10-6
先のクマたちの待ち伏せを反省したわたしは、過剰なほど各種探知系魔術を展開していました。
だから彼の存在を察知できたのですが、わたしにできたのはそこまで。
存在を悟られたと察したのか、探知系魔術を凌ぐほどのクラリスの感覚でも察知できないほど完璧に存在を隠蔽していた彼は、わたしでは反応できないほどの高速でクラリスの間近まで迫り、弓につがえた矢の先をクラリスの心臓付近へ定めました。
それ自体は何の問題もありません。
問題なのは、彼の容姿です。
「身長は百九十cm前後、筋骨隆々、顔は黒髪黒目の猿。あ、これはマズいです」
クラリスの好みにドンピシャ。
わたしは母の夢の内容から、わたしの父親として最も有力なのはタムマロ様だと思っています。
だってそうでしょう?
わたしは誰もが振り返るほどの美少女で、かつ、男の情欲を掻き立てるほど豊満で妖艶な体付きです。その要素すべてが父系遺伝。つまり、タムマロ様由来のモノであるなら何の疑問もないのです。
ですが、相手がクラリスの胸元に弓矢の狙いを定めている大柄の猿になると話が変わります。
クラリスは顔だけ見れば美少女にカテゴライズできますが、どんなに言葉を取り繕っても不細工としか言えないこの猿とまぐわったってわたしが生まれるとはどうしても思えません。
思えませんが、わたしのためにも万が一の可能性も排除しておくべきです。
この猿を父と呼ぶよりは、何を企んでいるのかわからない腹黒のタムマロ様を父とする方がはるかにマシですから。
「え、ちょ、ヤバ……。超好みなんだけど」
「冷静になってください。あなたは今、その薄い胸元に矢を突き付けられているのですよ?」
「問題ないよ。だって普通の矢ならあたしに傷一つ付けられないし、仮にあたしの防御を突破して心臓を貫かれたとしても、クラーラがすぐに治してくれるでしょ?」
すでに手遅れだったようです。
クラリスの顔面は一目で興奮しているとわかるほど紅潮して歪み、むしろ貫けと言わんばかりに両手を広げています。
対する猿はその行動の意図が読めていないようで、わかりやすく戸惑っています。
「ねえ、あなた、名前は?」
「チ、チカパシ……」
「チカパシ……か。聞きなれない響きだけど、意味とかあるの? ほら、オオヤシマ人は名前に意味を持たせるんでしょ?」
どうやら、外見がドストライクだったのはクラリスだけではなく、チカパシと名乗ったアヌー族と思われる男性も同じようです。
限界まで引き絞られていた弓は緩み、矢は下を向き、猿の顔は湯気が起つほど真っ赤になっています。
ですが、その後の答えが最悪でした。
いいえ、こう言うと正確ではありませんね。
正しくはクラリスにとっては最高で、それを見守っていたわたしたちにとっては最悪でした。
何故なら彼の名前をオオヤシマ語で要約すると、彼が恐る恐る口にした通り、「勃起」だったのですから。
それを聞くなり、クラリスは不自然な内股になって視線を下げました。
具体的に言うと、猿の股間へと。
「ぼ、勃起ってあれよね。その、そこがこう……エレクトした状態よね?」
クラリスが生唾を飲み込みながら言ったセリフを聞いて改めて、「ああ、クラリスに貞操観念はないのですね」と、改めて思いました。
わたしが知る限り、クラリスが肉体関係を持っているのはタムマロ様のみです。
邪推も混じっているかもしれませんが、わたしが直接タムマロ様と情報交換をしたと知っただけで嫉妬するほど、タムマロ様に入れ込んでいます。
それなのにこれです。
性格の良し悪しや経歴など関係なく、ただ外見が「好み」というだけで内股になって発情していると丸わかりな表情を晒すほど、クラリスは本能に忠実なのです。
それを体現するかのように、クラリスは胸元を盛大に捲って……。
「ウコチャヌプコロ!」
と、叫びました。
猿が「そ、そんな! 出会ったばかりで……!」と、言いながら狼狽しているのを見るに、クラリスが言ったのはおそらくアヌー族特有の方言。
どうしてクラリスがそれを知っているのかは置いといて、意味がわからないわたしは二人を雪鎖拘束魔術で拘束しつつ、「いきなり何言ってんですか?」と、自分でもわかるほど冷めた瞳で雪原に転がったクラリスを見ながら言っていました。




