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古代魔法は神話級と伝説級。現代魔術は最上級 (非公式)、上級、中級、下級と大雑把に分類されていますが、厳密には性 (攻性や防性など)・級 (神話級や伝説級など)・属 (火属性や水属性など)・危 (危険度)・威 (威力)・域 (効果範囲)・対 (対象)の五階級に細分化されています。
例を挙げると、この階級を決める際の基準となった広域殲滅魔法は攻性・神話級・火属・危険度A・威力A・超広域・対国家となり、ゴールデン・クラリス状態のクラリスに対しても有効な現代魔術、獄炎顕現魔術は攻性・上級・火属・危険度B・威力B・広域・対軍となります。
ちなみにエイトゥスが母に語って聞かせたこれは、魔術学院の初等部で習う基礎中の基礎です。
「わかりましたか? 魔王様」
「え、え~っと……。もう一回初めからお願いしてもいい?」
「またですか!? これでもう十回目ですよ? 僕は何回、基本中の基本を馬鹿にでもわかるように噛み砕いて説明しなきゃいけないんですか!」
まだ若い、十代後半と思われるエイトゥスが森の中の野営地で天に向かって吠えていますが、わたしも同じく吠えたい気分です。
だって十回ですよ?
エイトゥスの説明はけっして悪くなく、本人曰く「馬鹿にでもわかるように噛み砕いた説明」も誇張ではなく、基礎からしっかりと理解していないとできないほどわかりやすい説明でした。
「魔王様。本当に魔術を覚える気があります?」
「あ、あるよ? あるに決まってるじゃない」
「だったら覚えてください。僕が教えてる内容が理解できないようじゃ、魔術はおろか魔法なんて以ての外です」
「で、でもさ、使えるよ? 魔術はもちろん、魔法だって使えてるんだよ? それなのに、分類の仕方なんて覚える必要があるの?」
「もちろん、あります。例えば薪に火を着けるとして、魔王様はどの魔術を使いますか?」
「え~っと……。火球魔術……かな?」
「魔王様は真正の馬鹿ですか? 薪に火を着けるのにファイヤ・ブレッド? 過剰火力です! 地面ごと薪が吹っ飛びますよ! 薪に火を着ける程度なら着火魔術で十分! ちなみにこれは非攻性・下級・火属・危険度F・威力F・狭域・対物となります!」
エイトゥスは憤慨しすぎて肝心な事を言い忘れていますが、要は魔術、魔法のチョイスに分類階級は重要かつ有用だと言いたいのです。
それが察せない母は苦笑いを浮かべつつ頬を掻き、隣でニヤニヤしているウィロウへ視線で助けを求めました。
「わっちを見ても助けてあげないよ。魔王ちゃんは魔法や魔術のチョイスがめちゃくちゃなんだから、しっかり勉強しなさい。じゃないとこの前みたいに、井戸を掘るつもりで地震を起こしちゃうなんて間抜けな事をまたやっちゃうよ?」
「わ、わかってるわよ。だから、こんな面白くもないことに時間を割いてるんじゃない」
まあ、魔道に興味のない人からしたら面白くないでしょうね。
ですが、正にエイトゥスから授業を受けている最中にそれを口走るのは悪手です。
怒りが頂点を迎えたのかエイトゥスは真顔になり、「ほう? 魔王さまは僕の授業がつまらないと?」と、言いながら、教鞭を左手にペシペシと叩きつけながら言っています。
「つまらないとは言ってないでしょ!? って言うかエイトゥス、何を詠唱してるの? あたし、その魔術は知らないんだけど……」
「ええ、知らないでしょうね。これは僕が、魔王様が駄々をこねて授業をまともに受けてくれない場合に備えて創った魔術ですから」
「ち、ちなみに、どんな魔術?」
「術名は強制睡眠学修魔術。眠ってる間も休みなく、僕が選定した知識を魔王様の脳内に刻み続ける魔術です」
「寝てる間も勉強しろと!? 何それ、悪夢じゃん! あ、だからナイト・メア? いやいや、そんなことはどうでも良いか。やめてエイトゥス! ちゃんと勉強するから、そんな魔術をかけないで!」
すでに手遅れ。
エイトゥスは母を木鎖拘束魔術(おそらく魔力封印の術式付き)で拘束し、術式がうっすらと輝いている両手の平を掲げてゆっくりと近づいています。
「や、やめ、本当にやめ……」
「安心してください、魔王様。ほんの十年分です。僕が十年かけて蓄えた魔道知識を、寝るだけで覚えられるんです。お手軽でしょう?」
「い、いや、その代償が……」
「代償? 代償なんてありません。魔道を志すものからすれば子守歌のようにありきたりで安らぐ程度の知識。きっと、魔王さまもお気に召しますよ」
「召さない! 絶対に召さない! だって興味ないもん! 使えれば良いんだもん! だからやめて!」
懇願もむなしく、エイトゥスは一切の感情を感じさせない冷めた瞳で母を見つめながら両手で頭を掴み、「往生際が悪い」と吐き捨ててから魔術を発動しました。
これで母は、魔道知識を曲りなりも手に入れたことになります。
なりますが、この夢の内容はおかしい。
この時点の母は、ファイア・ブレッドだけでなく他の魔術、魔法も使えると思われます。
ですが、それは有り得ません。
基礎的な知識すらない母ではファイヤ・ブレッドはおろか、それよりも強力で高度な魔術や魔法は使えるはずがないんです。
使える可能性があるとすれば、天恵。
まさかわたしのギフト、魔道の極みもクラリスの浪費する者と同じように、母から与えられたものだったのでは?
いえ、もしかしたら、元は一つのギフトだったのでは?
そんな疑問が、今回の夢を見たら浮かんでしまいました。




