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クラリスとクラーラ ~魔王を倒した勇者に導かれて旅をしていたら大魔王になっていました~  作者: 哀飢え男
第九章 あ、やっと治った/これ、どういう状況ですか?
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9-15

 私が知る魔王軍の所業のほとんどは、四天王によるものです。

 有名なものだけ挙げるとシルバーバインによるキュウシュウ侵攻や、旧ロマーニャ帝国での大量虐殺。エイトゥス率いる魔竜軍によるアメリア大陸侵略や、フローリストとウィロウの奸計による旧チュウカ、イン国の滅亡等々、たったの百年で滅ぼした国や民族の数は軽く三桁に届きます。

 それに反比例するように伝えられている母の所業は極端に少なく、歴史に記され、今も伝えられている母のエピソードはたったの二つ。

 タムマロ様が率いた連合軍との最終決戦と、もう一つだけ。

 かつて権勢を誇った北の強国、現ローデシア国の前身だったソビェート国の全戦力をたった一人で相手取り、しかもたった一週間で殲滅したエピソードだけです。


「つまんないなぁ。あたしとそれなりに戦えたのって、ピィエルンって名乗った将軍だけじゃない」


 母がため息交じりに愚痴りながら黄金の魔力に覆われた右手を無造作に振ると、目の前に展開していた軍隊、ざっと一万人ほどが消し飛びました。

 魔術や魔法ではなく、ただ魔力を放出しただけでそれだけの数の人間を屠れる母は、立ち向かっていた人たちの目には正に魔王として映っていたでしょう。

 もっとも、母の容姿はもちろん性別や種族も知られていませんので、この時もなにかしらの魔術で姿を偽っていたでしょうが。


「いや、つまんないとか言っちゃ駄目か。あたしは虐殺をしてる。同じ人間を、国や親しい人を守ろうと必死であたしに立ち向かっている人たちを、埃を払うように消している。いくらソビェートが造った、たった一発で国を亡ぼせるほどの大量破壊魔道兵器を壊すためだからって、許されることじゃない」


 ソビェートが造った大量破壊魔道兵器と言えば、旧世界のカガクを魔道で再現したと言われている核融合魔道爆弾(ツァーリ・ボンバ)

 眉唾な都市伝説としてしか伝わっていませんが、もしも真実だとするのなら、それは攻性神話級魔法にも比肩するほどの破壊力があったはずです。

 そんなのものを人間が持っていたと考えるだけで怖気が走りますね。

 他国も似たものを持っているなら抑止力になるでしょうが、たった一国が持っているだけだったら、人間はそれを使って無意味な破壊を繰り返してもう一度世界を滅ぼしていたかもしれないのですから。

 

「でも、見せしめは必要かな。二度と馬鹿なことを考えないように、徹底的に破壊してや……ん? 空に魔法陣? 初めて見る術式だけど、転移系魔法の魔法陣か。魔法名は……|太陽の富をもたらす魔法ダージ・ボーグか」


 母が見上げた空に、虹色に揺らめく魔法言語(エンシェント・ワード)で巨大な魔法陣が描かれていました。

 たしかに、エンシェント・ワードの配置的に転移系魔法の術式ですが、どうして母は初見なのに魔法名までわかったのでしょう。

 転移系の術式だと大雑把に把握するくらいは、優秀な魔術師ならば初見でもできます。

 ですが、魔法名の看破は解析完了とイコール。

 私と同じ、もしくは似たギフトを持っているならともかく、それが無いならたった十数秒で解析を終えるなど不可能。

 ギフト無しであの規模の魔法陣を解析しようとしたら最低でも数十年。解析する人によっては世代を跨ぐほど長大な時間がかかるはずなのです。


「あれでツァーリ・ボンバをここへ落とすつもりかしら。だったら、あたし的には好都合だわ」

 

 言い終えるなり母は右手を魔法陣に向けて掲げ、緩やかに魔力を放出しました。

 目の当たりにしても信じられませんが、放出された魔力は水に変り、目測で直径50メートルほどのリングを形成しました。青白く輝いていますが、まさかリングの内部に雷が流れているのでしょうか。

 

「天を崩してでも世を救う。そのために滅びてちょうだい。せめて苦しまぬよう、一瞬で消してあげるから」


 母の言葉に導かれるように雷を孕んだ水のリングは徐々に縮小して、直径5メートルほどの球体になりました。

 アレがどれほどの破壊をもたらすのか想像すらできませんが、母は空中の転移魔法陣を逆に利用して球体を転移元に送るつもりなのでしょう。


「後の世では、この破壊は何て呼ばれるのかしら。転移元がチャルノービリだから、チャルノービリの大破壊? それとも災厄かしら 」


 母が球体を放つと同時に呟いた独り言で、破壊の規模が判明しました。

 母が口にしたチャルノービリとは、現ローデシア国領の一地域ですが、誰一人として住んでいません。

 いえ、住めません。

 何故ならその土地は、呪われているから。

 たった数日過ごしただけで肌が爛れて腐り始め、治療魔術や法術でも治せない不治の病を患わせる死病をもたらす不毛の荒野。

 歴史では魔王軍の仕業とされていますが、まさかそれをやったのがローデシア侵攻中の母だったとは知りませんでした。

 

「さてと。ツァーリ・ボンバはたぶんこれで大丈夫だけど、また造られたら困るから造れなくしとくか」


 ため息交じりに言い終えると、母は足元に空間直結魔法(ヨグ・ソトース)の魔方陣を広げて転移しました。

 転移した先は空中。眼下に広がる都市はおそらく、ソビェート国の首都だったモースクでしょう。

 たしかその都市は、巨大な漆黒のドラゴンに蹂躙されて滅んだはずです。


「|彼は破壊の獣。《He's the beast of destruction.》

 |彼は獣の王。《He's the king of beasts.》

 |その顔は龍の如く猛々しく、《Its face is as fierce as a dragon,》

 |その手足は巨人の如く雄々しく、《Its limbs are as valiant as giants,》

 |その体躯は女神の如く神々しい。《Its body is as divine as a goddess.》

 |彼に挑むべからず。《Don't challenge him.》

 |彼に近づくべからず。《Don't come near him.》

 |彼が現れるその時が、《Know that the time when he appears》

 |汝らの滅びの時と知れ……《 is the time of your destruction...》」

 

 母が唱えた呪文を、私は知りません。

 それはつまり、ブリタニカ王国立魔術院の禁書庫にすら保管されていない未知の魔法ということです。

 知られているのは、モースクが巨大な漆黒のドラゴンによって滅ぼされたことだけです。


破壊龍再現魔法(ガッ・ジーラ)


 母が魔法名を唱え終わると、眼下の都市に全高100メートルオーバーの巨大な二足歩行の黒いドラゴンが現れ、破壊を始めました。

 あれは正に、破壊の化身ですね。

 ただ歩くだけで建物を薙ぎ倒し、尾を振ればその範囲は更地となり、背びれが青白く輝いたと思ったら口から同じ色の熱線を吐き出して都市を火の海に変えてしまいました。

 そしてモースクが完全に廃墟と化すまで、母は上空からそれを見守り続けていました。


 

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