9-33
人が三人いれば派閥ができる。
と言う言葉が、オオヤシマには古くからあるらしい。
わたしとクラリスのパーティーを例に挙げますと、マタタビが加入したのを機にクラリスとマタタビ、そしてわたしとハチロウちゃんの派閥が生まれ、どっちつかずのヤナギで均衡が保たれていました。
そこにヤナギの姉であるオハナが加わって、完全にその均衡が崩れました。
仲たがいしている訳ではないですが、わたしが壊れていた間にヤナギは完全にクラリス側になっていて、新参のオハナまでもクラリス側になってしまったのです。
しかも、私が壊れている間にあったエピソードに加え、ヤナギもオハナも境遇がクラリスと似ているため、ちょっとした雑談でもわたしは疎外感を抱いてしまいます。
「シノちゃん、無事にイチハラまで着けたかな」
「心配するだけ無駄だよ、ヤナギ。下手な転生者よりも強いシノだけでなく他の八犬士も一緒なんだ。フセを連れたあの一行は、何の問題もなく今頃フナバシを超えたあたりさ。もう一週間もあれば、イチハラまで着くよ」
「でもさ、姉さんみたいに八犬士総出でも軽くあしらえちゃう人がオオヤシマにはいるんでしょ?」
「いるにはいるが、神具持ちや転生者、ギフトホルダーとまともにやり合える奴なんざ、龍王以外では片手で数えられる程度だぞ?」
「その片手で数えられる程度の人がすぐ隣にいるんだが? トウキョウからの逃亡途中の茶屋で、わっちの隣で団子を頬張ってるんだが?」
最たるものがコレ、ヤナギとオハナです。
二人は幽霊と改造人間の違いはありますが、元が実の姉妹だけあって、他人では迂闊に割り込んではいけない雰囲気を醸し出しながら雑談に興じています。
いえ、雑談と呼ぶには、少々おどろおどろしいですね。
お互いに軽口を叩き合っているように聞こえますが、ヤナギの表情が恨みがましいです。
その上オハナの肩に言葉通り乗っているので、怨霊が憑りついているように見えます。
「ねえ、オハナさんって、具体的にどれくらい強いの? あたしよりも強い?」
「冗談はやめとくれよ。あたいは常識の範囲内の実力者相手なら勝つ自信はあるが、クラリス嬢みたいに阿保みたいな規模の破壊ができるような相手には無力だよ。仮に、クラリス嬢の魔力を意に介さず攻撃できる手段があるならは別だけどね」
「え? オハナさんってアラクネじゃないの? 前にクラーラが、アラクネの糸は魔力も物理も関係ないく切断できるみたいなことを言ってたよ?」
「たしかにツチグモと呼ばれていたオオヤシマ固有のモンスターと掛け合われちゃぁいるが、あたいの糸にそこまでの性能はないよ。もちろん、アラクネほど高尚な存在でもない。姿を見ればわかるだろう?」
「たしかに。あたしが知るアラクネは、下半身全部が蜘蛛だったし。あれ? でもオハナさんも、その内そうなるって言ってなかったっけ?」
「あたいを改造した転生者の話じゃあ、そうなるらしい。ただし酷くゆっくりで、そうなるのは早くても二十から三十年後くらいだそうだ。背中の脚が生えそろうだけでも十年かかったんだから、まあそんなものだろうさ」
「へぇ、意外と時間がかかるのね」
「転生者曰くあたいは失敗作で、ツチグモの、あ~……アイツはなんて言ってたか。デーなんとかとあたいのデーなんとかが馴染んで溶け合うまで時間がかかるらしい。ヤナギと同じようにあたいも先祖返りじゃなきゃ、下半身が蜘蛛になる頃には婆さんだったよ」
予想外の話が飛び込んできました。
オハナに魔力を無効化するような能力はない?
そんなはずはありません。
わたしの魔術で瞳と髪を黒に変え、浅黄色の着物を着てオオヤシマ人に変装しているクラリスが後の母なのなら、クラリスの膝の上で団子と格闘しているマタタビはシルバーバイン。橙色の着物を着たわたしの隣でお茶を啜っているハチロウちゃんはエイトゥスで、ヤナギはウィロウ。そしてオハナは、フローリストになるはずなのです。
そのオハナが、フローリストが所持していたギフト、知を嘲笑う者を持っていない?
それはどうして?
いえ、そもそも、フローリストはほんの数カ月前まで存命でした。
つまり、わたしが同一人物だと疑っている二人が同時に存在していたのです。
いえいえ、それ以前に、母が存命だった頃にクラリスも存在していましたし、ソフィア様の体を乗っ取ったウィロウもどこかで生きているはずなのに、ヤナギはそこにいます。
同一の存在が、同じ時間軸上に存在することができるのでしょうか。
もしかして、重ねた時間や経験の違いで同一と見做されていないのでしょうか。
だとすれば誰に?
転生者を産み出し、世界の均衡を崩し続けている神でしょうか?
「ねえ、クラーラ。さっきから難しい顔をしてるけど、どうかしたの?」
「え? いえ、少々気になることがありまして」
「気になること? もしかして、賞金のこと?」
「あ、それです。それでいいです」
わたしの仮説は、まだ不確定要素が多すぎます。
それに加え、わたしがクラリスから生まれたなどと認めるのは沽券にかかわります。
なので仮説はいったん頭の片隅に追いやり、トウキョウで暴れたせいで背負うことになった賞金の話に会話を逸らしました。
「それで良いって……。クラーラ、自分の首にかけられてる賞金の額、わかってる? 一億だよ? ほら、この茶屋の壁にも貼ってあるでしょ? 百名もの男性の尊厳を破壊した罪で、一億円もの賞金がかけられたんだよ?」
「高が一億。大した額ではありません」
「どうしてそう言い切れるのさ。一億って言ったらあれだよ? え~っと、百万円が十個だよ?」
「あなた、わたしよりもオオヤシマ語が堪能でしたよね? それなのになんですか? その訳の分からない表現は。それと、計算を間違えています。正確には一万円札を百枚一束にしたもの百束です。おっと、これはどうでもいいですね。あなたがあまりにもお馬鹿な事を言うので脱線してしまいましたが、あなたに比べれば微々たるものです。あなたの首にかけられた賞金はいくらでしたっけ?」
「え、え~っと……」
「六十六兆二千億。ちなみにこれはこの国の国家予算に相当し、わたしにかけられた賞金の六十六万二千倍です。わたしの手配書の横にあなたの手配書もありますが、罪状も読み上げましょうか?」
「あ、いえ、けっこうです。ごめんなさい」
はい、論破。
わたしを遥かに凌ぐ賞金首であるクラリスに、わたしを責める権利はありません。
ありませんが、わたしが賞金首であることも事実。
覚悟して行った結果ではありますが、わたしたちの旅路はそのせいで行き詰りつつあります。
「ねえ、クラーラ。これからの金策はどうする?」
「以前と同じく、娼館で地道に稼ぐ……と、言いたいところですが、無理でしょうね。賞金首になってしまったのでギルドの依頼を受けるのも不可能。むしろ、ギルドに顔を出しただけで賞金目当ての雑魚供に群がられてしまいます。と、なると、金策の手段は三つに絞られます。聞きますか?」
「うん、聞く」
「では一つ目。行く先々でヤナギがしていたように、わたしたち総出で日雇いのアルバイトをするのが無難かつ平和的です。が、これは現実的ではありません。日雇いで得られる対価では、大食漢のあなたがいるので日々の食費が精々。宿代までは捻出できません」
「二つ目は?」
「体を売るのです。マタタビとハチロウちゃんは幼いので免除するとして、幸いなことにヤナギとオハナは美人の類で経験もあります。あなたもニッチな需要はあるでしょう。一回2~3万程度に設定すれば、三人で一日数十万は稼げるはずです」
「ちょい待ち。どうして三人?」
「あら? クラリスは幼いマタタビやハチロウちゃんにも体を売れとのたまう外道だったのですか?」
「違うよ! クラーラだよ! どうして頭数にクラーラが入ってないの!?」
「わたし、聖女様とハチロウちゃん以外にこの体を許すつもりはありませんので」
そもそも、このプランはわたし的にもNG。本当にどうしようもなくなった時のプランです。
ヤナギとオハナはともかく、わたしの母かも知れないクラリスには不特定多数の男性と交わってほしくありません。
「では、三つ目のプランです。このまま北上するのではなく、空間直結魔法で一気にホッカイドーへ飛びます」
「ホッカイドーへ行ってどうするの? そっちでも、あたしらの手配書はまわってるはずよ?」
「ホッカイドーはかつてそこを治めていたカムイコタン国の風土や風習が今も色濃く残っているらしく、オオヤシマ政府に従いながらも独自の文化圏を形成して半ば鎖国状態だそうです」
「つまり、手配書がまわってない?」
「その可能性はないでしょう。なんせわたしたち、世界中に喧嘩を売ってしまいましたから」
「じゃあダメじゃん。ホッカイドーに行っても真っ当に稼ぐか体を売るかの二択でしょ?」
「いいえ、あります」
情報源がトウキョウ破壊後にどこからともかく現れたタムマロ様なのでわたしたちに何かさせようとしているのかもしれませんが、その話は今のわたしたちにとって魅力的過ぎました。
「チーンギ・スハン。ヨシツネを覚えていますか?」
「うん、覚えてるけど、どうしてヨシツネさんが出てくるの?」
「そのヨシツネがオオヤシマから大陸へ渡る際にホッカイドーを経由したそうなのですが、その時に財宝を隠したそうなのです」
「へえ、そうなん……ん? つまりクラーラは……」
「そうです。ホッカイドーでヨシツネの隠し財宝を探索し、それを当面の資金とします」
それにかつてのカムイコタン国は、オオヤシマ本土とも違う特殊な術式の術を扱っていたとも聞きました。
聖女様復活の手がかりを探しながら財宝も探す。
正に一石二鳥の土地が、オオヤシマ最大の面積を誇る最北の地、ホッカイドーなのです。
「まあ、暑くなってきてるし、避暑がてら北に行くのも有りか」
「そうですね。真夏でもホッカイドーの気温は30度を超えないそうなので、避暑にもピッタリです」
クラリスは何かを諦めたような顔をしていますが、一応はホッカイドー行きを納得してくれたようです。
そして手を繋ぎ、空間直結魔法の術式を編み始めたのですが、クラリスは思い出したように「そう言えばやたらとホッカイドーに詳しいけど、誰に聞いたの?」と、わたしに問いました。
不意に質問されたのでわたしは反射的に「え? タムマロ様ですが?」と、答えてしまったのですが、これが大誤算。
わたしが答えた途端に流れ込んでくる魔力量が急激に増えたため、術式に異常をきたして設定していたサッポロとは別のところへ飛んでしまいました。




