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オオヤシマは世界的に見ても治安が良い方だけれど、それでも女子供だけの旅は危険。
いくら都市部の治安が良くても他はそうじゃなくて、野党や人攫いは普通に出る。実際、あたしらもその手の輩には何回か襲われたわ。
まあ、毎回ボコって簀巻きにしてやったけど。
「いい加減、その噂が広まっても良いと思うんだけどなぁ」
「その噂ってどの噂? クラリスちゃんが小魔王って呼ばれてる噂? それとも、入店から数時間で店の食材を食い尽くす異次元胃袋娘って呼ばれてる噂? あ、もしかして、見境なく女の子を食い物にする金髪性欲魔人って呼ばれてるやつ?」
「ちょっと待って。最初のやつ以外は知らないんだけど? 異次元胃袋娘はそう呼ばれても仕方がないと思うけど、三つ目は身に覚えがないわよ?」
「クラーラちゃんが壊れてから、行く先々で遊郭の女の子をアヘらせといて何言ってんのよ」
言われて見ればたしかに、あたしはブレーキ役のクラーラが壊れてるのを良いことに女の子を襲いまくってたような気がする。
別に、性欲を持て余してるわけじゃないのよ?
性欲は定期的に訪ねてくるタムマロで発散してるから、女の子を抱くのは性欲の発散と言うよりは趣味ね。
「あの、クラリスお姉さま。ヤナギ殿。雑談に興じているところをお邪魔して申し訳ないのですが、この不埒者共はどういたしますか?」
「あ、簀巻きにして転がしといたんでいいわ。縄が要るなら、ハチロウくんに魔術で作ってもらって」
「承知いたしました」
ちなみに、トウキョウとチバの境で襲って来た盗賊 (20人ほど)を返り討ちにしたのはあたしじゃなくてシノさん。
自称三流転生者以上の謳い文句は本当で、剣速は魔力で強化したあたしの動体視力でかろうじて追えるレベル。剣捌きも以前遠目に見たヨシツネに迫るほど卓越していた。
それだけでも驚きなんだけど、あたしが最も驚いたのはシノさんが振るった神具の性能。
派手さはなかったけれど、水を薄く纏わせた刀身は剣だろうが盾だろうが鎧だろうがバターのように斬り裂いて、戦闘後も刀身に刃こぼれを起こしていなかった。
もっと派手な事が出来るのかもしれないけれど、常識外れな切れ味を維持し続けることこそが、簀巻きにした盗賊たちを道端に転がして馬車に戻って来たシノさんの神具、ムラサメの真骨頂なんだと、詳しくないあたしには思えてしまう。
「神具ってズルいよね。その性能を、何のデメリットも無しで使えるんだもんなぁ」
「え、えっと、アタシ、何かクラリスお姉さまの気に障ることをいたしましたか?」
「いや、シノさんは何もしてないよ。あたしはただ、神具がズルいって言ってるの。だってそうでしょ? シノさんが持つムラサメは、存在するだけで刀鍛冶の努力を嘲笑ってるんだよ?」
「言いたいことは、なんとなく理解できます。実際、ムラサメを模した魔剣も数多く造られています。刀鍛冶にとって、ムラサメの切れ味と性能は目標であり、越えられぬ壁でしょう」
「神様が造った武器だもんなぁ。それを超えられる剣があるとすれば、神具くらいしかないか。ちなみに、似たような神具はあるの?」
「同程度の切れ味と言う意味でなら存在しまが、あくまでもそれは副産物。ムラサメが使用者の性質に応じた効果を産み出し操れるように、他の神具もそれぞれ固有の能力があります。アタシが知る限りですと、時間と空間を切断するウスミドリ。使用者が悪だと認識したモノを斬りつけるだけで消滅させるドウジギリヤスツナ。スズカ姫が持つと言われている三明の剣も有名ですね。あとは……サカノウエ・タムマロ様が振るったと伝えられている、使用者に幸運を与え風を操ることもできる神具、ソハヤでしょうか」
「え? タムマロって、神具まで持ってたの? いつも腰から提げてるのは、ボロいショートソードだよ?」
「タムマロ? タムラマル様のことですか? クラリスお姉さまは、タムラマル様とお知り合いなのですか?」
「知り合いって言うか……」
どこからどこまで話そう。
タムマロとお姉さまの関係から話す? あたしとタムマロの馴れ初めから話すべき? それらをすっ飛ばして、今の関係を話す?
どこから話しても長くなるし、話したらシノさんがどんなリアクションをするかもわからない。
「あたしの師匠の知り合いなのよ。だから、修業時代は面倒をみてもらったこともある。それだけよ。他は何もない。ただの知り合いレベルよ」
「そうなのですか? それにしては、その……」
なんだろう?
シノさんが何か言いだし辛そうに、チラチラとあたしの顔を覗き見てる。
会話に加わっていないヤナギちゃんも、「ツンデレぶるなら、表情にも気を配った方が良いよ」と言っている。
あたしは笑顔を浮かべてすらいるつもりなのに、ヤナギちゃんとシノさんの目には違う表情に見えているらしい。
両手で触れてもわからない自分の表情に戸惑っていると、あたしの膝の上で昼寝をしていたマタタビちゃんが何の前触れも無しに飛び上った。
いや、飛び上ったと言うよりは釣り上げられたと言った方が正しいかもしれない。
頭の片隅でそう考えてしまうほど唐突に、マタタビちゃんは宙を舞った。
「ちょ! 何!? 何が起こったの!?」
「わっちにもわかんないよ! どうする? 飛んで追いかけようか?」
「そうして! ハチロウくんは、マタタビちゃんに何か良い感じの魔術を良い感じにかけて!」
「良い感じ? ちょ、注文が雑すぎない!?」
あたしの指示でヤナギちゃんは羽を生やした小人になってマタタビちゃんを追いかけ、ハチロウくんは文句を言いつつも何かしらの魔術をかけた。
でも、ハチロウくんの魔術はともかくヤナギちゃんの追跡は許されなかった。
空中で何かに絡めとられて、じたばたともがいてるけどそれ以上はできないみたい。
何かに例えるなら、蜘蛛の巣にかかった虫ね。
「こうなったら、あたしが……!」
「いけません! クラリスお姉さま!」
「邪魔しないでシノさん! このままじゃあ、マタタビちゃんが……!」
「動いては駄目です! 目を凝らして、ご自身の周りをよく見てください!」
「周り? 周りに何が……」
あるのかと視線を漂わせると、細い糸が辛うじて見えた。
見るからに鋭そう。
触れただけで容易にあたしの肌どころか骨まで断ち切ってしまうんじゃないかと思えてしまうほど、あたしだけでなく馬車にまで張り巡らされた糸は不気味な色をしていた。




