9-28
「あ~あ。やっちゃったか」
「他人事みたいに言ってんじゃないよ。どうして止めなかったんだい?」
「いやいや、あれは無理でしょ。止まんないでしょ。止めらんないでしょ」
シノさんがナリヒラの首を刎ねるのを、あたしは黙って見ていた。
でもそれだけじゃあ、シノさんの怒りは収まらなかったみたい。
行き場を失くした怒りが全身を震わせ、矛先を向ける相手を探しているように瞳がギラついている。
「まさかシノちゃん、今度は姉さんを斬るつもりじゃないよね?」
「有り得るねぇ。なんせあたい、シノを含めた八犬士とは散々やりあったし、フセ姫が凌辱される切っ掛けを作ったんだからね」
「そこがわかんないんだけど、どうして姉さんはタマズサって名乗ってるの?」
「フクハラから逃げて、飲まず食わずでさ迷っていたあたいを前のタマズサ様が拾ってくれたからさ。その恩に報いるために、あたいはオハナの名を捨てて亡くなったタマズサ様の代わりを演じた。まあ、ちょっとばかし派手に暴れたせいで捕まって、転生者に実験台にされたりナリヒラの小間使いをやらされたりと散々な目に遭う羽目になっちまったけどね」
タマズサ改め、オハナさんも色々あったのね。
と、同情的な気分で二人を眺めていたら、北の空から何かが飛んで近づいているのが見えた。
人型っぽいけど、どうやって飛んでるんだろう。
「おっと、アレはヤバいね。自衛軍ご自慢の人型機動外骨格じゃないか」
「強いの?]
「戦っているところを見たことはないが、たった一体で一軍に匹敵するって前評判だ。そうでなくても、大きさが違うだけで十分な脅威だよ。どうするんだい? ナリヒラはオオヤシマの重鎮の一人だ。殺したと知られるなり、攻撃されるぞ」
「だったら戦うしかない。と、言いたいところだけど、クラーラがいないとクラリス・クラーラが使えないしなぁ……」
巨神体現を使えば肉弾戦は可能かもしれないけれど、敵の数を考えると性能次第では悪手にしかならない。
袋叩きにされて終わり。
それ以前にマタタビちゃんとヤナギちゃん、それにオハナさんとシノさん、フセ姫さんと犬士たち、さらに洗脳が解けた反動なのか、気絶している魔族の女の子たちまでいる状況でそんなことはできない。
戦うにしても、先にみんなを逃がす必要がある。
「オハナさん。この塔の出口は?」
「あるにはあるが、脱出するよりもフセ姫が幽閉されている部屋に立て籠もった方が良い」
「その心は?」
「あの部屋は本来、他の転生者が作ったナリヒラ用のシェルターなんだ。噂じゃあ、魔王が直接ぶん殴っても大丈夫なんだとさ」
「OK。じゃあ、オハナさんとヤナギちゃんは、女の子たちをあの部屋へ運んで……あ、でも、鍵はどうやって開けよう?」
「あの部屋の鍵はナリヒラの指紋だ。手首をぶった切って開ければいい」
「じゃあ、そうして。シノさんも良いわね?」
問いかけても、シノさんが返事をしない。
憎しみが籠った瞳で北の空を……いえ、近づいている巨人たちを睨んでいる。
「タマズサ。一つ確認したいことがある」
「なんだい?」
「どうしてナリヒラは、フセ姫様を欲したんだ?」
「あたいは攫ってこいって言われただけだから、詳しいことは知らない。でも、想像はつく」
「聞かせろ」
「ここ何年か、オオヤシマ政府がギフトホルダーを集めてるって噂を聞いた。ここまで言えば、わかるだろ?」
「フセ姫様のギフトを使ってギフト同士を掛け合わせ、転生者のチートに近い能力を作ろうとしていた。と、言うことか?」
「そんなところじゃないかと、あたいは予想してる。ギフトは性能自体にデメリットはないが、ギフトホルダーにそれを扱えない致命的な欠陥がある場合がほとんどだ。それがない者にギフトを与えれば、それだけでチート能力者が誕生する。さらに複数のギフトを得れば、鬼に金棒だ。実際、可能だろう?」
「ああ、できるだろうな」
問答が終わると、シノさんの敵意は完全に、ようやく形がハッキリとわかる距離まで来た巨人たちへ向いた。
フセ姫さんが凌辱された原因はオオヤシマの転生者たち。
その尖兵と言っても良いあの巨人たちで、憂さ晴らしでもしようと考えてるのかしら。
でも、いくら神具持ちのシノさんでも、あそこまでサイズの違う相手と戦えるとは思えない。
「オハナさん。シノさんも隣の部屋にぶち込んで。無理矢理でも良いから」
「そんな! どうしてですかクラリスお姉さま!」
「ブチ切れ寸前のシノさんじゃあ、アイツらを相手にまともに戦えると思えないからよ。って言うか邪魔。アイツらはあたしとクラーラが何とかするから、シノさんは他の犬士たちと一緒にフセ姫さんを守っていなさい」
と、言ったところで納得してくれるはずもなく。
シノさんは「アタシも一緒に戦います!」とか「クラーラって誰ですか? あの修道女ですか? アタシと言う者がありながら浮気ですか!?」などと言っていたけれど、オハナさんの糸で簀巻きにされて隣の部屋に連行された。
全員が隣の部屋に入って数分、ここへ向かっていた巨人の一体が、あたしが吹き飛ばした天井から顔を覗かせた。
それを見るなり咄嗟に魔力を解放してゴールデン・クラリス状態になったけど、これからどうしよう。
「とりあえず、魔王が殴っても大丈夫って話を信じて巨神体現で暴れるか……って、何これ。頭の中に直接声が……。これ、ハチロウくん? 飛び降りろってどういう……」
ことかなんて考える必要なんてなかった。
下にクラーラがいる。きっと、クラリス・クラーラを使うつもりなんだ。
だったら飛び降りてやろうじゃない。
と、思って駆け出したけど、ふと思った。
たぶん今は、あたしがナリヒラを殺したと思われてるよ? でも、クラーラは見られていないはず。
兵士たちの下半身を使い物にならなくした罪には問われるかもしれないけれど、少なくともナリヒラ殺害の件では疑われないかもしれない。
「救世崩天、額面発光!」
だから目眩ましがわりに、額を起点にして眩い光を目眩ましとして放ってから、あたしは塔の下でいきなり発生した神話級相当の魔力へ向かって飛び降りた。




