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クラーラとサコンのおっちゃんの会話に時折混ざりながらも、あたしはギュウキから目を離さなかった。土煙のせいで姿はまだ見えないけれど、今のところ動く様子はない。
もしかして、死んじゃった? いや、それはない。そういう手応えじゃなかった。
傍目にはジャストミートだったかもしれないけれど、あたしの攻撃のダメージを、首を逆に振ることで逃がしていた。
「ん? んん? アイツ、何してんの?」
土煙が晴れて来て、しゃがんでるっぽいシルエットがうっすらと浮かんだ。
もしかして、体当たりするつもりかしら。いえ、だったらとっくの昔に、そうしているはず。単に、あたしが思ってる以上にダメージを受けていて立てないだけ?
「はぁ? ちよ、何のつもり?」
土煙が完全に晴れて、ギュウキの姿がハッキリと見えた。それでも、わからない。どんな思惑があってそうしているのかが、まったくわからない。
わかるのは、ギュウキが片膝をついて、頭を垂れていることだけ。
「お初にお眼にかかります、魔王様。我が名はギュウキ。シルバーバイン様の配下にしてオオヤシマ侵攻軍、シコク方面師団、師団長のギュウキにございます。そして遅ればせながら、部下共の非礼をお許しください。かつて、人間どもに虐げられていた我らをお救いしてくださったあなた様の輝かしい御光を目の当たりにしても、時が経ち過ぎていたために確信が持てなかったのでございます」
「ブリタニカ語? それにあたしが魔王って……」
どういうこと? ギュウキの言っていることが何一つ理解できないあたしは、振り向くことでクラーラに「解説して」と、疑問を丸投げした。
「おそらく、あなたの黄金の魔力を目の当たりにして、魔王と誤認したのでしょう」
クラーラは、すぐにあたしがもっとも知りたかったことを答えてくれた。
それは良いんだけれど、ギュウキのセリフのどこかがクラーラの何かを刺激したらしくて、余計な解説まで嬉々として始めた。
「シルバーバインとは間違いなく、魔王四天王の一人にしてその筆頭だった、銀獅子の異名で呼ばれたシルバーバインでしょう。ちなみに彼女は魔王から最も信頼され、数いた愛妾たちの中で最も可愛がられていたと伝えられています。魔王軍で最も、それこそ魔王よりも多く人間を殺したことでも有名ですね。その最後は、正に壮絶の一言。タムマロ様を旗頭に据えた魔王討伐軍の三分の一を一人で屠り、ラーサー・ペンテレイア様との死闘の果てに、相打ちになりました。ですが、わたしは実質、シルバーバインの勝利だと思っています。形の上では相打ちですが、彼女は最後の力を振り絞って魔王城内部へと通じる大門の前に立ち、そのままこと切れたのですから。実際、彼女の死に様はブリタニカ人の琴線に触れ、魔王の次に忌むべき存在でありながら、戦後の創作物を彩り続けています」
長い。クラーラがシルバーバインに……いえ、魔王に関する歴史に興味があったのは知っていたし、よくわかったけれど長い。
ブリタニカ語がわからないサコンのおっちゃんはもちろん、敵であるギュウキですら、目を真ん丸に見開いて驚いてる。
「ご、ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。あなた様が、シルバーバイン様が仰っていた魔王様の片翼様でございますね?」
「わたしが魔王の片翼? おかしなことを言いますね。わたしは魔王と会ったことなどありません。故に、片翼と呼ばれるような間柄ではありません。そもそもそんな、ある意味で四天王以上の存在がいたこと自体、今、初めて知りましたよ」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。あなた様ならそうおっしゃると、シルバーバイン様から聞かされております」
クラーラと魔王が知り合い? 片翼と呼ばれるほどの間柄? そんなはずはない。
魔王がこの世に現れた百年前はもちろん、世界征服を始めたと言われている二十数年前に、あたしとクラーラは生まれてすらいない。
生まれてからも、あたしとクラーラは魔王と会ったことはない。見たことすらない。
だって、あたしたちが孤児だった頃も、娼館と教会に拾われてからも、魔王はブリタニカ王国の首都ロンデニュウムには一切、侵攻しなかったんだから。
「ああ、これでようやく、我は役目を終えられる。あなた様方の糧となることで、ようやくあの方々の元へ逝ける」
クラーラはどうだかわからないけれど、混乱しているあたしを意に介さず、ギュウキは立った。そして、威嚇する熊のように両手を掲げた。
「かかってこい。って、ことで良い?」
「はい。相違ありませぬ。ここであなた様方と戦い、討たれることが、魔王様とシルバーバイン様に与えられし我の使命。そのために、今まで逃げ続けてきたのですから」
「逃げ続けた。ねぇ……」
妙に、合点がいった。
たしかに、サコンのおっちゃんは強い。ギュウキと互角に戦えるくらい、強いと思う。
だけど、エンコウとシバテンを従えたアイツに勝てるほどじゃない。一対一ならともかく、物量で押されたら一日ももたない。
それなのにサコンのおっちゃんは、二十年近くアイツと戦い続けた。
いえ、逃げ続けるギュウキを、追い続けさせられた。
「魔王が何を考えて、アンタにそんな命令をしたのかはわからない。だけど、アンタの罪は消えない。アンタは人を食った。罪もない人たちを殺して食った。それは、自覚してる?」
「生きるために殺し、食っただけです。それは、罪でしょうか」
「いいえ、罪とは言えないわ。でもね。人間は、自分たちが普段、当たり前のようにやっていることを、他の生き物がやったってだけで罪と決めつけることができる生き物なの」
ギュウキが言ったことを信じるのならば、それは当たり前のこと。生きるために必要なこと。責める義理も資格も、あたしにはない。
でも、不快に思っている。怒っている。種が違うだけでやってることは同じなのに、アイツがやったことをあたしは許せない。
「元ブリタニカ王国立魔術院所属、特級魔術師。序列三位。虚言の魔女、クラーラ・メリン……」
クラーラがあたしと同じ気持ちな訳がない。でも、クラーラは名乗りを上げながらあたしの隣まで来た。
「救世崩天法、皆伝。異種超級二等武神、クラリス・コーラパール……」
クラーラが何を思って名乗りを上げたのかわからないまま、あたしもつられて名乗り、次いで、申し合わせたわけじゃないけれど同時に……。
「「ボッコボコにしてやる!」」
と、叫んで行動を始めた。
ギュウキもあたしたちを迎え撃とうと、いっそう深く腰を落とした。でも、あたしたちの攻撃が届く寸前にその口から零れた言葉は、予想外だった。
「ええ、そうです。それでいいのです。我に与えられた使命は、あなた様方にその感情を植え付けること。ああ、雄々しく麗しい魔王様。気高く美しきシルバーバイン様。我は幾年もの醜態を晒し、憎き人間どもまで喰らって飢えをしのいだ末にようやく、あなた様方から与えられた使命を全うできました」
魔王とシルバーバインが何を思ってそんな命令をギュウキにしたのかはわからないし、理解するための時間もない。するつもりもない。
だからあたしとクラーラは、容赦なく人食いの化け物であるギュウキを攻撃した。もちろん、ギュウキも反撃してきた。
その攻防はあたしの魔力が尽き欠けるまで、夜が明けるまで続き、最後はサコンのおっちゃんが放った矢の一撃で、幕を降ろした。
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