10-13
気持ちよくない。
これで勝っても、あたしは絶対に気持ちよくなれない。
でも、手応えだけはある。
あたしは魔力を、毒に換えられた。
女将さんに叩き込まれた薬学知識を材料にして、ギンガを死なせずに動きだけ鈍らせる程度の毒に魔力を換えることができた。
それはそのままあたしが少し強くなったことになるんだけど、強さの方向があたしの好みじゃないからどうしても満足できない。
「ねえ、卑怯だと思う?」
何度目かの打ち合い。
ギンガの爪があたしの皮膚を裂き、あたしの拳がギンガの腹にめり込んだ。
その際につい、罪悪感が口から零れてしまった。
でもギンガは「オレが油断しただけだ。気にする必要はない」と、言葉ではなく思念で答えた。
「ったく、犬にしとくには惜しい男ね」
「お前も人間にしておくには惜しいメスだ。オレの主人と根っこが似ている」
「あら、飼い主がいるの? あなた、周りの犬たちのボスなんでしょ?」
「ボスだが、主人はいる。これがまた困った人で、オレがオウウ軍を率いて海を渡ったのを知って追って来てしまった」
「それって、もしかしてチカパシとやり合ってる人?」
「そうだ。名前はフジワラ・ユキホ。女だてらに、タケダのじっさまからマタギの技全てを叩き込まれた一流の熊撃ちだ」
「タケダのじっさま? それってもしかして、サンケベツを返り討ちにしたっていう猟師?」
「サンケベツ? ああ、オニコウベの別の名か。そうだ。今は亡きオレの父、リキと共に左耳と右足を失いながらもオニコウベの左目を撃ち抜いたのはタケダのじっさまだ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあさ、どうして襲って来たの? あなたたちに何かした?」
「オニコウベが支配しているこの地を我が物顔で闊歩してたんだ。警戒して当然だろう」
「いや、あたし、あなたの主人に撃たれたけど?」
「それは謝る。たぶんお前と、その横にいた男、そして最後尾の女が手練れだったらから挑みたくなったんだろう」
打ち合いながら、あたしとギンガは雑談を続けた。
でも、互いに体力は限界に近い。
と言うかギンガは、魔力を込めたあたしの攻撃を食らってどうしてまだ動けるのかしら。
あたし、手加減なしで殴ったり蹴ったりしてるのよ?
ドラゴンの鱗でも砕けるあたしの攻撃が、ギンガには大して通じていない。
「あたしを魔力ごと斬り裂いてるのと、何か関係があるのかな? あるんでしょうね」
殴ったときの手応えは普通だった。
今も、クリーンヒットの手応えがあっ……いや、違う。見えた。
たしかにクリーンヒットだったけど、ギンガの体を薄く覆う魔力がさざ波のように小さく波ったのが見えた。
それが見えたおかげで、ギンガがあたしの魔力を斬り裂ける秘密も見えた。
魔力が刃物のように鋭く、薄くなっていた。
あたしの魔力の流れに滑り込ませるように、あたしの魔力を斬っていた。
「魔力って、そういう使い方もできるのね。勉強になったわ」
見えた瞬間は「ワダツミのおっちゃんみたいな使い方」と、思ったけど、すぐに「いや、こっちの方が繊細かも」と、考えを改めた。
それと同時に、真似してみた。
ギンガの頭突きがあたしのお腹にめり込むかどうかの刹那にお腹部分の魔力の流れ正面から右わき腹を通って背中側へ抜けるように変えた。
「よし! 捕まえた!」
脇腹を若干斬られたけど、ギンガにヘッドロックをかけて捕まえることに成功したあたしは、足の裏から魔力を放出して飛び上った。
ギンガが「な、何をするつもりだ!」と、言っているのを無視して200メートルほど上昇したあたしは、眼下の消しに目を奪われた。
命の息吹を感じさせない、一面の銀世界。
その中の一角に、歪な小山……いや、城が見えた。
距離にして西に50キロメートルほど。
土と岩、そして木で組み上げられて雪でデコレーションされた歪な山城が、異様を放っている。
たぶん、アレが牙城だ。
「ねえ、ギンガ。あなたちも、あそこを目指しているのよね?」
「……そうだ。あそこに居座るオニコウベを討つことが、亡き父とタケダのじっさまの悲願だ」
「じゃあさ、一緒に行かない?」
「一緒に? お前たちも、オニコウベを狙っているのか?」
「あたしらが欲しいのはお金と、あそこにあるっぽい財宝だけ。オニコウベ自体に興味はないわ。だから、あたしたちは協力し合える」
「協力……か。たしかに、お前あとの二人の力は魅力的だ」
どうやら、ギンガはクラーラとハチロウくんの戦力は計れなかったみたい。
まあ、それも仕方がないか。
ギンガは魔術師じゃない。犬とは言えあたし側。
身のこなしが素人のそれのクラーラとハチロウくんの強さがわからなくても当然だと思う。
「いいだろう。オウウ軍総大将として、正式に協力を申し込……ああ、ところで、お前たちを何と呼べいい?」
「う~ん、そうだなぁ……」
とっくに落下が始まってるのに、あたしは呑気に考え込んだ。
クラリスと愉快な仲間たち?
クラリスパーティ?
どっちにしても、クラーラが文句を言いそうだから却下ね。
だったら……。
「未来の魔王軍。とでも、呼んでちょうだい」
と、答えて、あたしはギンガを抱えたまま着地した。




