9-11
「ねぇ、どうするの? 魔王ちゃん。どっちに味方する?」
「モーゴで馬脚族の一部族が人間をさらって奴隷にしてて、このままだとポートランドに戦争をしかけそうってだけニャろ? だったら議論の必要なんてないニャ。ケンタウロスがポートランドに喧嘩を売ろうと知ったことじゃニャいし、そこから逃げて来た人間が魔王さまに助けを求めたからって助ける必要はないニャ。人間が奴隷になるのは当然の報いニャし、後腐れがないニャ」
「シルバーバインの気持ちはわかるけど、今回の件が魔族と人間の関係に修復不可能な亀裂になりかねないんだ。そうなる前に、憎しみの連鎖はどこかで絶たなければいけないんだよ」
「フローリストが言ってるのは、やられた方に泣き寝入りしろと言ってるのと同じニャ。それこそ議論の余地がないニャ」
「じゃああんたは、どちらかが滅びるまで殺し合えば良いと言うのかい?」
「そうすれば良いニャ。話し合いや説得程度で我慢できる程度の浅い恨みなら、魔族と人間の仲はここまでこじれてないニャ」
魔王城ではなく野営。
私の姿が見えませんから最低でも八年以上は立っているでしょうが、四天王とともに焚火を囲んで会議をしている様子を見るに、どうやら今回の夢は母たちが魔王軍と呼ばれる規模になる以前のエピソードのようです。
話に出て来た「モーゴ」と「ケンタウロス」、そして「奴隷」のワードから思出せるエピソードと言うと、パッと思い浮かぶのは今のポートランド西部で行われた「レグッツァの戦い」ですね。
たしか人類側の歴史では、テムジンと名乗る首長に率いられて侵攻してきたケンタウロスたちをポートランドとドイッツェンの連合軍が徹底的に殲滅し、奴隷にされていた人たちを解放したことになっています。
「エイトゥス。そのケンタウロスたちの評判はどうだったの? 他の魔族たちから聞いて来てくれたんでしょ?」
「ええ、一応は。ですが……」
「あたしに報告できないほど酷かった?」
「はい。件のケンタウロスたちはバトゥ族と呼ばれている部族なのですが、人間だけでなく他の魔族たちも奴隷として扱うことで有名でして、その……」
「魔族の中でも爪弾き者。って、ことね?」
「その通りです。魔族の中でも比較的好戦的な亜竜族や人狼族、狂人族などは、人間よりも先に滅ぼすべき邪悪と言っていました」
「ギーシャのケンタウロスたちは温厚で紳士的なのに、随分な言われようね」
「ケンタウロスの現族長であるケイロンが言うには、バトゥ族は見た目こそケンタウロスに近いですが様々な種族との混血で、今では姿が似ているだけの別種と言っても過言ではないそうです」
「なるほどね。奴隷にした他種族との混血を繰り返す内に、ケンタウロスを上回る戦闘能力と残虐性を得ちゃったわけか。あ、もしかして多くの魔族が他種族との婚姻を禁じてるのって、それが理由だったりする?」
「禁じている種族には、総じて他種族と交わると災いが起こるという伝承がありますから、そうなのかもしれませんね」
どうやらこの頃の母たちは、魔族が異種族婚を禁じている理由をハッキリとは知らなかったようですね。
その理由は会話の内容通りなのですが、その果てがどうなるかは想像すらしていなかったのでしょう。
わたしもその伝承……いえ、実験結果を魔術院の禁書庫で見つけるまでは、考えすらしませんでしたから。
「災いねぇ……。バトゥ族が可愛く思えるくらいの化け物でも出来上がるのかしら」
「魔族と呼ばれてはいますが、既存の動物の特徴と能力を持っている以外は人間と大差ありませんから、化け物と呼べるほどになるとは思えませんね」
いいえ、なるんです。
その実験をした国自体が消滅しているので伝承どころか神話扱いされていますが、かつてアトランティック・オーシャンのほぼ中央に存在したと言われているアースティアで多種多様な魔族を混血させる実験が行われました。
その結果出来上がったのは巨大な不定形の液体生物。
今現在、洞窟や沼地などの湿気が多い場所に好んで生息しているスライムと総称されている魔物に近い物が出来上がり、アースティア全土を飲み込んで海の底へ沈んでしまったそうです。
アースティアの存在を信じて探し続けている探検家が数多くいても痕跡すら見つけられないのは、液体生物が土地ごと溶かしてしまったからとする説も有ります。
そんなことができるなら正に化け物であり、災いでしょう。
「異種族婚は置いといて、そろそろ話を戻さないかい? 今は、バトゥ族とその奴隷にされている人間たちをどうするかだろ?」
「人間をぶっ殺せばいいニャ。バトゥ族が魔王さまに従わないなら、そっちもぶっ殺せばいい。簡単ニャ」
「わっちは反対かな。バトゥ族は滅ぼしても角が立たないけど、人間はそうじゃない。むしろ助けて陣営に迎えた方が、魔王ちゃんが目指してる世界の足掛かりになるかもしれないもん。エイトゥスはどう思う?」
「僕は大変遺憾ではありますが、シルバーバインに賛成します。魔族からも敵視されているとは言え、人間からすればバトゥ族も魔族の一部族。その奴隷にされている人間たちの中に、シルバーバインのような考えの者がいないとも限りません。後顧の憂いを断つ意味でも、双方をまとめて滅ぼすべきだと思います。フローリストの意見は?」
「あたいの意見は先に言ったとおりだよ。ウィロウのように陣営に迎え入れろとまでは言わないが、殺すべきじゃない」
四天王たちの意見は両極端ですが、バトゥ族を滅ぼす点では一致しているようです。
あとは母がどちらの意見を採用するかですが、四天王たちではなく焚火を眺めているだけで選ぼうとしません。
まあ、それも仕方がないのかもしれません。
母は人間で、しかもこの頃は人間に失望しておらず、人間と魔族が共存する世界を夢見ていた頃。
母からすれば、奴隷の人間を生かすか殺すか……いいえ。人間い味方するかどうかが問題なのだと思います。
「一つ、試してみたい魔法があるの」
「魔法? 最近魔王ちゃんが覚えた魔法で試してないのって言ったら、記憶消去魔法と死病散布魔法。あとは……被術者の殺意を暴走させて死ぬまで戦う狂戦士に変える強制暴徒化魔法だっけ? でも、どれも非道すぎるから使いたくないって言ってなかった?」
「そうだけど、この際仕方ないわ。バトゥ族がポートランドに攻め込むタイミングで記憶消去魔法を使って、息をする以外の記憶を全て消す」
「で、ただの人形になったバトゥ族をポートランドの軍隊に殲滅させて、奴隷にされてる人間も助けさせようって魂胆?」
「ええ、そうよ。ただし、奴隷たちにも記憶消去魔法を使って、奴隷にされていた間の記憶を消しておくわ」
「そうすれば、魔族に復讐しようとする人間も出てこないってわけね?」
「そういうこと。妥協案としては、それなりに良い線いってると思うんだけど……どう?」
母が恐る恐る焚火から視線を四天王たちに移すと、四天王たちはそれぞれ思うところがありそうな複雑な表情を浮かべながらも賛成しました。
たしかに、バトゥ族の奴隷となっていた人間の中から魔族に復讐しようとした人は出ていません。
それは歴史が証明しています。
ですが人間が魔族の奴隷となっていた事実そのものは、後に魔族を滅ぼすための大義名分の一つと利用されることになります。
それこそ、シルバーバインが最初に言っていた通り殺しておいた方が後腐れがなかったのではないかと思えてしまうくらい、徹底的に利用されたのですから。