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クラリスとクラーラ ~魔王を倒した勇者に導かれて旅をしていたら大魔王になっていました~  作者: 哀飢え男
第九章 あ、やっと治った/これ、どういう状況ですか?
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9-31

 クラリスが最後に放った謎の破壊光線。

 アレと似た技を、母が使ったところをわたしは見ました。

 やはり、クラリスがわたしの母親? 今後何かしらあって、クラリスはマタタビたちと一緒に百年前の過去へ迷い込むのでしょうか。

 ですが、それだと疑問が残ります。

 わたしは? わたしはどこへ?

 母の夢に、今のわたしに相当する人物は出て来ませんでした。 

 と、言うことは、わたしはタイムスリップをしていない。わたしだけ、今の時代に取り残されたことになります。


「おっと、今はそんなことを考えている場合ではありませんでした」


 ウエノ魔物園を脱走した伝説級のモンスターたちが、すでに目視できる距離まで来ています。

 どうしてここへ向かっているのかはわかりませんが、クラリス・クラーラの性能なら束でかかって来られても撃退は容易です。

 ですが、クラリスの様子がおかしい。

 空を行軍しているモンスター群を見つめる瞳には緊張が走り、口元は何とか自分を奮い立たせようとしているかのように震えています。


「クラリス? どうしたのですか?」


 わたしが問いかけるとクラリスは大袈裟に驚いて、青ざめた顔でわたしを振り返りました。

 クラリスとはそれなりに長い付き合いですが、こんなにも怯えたクラリスを見るのは初めてです。


「あ、あいつ。あいつ、ヤバい」

「あいつ? 先頭のドラゴンですか?」

「そう、そいつ! なんであんなのが存在してるの? 勝てる気が全くしないんだけど!」


 先頭のドラゴンとは、七つの首を持つサタニエルのことでしょうが、わたしにはどうしてクラリスがすこまで怯えるのか理解できません。

 だってクラリスは、相手が龍王だろうと転生者の側近だろうと臆さず、能天気に相手していたのです。

 わたしが知る唯一の龍王であるワダツミと比べると、保有魔力量だけならサタニエルの方が上です。

 ですがそれでも、保有魔力量はクラリスの半分。

 クラリス・クラーラを使い、なおかつ龍脈からの魔力を無制限に使えるわたしたちの敵ではありません。

 それなのに、クラリスはサタニエルを恐れています。


「クラーラ。今すぐ部屋の中のみんなと、ハチロウくんをどこか遠くへ逃がして」

「それは構いませんが、どこへ?」

「どこでもいい! とにかくどこでも良いから、できるだけ遠くに逃がして! あいつと戦うことになったら、きっと目に見える範囲は更地になっちゃう!」


 クラリスは、わたしでは理解できない脅威をサタニエルから感じ取っている。

 そこまでのリアクションを取らせるほどのモンスターを支配するばかりか、見世物にしていたナリヒラ氏の能力は間違いなくチートです。


「何してんのよクラーラ! ボケっとしてないで、早くみんなを……!」

「落ち着いてください。たしかに伝説級のモンスター群は脅威ですが、クラリス・クラーラの性能と搭載されている魔術を鑑みれば、どうにでもできる相手です」

「それはクラーラが魔力量でしか相手を判断してないからでしょ? あいつはヤバいんだって! 上手く言えないけど、本当にヤバいの! あたしの本能が逃げろって言ってるの!」

「あなたのその反応で、サタニエルの脅威度は上方修正済みです。その上で言います。大丈夫です。恐れる必要など微塵もありません」

「どうしてそう思えるの? クラーラは魔力量で判断してるだけだよね? あたしみたいに感じ取ってるわけじゃないよね!?」

「違います。たしかにわたしには、あなたのように直接命のやり取りをした経験はありません。故に、あなたのように感覚だけで脅威度を計ることもできません。それでもあえて言います。大丈夫です。その証拠に、わたしたちは攻撃されていません」

「だからって、このまま攻撃されない保証にはならない! もしもアイツらから一斉に攻撃されたら、さすがにみんなを守り切れないよ!?」

「守れます! あなたはもう少しクラリス・クラーラを……いえ、わたしを信頼してください! わたしでは出来ないことをあなたが出来るように、あなたが出来ないことをわたしは出来るのですから!」

「それは、頭じゃわかってるけど……」


 わたしとクラリスの付き合いは長い。

 それなのに、わたしたちの信頼関係はマタタビやハチロウちゃん、ヤナギよりも希薄。

 互いに短所を補い合って長所を伸ばすべき関係であるはずなのにお互いの信頼度はお世辞にも高くはなく、認識の違いだけで中互いしてしまうほど脆弱です。

 ですがわたしは、それこそがわたしたちの長所だとも思っています。


「わたしはあなたの意見を尊重しています。だって、わたしにはわからないことがあなたにはわかるのですから」

「それはあたしもそうだよ。あたしにできないことをクラーラはできる。でも、今回ばかりは……」

「わかっています。サタニエルは母の登場以前に世界の脅威とされていたほどのビッグネーム。それに従っているとしか思えない行動をしている他のモンスターたちも、歴史に名を刻んでいる大物ばかりです。そんな大物たちの戦闘能力を、保有魔力量だけで計るなど愚考であり愚行。それは重々承知しています。だからこそ、大丈夫なのです」

「どうして? あたしにもわかるように、説明して」

「先ほども言いましたが、わたしたちはまだ攻撃されていません。歴史に記されている各モンスターの能力を考えればとっくに射程内なのに、です。それに、伝説級のモンスターは総じて人間並み、もしくは以上の知能があると認めざるを得ないエピソードが多々あります。そのモンスターたちが射程内にも関わらず攻撃もせずにこちらへ向かっているだけ。この事実が示す結論は一つだけ、対話です。サタニエルに率いられたモンスターたちは、わたしたちとの対話を求めています」

「……理屈はわかった。でも、それはあくまでクラーラの推論でしょ? 仮にその通りだったとして、対話が成立しなかったらどうなるの? 攻撃されちゃうんじゃない?」

「ええ、そうなるでしょうね。サタニエルがわたしたちとどんな話をしたいのかは今時点ではわかりませんが、最悪の場合はモンスター群と全面戦争です。トウキョウに住む人たちはもちろん、ハチロウちゃんやマタタビたちを守る余裕はないでしょう。ですが、あなたの心配はIfです。そうなるかもしれないと言う程度の、過程の話です」


 わたしが挙げたのはクラリスが考える最悪のケース。

 最悪の場合を考えて行動するのはけっして悪いことではありませんが、過剰だと悪手になります。

 想像するしかありませんが、クラリスは部屋の中にいるマタタビたちとハチロウちゃんを連れてどこかへ逃げるのが最善だと考えているはずです。

 ですが、わたしからすればそれは悪手。

 結果的に敵対することになったとしても、対話を求めているサタニエルとその郎党と会話もせずに姿を眩ますなど悪手中の悪手、愚策です。

 もしもわたしたちがこのタイミングで姿を消せば、サタニエルたちが求めている内容次第では、旧五大国どころか現政権、つまり転生者の集団も含むオオヤシマの全勢力を巻き込んだ大戦へ発展しかねません。

 これも、わたしとクラリスの認識の違いゆえに起きた行き違いです。

 クラリスはあくまで、自分とわたしで解決できるかできないかで考えますが、わたしはその先まで考えます。

 ですがこれは、わたしの方が思慮深いということではありません。

 クラリスは把握している戦力や経験から現実的に最悪の事態を予想し、わたしはそれ以外の客観的な事実から最悪の事態を予想しているだけ。

 要は、最悪の事態に直結する要因が違い、そのせいで思い描く最悪の事態に差異が生じてしまうのです。


「クラリスは、わたしのことが信じられませんか?」

「信じてるよ。クラーラのことは誰よりも信じてる。でも、今回ばかりは……」

「気持ちはわかります。仮に、わたしでは倒せない相手だと判断してもあなたが大丈夫だと言えば、わたしは同じ反応をするでしょう。わたしがそんなことを言った場合、あなたは何と返しますか?」

「きっと、クラーラと同じことを言うと思う」

「そう、そうなんです。あなたとわたしなら大抵のことは力尽くでどうとでもできるのに、互いの認識は違うだけで尻込みしてしまいます。これこそがわたしたちの最大の弱点です。良いですか? クラリス。わたしとあなたが力を合わせれば、魔王だった母がいない今、敵足り得るのはタムマロ様だけです。それ以下の者を恐れる必要など微塵もありません」


 と、それらしいことを言いましたが、サタニエルを初めとした伝説級のモンスター群と先頭になった場合、クラリス・クラーラに乗っている状態でも生きて逃げ切れる絶対の保証はありません。

 ですがわたしは、クラリスを後の母ではないかと疑っています。

 すでにわたしたちとモンスター群は互いに射程内。

 それなのにわたしが今、こうしていられる事実が、クラリスとハチロウちゃんたちがこの場では死なないと証明してくれているのです。

 だってそうでしょう?

 もしもクラリスがこの場でモンスター群と戦って死ぬのなら、わたしは生まれてこないことになってしまうのですから。

 



 



 




 

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