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2-1

 トクシマ県からコウチ県へ向かうには、タムマロ曰く、コクドウを通るのがわかりやすくて手っ取り早いらしい。

 それは二つあって、山間を縫うように伸びてる方がヒャクキュウジュウゴゴウセンで、海沿いを伸びてる方がゴジュウゴゴウセンって、呼ばれてるんだって。 


「ねえ、クラーラ。今からでも、ゴジュウゴゴウセンの方に行かない? ほら、地図だともう少し行ったら分岐してて、南に行けばゴジュウゴゴウセンに合流できるようになってるしさ」

「いまさらですか? タムマロ様がゴジュウゴゴウセンを勧めてくださったのに反発して、そっちは遠回りになるから短いヒャクキュウジュウゴゴウセンにしようと言ったのは、あなたではないですか」

「いや、そうなんだけど……。その時はほら、こっちがこんなに険しい道だって知らなかったから……。って言うか、クラーラだって賛成したじゃん! コクドウは古代文明の遺物だという話ですから、歩きにくくはないでしょう。って、言ったじゃん!」


 あたしたちが選んだヒャクキュウジュウゴゴウセンは、道と呼べるような状態じゃなかった。

 アスファルトは基本的にあちこちひび割れてるし、陥没どころか崩落してとぎれとぎれになっている箇所がいくつもあった。正直、獣道の方が数十倍マシに思えるし、見ようによっては戦闘の後が延々と続いているようにも見える。


「確かに言いましたし、賛成もしました。ですからこうやって、文句も言わずに歩いてるじゃないですか」

「いやいや、歩いてないよね? 歩いてるように見えるだけで歩いてないよね? だってクラーラ、『強化外骨格魔術(マジカル・パッケージ)』を使ってるじゃん」


 だから隣を歩くクラーラは、あたしですら息切れを起こすこんな悪路でも涼しい顔をして歩いていられる。

 もしマジカル・パッケージを使っていなかったら、クラーラは荷物を背負うどころか数十メートル歩いただけでスタミナ切れを起こして倒れてるよ。

 

「ねえ、あたしにもその魔術、使ってよ」

「無理です。その理由は、以前に説明しましたよね?」

「されたけど……」


 納得はできていない。

 クラーラ曰く、あたしはゴールデン・クラリス状態と呼べるほど魔力を放出していない時も、常に魔力を放出している。それが常人どころか、一級魔術師すらはるかにしのぐ量だから下級魔術程度なら弾いちゃうし、それ以上の魔術でも効果が弱くなるらしい。天然の『|対物理・対魔術用防御魔術アンタッチャブル』付与状態とも言ってたっけ。

 

「あたしの魔力を使ってるのに、ズルいよ」

「その分、わたしの方が多く荷物を背負っていますし、娼館での路銀稼ぎもやっています。なので、ズルくありません。公平です」


 不公平だよ。と、言い返したい気持ちを飲み込んで、あたしは荒くなった呼吸を整え、苛立ちを抑え込むために立ち止まって数回、深呼吸をした。

 

「どうしたのですか? 本当に疲れたのなら、休憩しますか?」

「まだ、平気だよ」

「そうですか。では、先を急ぎましょう。ドーロの下方に川は流れていますので水場には困りませんが、野宿をするなら、開けた場所が望ましいので日が沈む前に見つけましょう」


 セリフだけ聞けば、クラーラがあたしを気づかったように聞こえる。でも、実際はそうじゃない。

 クラーラはあたしが疲れていようが怪我をしていようが、気にしない。気にしているのは、あたしとの距離だけ。

 なぜなら、あたしとクラーラが常備している搾取の首輪の効果範囲は半径200メートル。それ以上離れると、クラーラはあたしから魔力を吸えなくなるの。


「あたしは別に、困らないんだけどね」

「何か、言いましたか?」

「何も言ってないよ。ほら、日が沈む前に、適当な野宿場所を見つけるんでしょ?」


 あたしはそう言って、早足でクラーラを追い越した。

 特に意味なんか無いし、首輪の範囲外に出てクラーラが魔術を使えないようにしてやろうとか考えたわけでもない。

 しいて言うなら、ちょっとした嫌がらせ。

 邪推したクラーラが、「ちょ、ちょっと待ってください!」と、言って慌てる姿を見てみたかっただけ。

 だけだったんだけど、冷や汗を流しながら必死になって着いて来るクラーラを見たらテンションが上っちゃって、気づいたら早足どころか走り出していた。


「どういうつもりですか? どういうつもりだったのですか!? あなたが首輪の効果範囲外に出たら、わたしは魔術が使えないのですよ? それ、わかってますよね? わかっててやったんですよね!?」

「いやぁ、そんなつもりはなかった……とは言い切れないけど、予定より多く進めたし、お日様があるうちに開けた水場も見つけれたんだから結果オーライじゃん。まあ、少しばかり崖下りはする羽目になったけど」

「結果オーライ? ええ、たしかに、結果だけ見ればその通りでしょう。ですが、全力疾走どころか黄金聖女まで使って本気で引き離そうとしたあなたに着いて行くために、わたしがどれだけ苦労したと思っているのですか? 魔術の心得がないばかりか才能の欠片もないあなたに説明しても詮無いだけですが、魔術とは基本的に、組んだ術式通りの効果しか発揮しないのです。術式の修正や変更はわたしレベルになれば随時可能ですが、それでも一度頭を介す必要があるため、一瞬だけ遅れるのです。それなのにあなたは、その一瞬すら与えないほどの速度で逃げようとしたではないですか!」

「はいはい、ごめんごめん。わかったから、魔術で木を出して火を起こしてよ。あたしはその間に、魚なり獣なり獲ってくるから」

「あなたは、魔術で無から有を創り出せると思っているのですか? 火はともかく、植物は魔力を養分代わりに与えて成長を促進し、操っているだけであって、けっして……」

「あ~、はいはい。うんちくは良いから、どうにかして火を起こしといてね」


 知識をひけらかすのが三度の飯より大好きなクラーラは、そう言っても「待ちなさい! まだ授業中ですよ!」と、あたしの背中に向けて叫んだ。

 それを無視して、あたしは今日の寝床と定めた川岸から、ふくらはぎが浸かるくらいまで川に入って、クラーラに聞こえないように「ったく、付き合ってられないよ」、と、呟いた。


「さて、お魚さんはいるかな~……と。あ、いた」


 あたしはクラーラへの不満を、眼下を呑気に泳ぐ魚たちへと向けた。途端に逃げてしまったけれど、その様を見て、どうせならあたしの不満も一緒に散らばってくれたら良かったのに。と、思ってしまった。

 クラーラは、隙あらば魔術に関する知識を披露したがる。披露するだけならいいけれど、理解したところで扱えないあたしに自慢げに語るのが気に食わない。

 あたしは、人よりも多くの魔力を持っているだけの凡人。だけど、クラーラは違う。

 クラーラは、正真正銘の天才。

 ギフトと言う名の才能にあぐらをかかず、誰よりも努力して、魔力が無いのに魔術院に登録された。

 院内序列最下位で、立場的には研究員……いえ、アドバイザー的な立場だったけれど、基本的に貴族の縁者か、突出した才能を持った人しか登録を許されない王国立魔術院に名を連ねた。


「そんなクラーラに力を貸せるなんて、光栄でござ~い。なんて……」


 思えるわけがない。納得できるわけがない。 

 クラーラはあたしがいなきゃ何もできないけれど、あたしは違う。あたしは何度も死にしそうな目に遇って、戦う術を手に入れた。

 今はまだ、クラーラに魔力の最大値を制御してもらってるけど、努力次第でどうにかなる。そうできる自信が、あたしにはある。

 そう自分を慰めながら、あたしは再び足元に寄って来た大きめの魚を、川の水ごとすくうように手を突っ込んで捕か……。


「うぉおっっと! ビックリした!」


 あたしの右手が魚をすくうよりも一瞬早く、手作り感満載の矢が魚を貫いて、川底に縫い留めた。だけど、射手の姿は見えない。気配も感じない。

 この時点で、只者じゃない。

 だからあたしは、「何事ですか?」と、言いながら駆け寄って来たクラーラに「クラーラ! 索敵して!」と、頼んだ。

 するとクラーラは、すぐに動けるように構えを取ったあたしと矢をチラリと見てから、「敵? こんな所で、ですか?」とだけ言って、あたしから魔力を吸い始めた。


「どう? 誰かいる?」

「『音響探査魔術(エコーロケーション)』と『赤外線探査魔術(サーモグラフィー)』で半径50メートル内を探索しましたが、獣くらいしかいません」

「じゃあ、この矢はどこから……」


 降って来た? と、続けようとしたけど、飲み込んだ。

 クラーラは何て言った? 半径50メートル内を探索したって言ったよね? その範囲内に、上は含まれてるの? 具体的に言うとあたしたちが降りて来た崖。その上を走る、ヒャクキュウジュウゴゴウセン上は?


「クラーラ! あたしの後ろに……!」


 悪い予感は悪寒に変って背筋を駆け抜け、それを増幅するように、殺気が上から降って来た。

 

「救世崩天! 波紋平傘(アンブレラシールド)!」


 あたしは状況を理解していないクラーラの胸ぐらを掴んで強引に後ろに下がらせながら、槍を構えて上からアタシたち目掛けて飛び降りて来た敵に向けて右手を突きだして、魔力を傘のように放出した。


「誰よ、アンタ! いきなり襲ってくるなんて! 無粋が過ぎるんじゃない!?」


 あたしの波紋平傘で初撃……いや、追撃か。を、防がれた敵 (使い古されたオオヤシマ風の鎧兜を身に着け、身長よりも長い弓と矢筒を背負った四十代くらいのオッサン)は、波紋平傘を右足で蹴り飛ばして後ろに飛び、着地するなり槍の穂先をあたしに向けた。

 このオッサン、強い。

 隙がまるでないし、向けられている槍から逃げられる気がしない。上下左右、どこに逃げても、あの槍はあたしに届く。そう思わせるほど洗練されていると、構えからわかる。

 

「黙れ! ギュウキの手先め! 小娘の姿をしちょるが、おんしはエンコウか? それともシバテンか!」

「ギュウキ? エンコウ? ごめん、何言ってるのか、わかんないんだけど」

「おんしは川に入っちょったろうが! それこそが、ギュウキの手下であるエンコウやシバテンである証拠! 言い逃れはさせん!」

「いやいや、川に入っただけで、どうしてそうなるの!? あたしはただ、魚を獲ろうとしただけだよ!」


 と、一応は弁明したけれど、オッサン顔色を変えない。構えも解かない。

 これは一戦交えるしか、誤解を解く方法はなさそうね。と、思って、どう攻めようかと考え始めた途端に、魔力を吸われた。しかも、一度に吸えるMAXの量を。

 そう言えば、力づくで後ろに下がらせたクラーラは、どうなってたんだっけ?


「灼け。燃やせ。万象全てを、灰燼に帰せ……」


 恐る恐る振り返ると、ずぶ濡れになったクラーラが、無表情で詠唱をしていた。

 しかもあたしが知る限り、古代魔法以外で最も破壊力がある、上級魔法を。


「ちょ、ちょっと待ってよ、クラーラ。それはヤバい。その魔術はヤバい。いくらあたしでも、ただじゃ済まな……」

「知ったことではありません。わたしをずぶ濡れにした罪、その身をもって償いなさい!  『獄炎顕現魔術(ヘル・フレイム)』!」 


 クラーラが頭上に掲げた杖から、真っ黒な炎が放出された。

 それは弧を描いてあたしとオッサンの間に堕ちて、視界どころか周り全てを、真っ黒に焼き尽くした。

読んでいただけるだけで光栄なのですが、もし「面白い!」「続き読みたい!」など思って頂けたらぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!




ぜひよろしくお願いします!

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