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あたしたちが探しているヨシツネの財宝は、チカパシが狙ってるサンケベツの巣のどこかにある。
クラーラ的には好都合だったらしく、牙城とやらに向かう道すがら、悪いことを考えていると丸わかりな笑顔を浮かべてチカパシと交渉を始めた。
「サンケベツ討伐の賞金? いらんいらん。わぁが欲すいのはアイツの首ただげだ。欲すいだば、全部ぐれでけ」
「あら、意外ですね。アヌー族は、お金に困っていないのですか?」
「必要以上の金はいらん。そもそも、金なんかなぐでも、アヌーはカムイどともに生ぎでら限り滅びるごどはね」
さすがはあたしが選んだ男。太っ腹だわ。
クラーラはチカパシの答えを聞くなり小さくガッツポーズをして「よし、財宝と賞金の二重取り」と、呟いてから、わざとらしい愛想笑いを浮べて話題を変えた。
「カムイ……。たしかオオヤシマ語の神に相当する言葉ですね。どんな神なのですか?」
「全部だ」
「全部?」
「あらゆるものに魂宿ってら。動物や植物、自然すべでがカムイだ」
「なるほど。所謂、自然崇拝と呼ばれる考え方ですね。オオヤシマのシンドーと似ていますが、アヌー族の信仰対象はあくまでも自然環境と、そこに住む動植物ですか」
「衣食住の全でが、カムイがらの授がりもん。すたばて、オオヤスマさ統一されでホンシュウがらの移住者増えだせいでふととカムイのバランス崩れがげでる」
「その最たる例が、サンケベツですか?」
「んだ。サンケベツも、以前は普通のキムンカムイであった。それが、統一戦争終わったごろがら狂暴化すてウェンカムイどなり、この一帯がら人だげでねぐ、他のカムイだぢまで追い出すてしもた」
「ふむふむ。興味深い話ですね。人と自然の均衡が崩れただけで、それほど強力なモンスターが自然発生するものなのでしょうか」
どうやら、クラーラの興味がお金からサンケベツに移ったみたい。
顎に手を当ててブツブツと呟いてるし、もうチカパシを見ていない。
だったら、今度はあたしがチカパシとお話……。
「できそうもないなぁ……。チカパシ、気づいてる?」
「ああ、見らぃでらな」
「クラーラ、距離はどれくらい?」
「20メートルほどの距離をあけて、わたしたちを取り囲んでいます。数は50。ですが、ウェンカムイではないようです」
「そうなの?」
「はい。ウェンカムイよりもはるかに小さく、大きい個体でも体高約1mほど。小さい個体だと30cmもありません。赤外線探査魔術の映像から判断するに、犬に近い形をしたモンスターだと思われます」
「なぁんだ、犬か。だったら……」
余裕かな。
と、少しだけ気を抜いた途端に、額に何かが激突してきた。
ゴールデン・クラリス状態じゃなくても平気なていどの威力だったけど、あたしはそれに気づけなかった。
額に当たった物が雪に落ちてジュッと音を立て、それに遅れて響いてきた銃声を聞いて初めて、狙撃されたんだと気づいた。
もしも狙われたのがあたしじゃなかったら、額をぶち抜かれていたかもしれない。
「ク、クラーラ!」
「すでに|対物理・対魔術用防御魔術を展開済みです。それと狙撃手の位置ですが……。すみません。見失いました」
「見失った!? クラーラが!?」
「はい。どのような術を使ったのかわかりませんが、わたしが展開している各種探知系魔術に引っかかりません」
そんなことができる人が存在するの?
と、チカパシですら、クラーラの探知系魔術からは逃げられなかったのに?
「アヌーの技ど似でらがわんつか違うな。もすかすて、アレ噂の木化げが?」
「チカパシ?」
「狙撃手はオレさ任せろ。おめらは犬ば。いな?」
「う、うん。わかった」
あたしが了解すると、チカパシは「|狩猟と漁猟の守護神よ、我に糧を得るための力を貸し与えたまえ。《パルケウチカㇷ゚ カムイ、ウェヌカㇻ アン ペ カ エカシ ルスイ》」と、呟いて消えてしまった。




