クラリスのことはそれで説明がつきますが、どうしても説明がつかない……いえ、納得しきれないのが、片翼と呼ばれた存在。わたしを片翼と誤認した理由です。
仮に、魔王が二人だったとしたらどうでしょう。
魔王はクラリスのように魔力を持っていただけで、魔術を使えなかった。代わりに、私のようにそれを使って魔術を使う者がいた。それが、魔王の片翼と呼ばれた存在。それとわたしを誤認したと考えれば、一応は説明が成り立ちます。
成り立ちますが……。
「ムカつきますね。これでは、魔王の二番煎じではないですか」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何も」
あくまでも仮説なので腹を立てる必要はありませんが、仮にそれが事実だったとしたら、このわたしが、だらけ切った顔で湯船に浮かぶクラリスの片翼と言うことになってしまいます。
魔力タンクでしかないクラリスと同格扱いになってしまうのが、我慢ならないのです。
「ねえ、クラーラ」
「なんですか? まだ何か、気になることでも?」
「気になるって言うか……。どうして今回は、娼館に泊まらなかったのかな? って、思ってさ。だって、旅館の方が高くつくじゃん」
「ああ、そのことですか。タカマツ、そしてタカジョウとサカイで、懲りたからです」
それらの娼館に泊まった際、周りの部屋から聞こえてくる嬌声がうるさくて、わたしはろくに眠ることができませんでした。それに加え、他人の喘ぎ声で発情したクラリスに何度も襲われかけて、体力的にも消耗してしまったのです。
だから今回は、体を休める意味合いもかねて旅館を選択したのです。
それなのに、クラリスは……。
「ふぅん……そっか。じゃあせっかくだから、背中、流そうか?」
「……湯船に浸かる前に洗ったので、結構です」
隙の有る無しに関わらず、脈絡すら無視してわたしを襲おうとします。
そんなクラリスと一緒に入浴するなど自殺行為なのですが、この子は魔術で拘束しようが力任せに抜け出して着いて来るので、諦めたのです。
「まあ、そう言わずに」
「嫌です。だってあなた、余計なところまで触るじゃないですか」
「だって、触りたいんだもん。オッパイ揉みたい!」
クラリスはすっかりその気になったようで、浮かぶのをやめてわたしの前に立ち、両手の指をワキワキと……いえ、ニョロニョロと艶めかしく動かしています。
「だったら、娼館に行って娼婦を買えば良いじゃないですか。そのために、お小遣いをあげたでしょう?」
「やだ。好みの子がいなかったんだもん」
「そうですか? あなた好みの綺麗どころが、揃っていたように見えましたが?」
「あのねぇ。あたしは毎日、お姉さまには全く及ばないけどボンッ! キュッ! ボン! で、そこそこ美少女なクラーラを毎日見てるんだよ? しかも今日は、一糸まとわぬ全裸のクラーラが目の前にいるの。それなのに、一山いくらの娼婦程度で満足できるわけないでしょ! それにね、娼婦って抱いても面白くないの。馬鹿な男は騙されるでしょうけど、感じてるフリなんて娼婦の基本スキルだから。九割演技だから! あとさ、娼婦って恥じらいがないのよ、恥じらいが。こちとら嫌がる女の子を無理矢理犯すのが好きなのに、恥じらいが皆無だし犯され慣れてるから面白くもなんともない! ハッキリ言って、娼婦を買うのは馬鹿な男だけよ!」
「あなた、娼館育ちでしたよね?」
それなのに、どうして拳を握りしめて自信満々に長々と、娼婦をこき下ろせるのですか? と、疑問に思うと同時にあきれてしまい、口が半開きになってしまいました。
「だからクラーラ。オッパイ揉ませて」
「お断りします」
「そこを何とか」
「絶対に嫌です。自分のを揉めば良いじゃないですか」
「自分のを揉んでも、気持ちいいだけで面白くはないの。だからお願い。ちょっとだけ。ね? その、恥ずかしがり屋の先っぽだけでも良いから」
「それ以上、わたしの胸について何か言ったら、茹で上がるまでここに拘束した後にぶっ殺しますよ」
脅しても、クラリスに諦める様子はありません。
今も物欲しそうな目でわたしの胸を視姦しながら、股ぐらに右手を突っ込んで弄っていますし、魔力も目に見えるほど漏れています。
ならばもう、実力行使しかありませんね。
「わかりました。もう金輪際、あなたの無駄毛処理はやってあげません」
「ちょっ……! どうしてそうなるの!? 困るよ! あたし、手も足も丸出しなんから!」
「あんな布切れを帯で締めただけの痴女一歩手前のスケベ服ではなく、袖と裾がある物を着れば良いじゃないですか」
わたしは不本意ではあるものの、それ用に術式を組んだ風と水の混成魔術、『全身剪毛魔術』を使って、クラリスの無駄毛処理をしてあげています。
ちなみにこの魔術、体格に応じて範囲を設定しなければならないので少々面倒なのですが、情報収集のために娼館を訪れる都合もあって路銀稼ぎに一役買っています。
理由はまあ、察してください。
ちなみに、一回三千円で全身を隅から隅まで産毛一本残さずツルツルにしますので、非常にリーズナブルです。
「やだ! そんなのエロくないじゃん!」
「は?」
「わっかんないの? ほら、あたしってお姉さまには遠く及ばないけどそれなりに美少女じゃない? そんなあたしがエロ可愛い格好をしてるとか最高じゃん。鏡を見るだけで三回はイケるよ!」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
と、口に出すほどあきれ果ててしまいました。
クラリスが露出症をこじらせていて、たまに下着を着けずに跳んだり蹴ったりしているのは知っていましたし、露出を楽しむためにあんな服装をしているのも知っていました。
ですが、自分の姿にまで興奮する自信過剰な変態とまでは思っていませんでした。
「それに、クラーラのアレって気持ちいいの。全身をすみずみまで愛撫されてるみたいで、最っ高に気持ちいいのよ。ここだけの話、アレだけで五回はイってるから」
「あぁ……。それは知りたくなかったです」
無駄毛処理をしている間は、妙にビクビクと身体を小刻みに震わせているなとは常々思っていましたが、まさか、絶頂していたとは夢にも思いませんでした。
これは娼館で育った弊害でしょうか。
朝から晩まで、男女が淫らに交わっている環境で育ったせいで、時も場所も選ばず、かつわきまえずに欲情して絶頂しまくる性欲魔人になったのでしょうか。
「だからお願ぁい。もうしないなんて言わないで? ね?」
「いいえ。金輪際、あなたの無駄毛処理はやりません」
「それ困る!」
「困る必要はありません。なぜなら……」
「え? ちょっ……! これ、『水鎖拘束魔術』!?」
半分正解。
クラリスを大の字で吊し上げたそれは、水鎖拘束魔術をベースに通常の十倍近い魔力を込め、魔力封印の術式を加えた対クラリス用の封印拘束魔術です。
黄金聖女を使われたらさすがに拘束し続けられませんが、現状はこれで十分。
何故ならば……。
「こ、今度は水の鞭? まさか、それであたしを……」
「これまた、半分正解です。これは『水鞭魔術』に、とある術式を加えたもの。これで今から、あなたを折檻します。ですが、安心してください。二度と無駄毛処理などしなくて良いようにしてあげますから」
「しゃ、洒落になんないよ! だってこの鎖、あたしの魔力を封じてるよね!? そんな状態で打たれたら……!」
「痛いでしょうね。黄金聖女を使わなくても並みの戦士以上の防御力があるあなたは、普段なら痛みなど屁でもありません。そんなあなたが、魔力を封じられた状態でこんな風に鞭で打たれた……っら!」
「ぴぎぃぃぃ!」
「あらあら、豚みたいな声をあげてどうしたのですか?」
ああ、快っ感!
と、心の内で思い、感じながら、わたしは鞭を振り続けました。
鞭で打つ度にクラリスは無様な悲鳴をあげ、その白い肌に痛々しいミミズ腫が増えていく様が、わたしに言い様のない快感を与えています。
ですが、わたしはちゃんと約束を守っています。
このウォーター・ウィップには、細かな水流で無駄毛を絡めとり、引っこ抜く術式が加えてあるのです。
その効果は御覧の通り。ミミズ腫になったところには、産毛すら残っていません。
「うぅ……。もう、やめて……。堪忍してぇぇぇ! なんかブチブチ言ってるの! 叩かれると同時にブチブチ言ってるからぁぁぁ!」
「わたしがやめてと言っても、あなたはやめてくれないでしょう? だからやめません。あなたの全身が赤く腫れ上がるまで、打って打って打ち続けます!」
「やだぁぁぁ! 痛いのは嫌ぁぁぁ! いい加減にしないと、あたしも本気で怒るよ!?」
「やれるものなら、やってみなさい」
「あ、言ったね? あとで謝ったって、絶対に許してあげないんだから! この変態!」
「変態はあなたです!」
それからわたしは、黄金聖女状態になって拘束から逃れたクラリスとガチバトルを開始しました。
結果はダブルノックアウトに終わり、しかも旅館を半壊させたせいで追い出され、修繕費まで請求されてしまいました。
ああ、ちなみに修繕費は、偶然にも近くの宿に泊まっていたタムマロ様に押し付けました。
だってあの人、いつも腰から提げている革袋に、不必要なほどの額を入れて持ち歩いてるのですから。
読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
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