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塔の最上階で一際眩い閃光が辺りを真昼のように照らすのとほぼ同時に、詠唱は終わりました。
あとは魔術名を唱えるだけで、|万物蹂躙用大魔術(改)《クラリス・クラーラ改二》を発動できます。
「光の中に人影が……。あれがクラリスですね。ならば……」
わたしは「飛び上れ。|万物蹂躙用大魔術改《クラリス・クラーラ改二》」と、唱えてボディを形成する自然物と共に舞い上がり、落下中のクラリスと合流しました。
ボディの形成が完了するまでざっと十数秒ほど。
ですが、わたしたちの真上を陣取っていた巨人はそれを許すつもりはないらしく、鈍色の銃口をこちらへ向けています。
「クラリス」
「わかってる!」
間合いを考えれば、こちらには防御以外に対抗手段がありません。
それなのに何故か、わたしはクラリスの名を呼びました。
クラリスも、応えてくれました。
防御しろとも、反撃しろとも言ったわけでもないのに、クラリスは「救世崩天! 突放閃光!」と言って形成されたばかりの右手を巨人へと向けて、クラリス・クラーラ改二の手の平から魔力光線を放ちました。
「おろ? 意外と脆いわね」
黒いフルフェイスの甲冑を纏った女性がドラゴンの翼と尾を備えた容姿のボディが完全に完成すると同時に、クラリスはクラリス・クラーラを塔の天辺に着地させました。
土産とばかりに、下半身を消し飛ばされた巨人の頭を鷲掴みにして。
「おっと、動いちゃダメよ。動いたら、コイツの頭を握り潰しちゃうから」
そして他の塔の屋上や空中でわたしたちを包囲している残りの巨人たちに、見せびらかしました。
相手は兵士。
人質足り得るかは疑問ですが、他の巨人たちの躊躇しているような挙動を見るに、集中砲火を食らうことはとりあえずなさそうです。
「ところでクラリス。ナリヒラなる人物を殺害したのは、あなたですか?」
「こんな時に何よ。そんなことより、周りの巨人をぶん殴る方が先じゃない?」
「大切な事です。あなたがやったのか、そうじゃないのかによって今後の対応が変わります」
ナリヒラ氏を殺したのはクラリスじゃない。
クラリス・クラーラ発動前のわたしの目の前に落ちて来たのは首だけ。胴体は今も、わたしたちの足元に転がっています。
この状況を見るだけで、殺害したのがクラリスではないのは明らかです。
だってクラリスなら、殺してしまうほど怒っていたなら遺体など残しません。
跡形もなく消し去ります。
ですが、こうも思います。
きっとクラリスは、ナリヒラ氏殺害の罪を背負うでしょう。
ナリヒラ氏を殺した人物を、庇うと思います。
実際にクラリスは、わたしを見ずにぶっきら棒に、「あたしがやった」と呟きました。
「そうですか。では、あなたのせいでオオヤシマで内乱が始まってしまいますね」
「そっか。小物感が凄かったけど、そこまで重要な人だったんだ」
クラリスが誰を庇っているのか、わたしは知りません。
ですが、クラリスは汚名を被るつもりのようです。
深呼吸を数回繰り返したことから、それがどれほどのデメリットなのかも、わたしたちの旅に支障が出ることもきっと理解しています。
それでも、背負うつもりです。
「クラーラ。この街に住む人たちを一人も死なせずに、街だけ破壊することってできる?」
「少しばかり面倒ですが、可能です。可能ですが、どうしてそんなことを? まさか、あなたがこの国にとっての絶対悪にでもなるつもりですか?」
敵対している者同士に争いをやめさせる手っ取り早い方法。
それは共通の敵を作ってやることです。
敵の敵は味方。ということわざがオオヤシマにはあるそうですが、それが成立するのはあくまでも片方にとって脅威となる場合だけ。
全方位、全ての勢力の脅威となるのなら、これほど確実な抑止力はありません。
と、楽観的に考えるほど、わたしは素直ではありません。
何故なら、絶対的な共通の脅威があってなお、人間は相争うのをやめられない生き物だと、母の夢を通して見て知ってしまったからです。
「そのつもりだけど、反対?」
「反対というよりは、心配です」
「心配? 何が?」
「あなたが向けられる悪意から堪えられるか、です。あなたはこの国の人全てから憎まれ、怨まれるのですよ? 本当に、それで良いのですか?」
「良いよ。あたしが恨まれるだけで他の全てが丸く収まるなら、安上がりだよ。全部あたしが受け止める。受け止めた上で、弾き返してやる」
楽観的。と、いう訳ではありません。
クラリスは、そこまで馬鹿ではありません。
きっとわたしが言ったことなど織り込み済み。覚悟など、とっくにできていたのでしょう。
背負うのではなく受け止め、弾き返す覚悟が。
「そうですか。では、名乗らなければいけませんね」
「もちろん! オオヤシマ中に、あたしとクラーラの名を轟かしてやる!」
いや、わたしの名前は勘弁して頂きたい。
と、以前のわたしなら冷静に返していたでしょう。
ですが今はこの旅で得た経験と、母の生き様を見たことで心境が変化しています。
メリットやデメリットなど、考えるだけ無駄。
消極的な考えなど、望みへの遠回りでしかありません。
「クラーラ、準備は良い?」
「空間投影魔術と天体観測魔術、さらに詳細地図表示魔術と伝心魔術を使って、オオヤシマ全土への放送準備は完了しています。さあ、いつでもどうぞ」
「OK! じゃあ、やっちゃうよ!」
威勢のいい宣言とは裏腹に、アクションは静かでした。
人質にしていた巨人を投げ捨てるなり、腕を組んだだけ。
ですが、かつてないほどの威圧感を、クラリスの背中から感じます。
「我らは魔王。全てを滅ぼす魔王。今、この時より、我らはこの国に君臨する」
そしてクラリスは、静かに語り始めました。
これが宣戦布告ではなく、争いを起こさせないための戒めだと、何人の人が気づくのでしょうか。
「だが、抵抗は認めよう。反抗も認めよう。反乱も、革命も歓迎しよう」
クラリスは歌うように言いながら空を見上げ、まるで挨拶でもするかのように組んでいた両手を広げました。
初めて見ましたが、こんなにも優雅な仕草が出来たとは驚きです。
「だから楽しませろ。死力を尽くして我らに抗い、道化を演じろ。さすれば我らも、本気で悪を演じよう」
母の夢を見て、わたしはとある疑問を抱きました。
母と四天王はタイムトラベラー。
これは会話などから、ほぼ確実だと思われます。
ですが、母たちがどの時代からタイムスリップしたのかはわからないままでした。
直接的なヒントが飛び交っていたのに、わたしは気づかないふりをしていました。
気付きたくありませんでした。
だって気づいてしまったら、クラリスをどんな目で見たらいいのかわからなくなってしまうから。
母と同じことを言い、同じように悪を演じようとしているクラリスを、母だと確信してしまうからです。
そんなわたしの心境など知る由もないクラリスは、広げた両手を天に掲げて盛大に、「我が名は魔王、クラリス・クラーラ。この名と力を恐れぬ勇者の挑戦ならば、いついかなる時でも受けて立とう!」と、名乗りました。




