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以前クラリスに語った覚えがありますが、多脚族が体内で作る糸は人間が作るどの糸よりも強靭で切れにくく、たった1メートルでブリタニカ小金貨十枚もの値が付く超希少品です。
さらに糸自体に魔力への耐性もあるため、その糸で編まれた服はミスリル並みの対物理、対魔力防御性能があります。
その超希少で超高価な超絶性能の糸を、母の寝室でフローリストが下半身の蜘蛛のお尻から出し続けています。
「も、もう無理……。そろそろ堪忍しとくれよウィロウ」
「魔王ちゃんの一張羅を作るにはまだ足りないんだから、もうちょっと頑張ってよ姉さん」
「お、お前、実の姉に干からびろって言うのかい? 今日だけでどれだけ糸を出したと思ってるんだ?」
「ざっと千メートルくらい? 魔王ちゃんの服を仕上げるためにはもうちょっと足りないかな」
「また今度じゃ駄目なのかい? これだけ消耗すると、体調にも影響がでちまうよ」
「シルバーバインちゃんが美味しいご飯を作ってくれてるし、出し終わったらマッサージもしてあげるから頑張って」
折れないウィロウに根負けしたのか、フローリストは溜息をつくように「労働と対価が見合ってないんだが……」と吐き出してからは何も言わなくなりました。
その光景を視界の端で見ていた母の正面には、トルソーに着せられた作りかけの黒いドレスがあります。
「張り切ってるウィロウには悪いけど、あたしには喪服にしか見えないわね。まあ、実際にそうなるんでしょうけど」
どこかで見た覚えのあるドレスだとは思っていましたが、母がタムマロ様との決戦で来ていたドレスでしたか。
ですが、喪服と呼ぶには装飾があり過ぎます。
たしかに黒一色でぱっと見は喪服なのですが、わたしには黒いウェディングドレスのように見えます。
「どうしたの? 魔王ちゃん。ジーっと見てるけど、好みのデザインじゃなかった?」
「好みではあるけど、動きにくそうだなとは思うわね」
たしかに、動きにくそうですね。
布面積から考えて防御力は高いでしょうが、その代償として動きが制限されそうです。
ですがその懸念を、母が振り返った先にいたウィロウは一笑に付しました。
「心配ご無用! なんとこのドレス、腰の装飾品をポンと押せば……ほら! この通りスカートの下三分の二がパージされてミニスカートに早変わり! これなら動きやすいでしょ?」
「動きやすいとは思うけど、それってミニじゃなくてマイクロミニじゃない? 膝上二十センチしかなくない? その長さじゃあ、立ってるだけで下着が見えそうなんだけど?」
「気にしたら負けだよ、魔王ちゃん。そもそも、百歳越えのババアの下着なんか誰も興味ないから気にするだけ無駄」
「喧嘩売ってんのかクソ幽霊。たしかにあたしは百歳を超えてるけど、体は若いからね? 二十代の体を保ってるからね?」
「ギ・リ・ギ・リ、二十代ね。体を作り変えられるわっちと違ってお肌の曲がり角は何十年も前に通り越してるんだから、見栄は張らない方が良いよ」
「そのあたしにそんな破廉恥な恰好させようとしてるアンタが言うな! せめてスパッツとかにできないの? さすがにその恰好で飛んだり跳ねたり蹴ったりする度胸はないんだけど!?」
「魔王ちゃんともあろう者が情けない……。魔王なら、百年維持し続けて来たその身体に自信を持ちなよ。魔王ちゃんは顔はもちろん、下手な娼婦よりも肌艶が良いんだよ? だから自信持って! ね?」
「ねえ、ウィロウ。さっきと言ってることが違うことに気付いてる? 舌の根も乾かない内に逆のことを言ってるって気づいてる?」
「まあまあ、細かいことは気にしない。それより魔王ちゃん、下着も姉さんの糸で編むでしょ?」
「いやいや、下着は普通で良いでしょ」
「魔王ちゃんは馬鹿なのかな? わっちが今作ってるのは魔王ちゃんの一張羅。言い方を変えれば勝負服なの。それなのに下着は普通ので済ます? はぁ……。呆れ果ててものが言えないよ。良い? 魔王ちゃん。この勝負服はスイッチを一回押すと若い頃の魔王ちゃんの服装に近い薄いショートドレスになり、もう一回押すとそれもパージされてし下着姿になる仕様なの。それなのに下着にこだわらない? もう一回言うけど、魔王ちゃんは大馬鹿なのかな? 最終形態である全裸の前段階なんだから、これでもかって言うくらい豪華で派手で100年はいても破れない下着にするのは当たり前でしょ!」
飽きれてものが言えないと言っていたわりに、随分長々と語りましたね。
と、思ったのはわたしだけではなく母もそうだったようで、何も言わずに溜息だけついてウィロウから視線をそらしました。




